第8話 ヒントならあげられるよ
『そうだね…先輩とでもしておこうかな』
彼女は自分の事を先輩と言った。
一体なんの先輩だ?
「用件はなんでしょうか?
私、今忙しいんで、ただのイタズラ電話なら今すぐ切りますよ」
彼女はため息をついて、気だるそうに続けた。
『はぁ。
君たちが探している人物の居場所を私は知っている。かもしれない。
これでもイタズラ電話だと思うなら、切ってくれても良いよ』
なんで私たちが人探しをしている事をこの人は知っているんだ?
まぁ、かなりの人達に聞いて回ったから、広まっていてもおかしくはないか…
「すみません、失礼な事を申し上げました。
その話を詳しく聞かせて頂く事は可能ですか?」
『はははっ。君たち4つ子は皆そんなに真面目なの?
別に謝る必要ないよ。非通知で電話をかけてくる奴を警戒するのは当たり前だよ。寧ろ警戒しない方がおかしい。
で、君たちが探している人物についてだね…
それは会って直接話したいんだけど、今日は時間大丈夫かな?』
今日は土曜日。今の時間は…13時か。
特に生徒会の仕事がある訳でもない、というか暇だ。
でも今まで面識が無かった人と会うのは、少し気が引ける。
でもこの女の人は私たちが4つ子である事を知っていた。
何故だ?
私たちの誰かが出会っている?
『おーい。聞こえてるかい?』
「あ、すみません。考え事してました。
今日、特に用事は無いんで会えます」
『なら良かった。じゃあ○○のファミレスに14時に落ち合おう』
彼女が指定して来たのは、私たちが一週間前に集まったあのファミレスだった。
「承知しました。では…」
私は電話を切る。
「電話?」
秋音が私の部屋に入ってきた。
私は秋音に、電話の内容を事細かく説明した。
全てを聞いた秋音は何かを考えているのか、口を開くまでに少しだけ間があった。
「なんかその人危なくない?
冬海、直接会って大丈夫なの?」
「多分大丈夫だと思う。
電話越しだから分からないけど、危ない人って感じじゃ無かったと思う」
「でも、私たち4つ子の事も知っていて、私たちが人探しをしている事も知っているんだよね?
それってやっぱりおかしくない?」
「私もおかしいなって思ったんだけど、もしかしたら、私たち4つ子のうちの誰かが会ってるのかなーって」
秋音は首を傾げ、また何かを考えている。
「んー、何にせよ素性が分からない人相手に、一人で会いに行く。っていうのはやっぱり危ないよ。
私もついて行こうか?」
秋音はそう言ってくれたけど、私は一人で行かないと相手の人に失礼な気がした。
あなたを信用してません。っていうのを態度で表すようなもんだから。
「大丈夫だよ。もう子供じゃないし。
それに、もし何かあったらすぐ連絡するよ」
「分かった。でも約束だよ?
危なくなったらすぐ連絡する事。私も夏鈴もすぐ駆けつけるから」
つくづく面倒見のいい姉だ。
まぁ、4つ子だから、姉も妹もそんなに変わらないのかもしれないけど。
「ありがとう。約束する。
じゃ、私そろそろ行くね」
「行ってらっしゃい。何か分かったらすぐ教えてね」
私は秋音に別れを告げ、件のファミレスへと向かった。
*****
時計を見る。13時40分か。
ちょっと早く着きすぎたかな?
「おっ!君が電話の子かな〜?」
前方から手を振って近づいてくる人影。
現れたのは、金髪で、とても美しい女の人だった。
「あ、初めまして、天羽冬海と申します。
先程は失礼な事を言ってしまい、申し訳ございませんでした」
私は頭を下げた。
「もう、君たち兄妹ってのは……顔を上げてよ。
だからさっきも言ったでしょー?謝る必要ないから。
それに、非通知でかけた私が悪いからね?」
「それでも…」
「冬海ちゃんは強情だね〜誰に似たのかな?
まあ、取り敢えず、中入ろっか」
彼女は私の腕を引き、店内へと引きずり込んだ。
(大胆な人だなぁ。悪い人じゃなさそうだけど…)
私たちは四人席に二人で向かい合って座った。
「何か頼むー? 奢るよー?」
「大丈夫です。お腹空いてないんで」
そう答えると彼女は少しだけ不満そうな顔をした。
「そっか、なら仕方ないね。
私はこれ食べよー!」
一人で凄くはしゃいでいる。
まるで小さな子供のようだった。
「あ、ごめん一人ではしゃぎ過ぎちゃった…」
喜んでいるかと思ったら次は落ち込み始めた。
感情の起伏が激しい人だ。
「全然気にしないでください。私、人の笑顔を見る事がとても好きなんで!」
「君、良い子だね。お姉さん尊敬しちゃうよ」
彼女は少しだけ寂しそうに笑った。
何かあったのかな。
「あ、そうだ。
そう言えば名乗り遅れてたね。
私の名前は月見里胡桃。まぁ月見里でも胡桃でも好きなように呼んでね」
「分かりました。
改めて私の名前は天羽冬海です。
今日はよろしくお願いしますね。月見里さん」
「よろしく、冬海ちゃん」
彼女が右手を前に出してくる。
私はなんの事か分からず首を傾げる。
「握手だよ。握手。親交の証ってやつ?」
「あぁ、すみません」
私は慌てて右手を出す。
「じゃあよろしくね」
彼女は微笑んだ。
お互い手を離すと、すぐに彼女は話し始めた。
「君たちが探している人についての話なんだけど。その人は楠木朱里で間違いないかな?」
やっぱり知っていた。この人は本当にどこでその事を知ったんだ?
「はい。間違いないです…
その情報はどこで?」
「んー、まぁ色々かなぁ。
情報を得る方法なんて星の数程あるからねぇ。
今回みたいに直接話すのが一番はやいけどね」
なんだか結局はぐらかされた気がする。
「で、その子について何が知りたいの?」
彼女は届いたオレンジジュースをグルグル掻き回している。
「彼女については聞きたい事が沢山あるんですけど、やっぱり居場所を知りたいです。
そもそも場所が分からないと話も進められないんで…」
「現状、君たちが得た情報の中に有益な物はあったかな?」
「私たちは私たちで色々と使える物は使ったんですけど、どうやっても楠木には辿り着けませんでした…」
私は俯いて答えた。
「そっか…
本当ならあまり干渉したく無かったけど、どうしようもなさそうだね…」
月見里さんは何か独り言を言っている。
小さくて上手く聞き取れなかった。
「はっきり言うと私は楠木の居場所を知っている」
「どこですか!?」
思わず体が前のめりになってしまった。
「ちょちょ、落ち着いて、冬海ちゃん」
「あ…すみません…
つい興奮しちゃって…」
顔が熱くなる。
「はははっ。元気だね。
でも、簡単には教えられないな」
彼女は私の目をみて言った。
何故か恐怖を覚えた。
「…ど、どうしてですか?」
彼女は何かを言いかけ、咳払いをすると、また語り始めた。
「彼女の父親がこの辺りの権力者でね、どうやら彼女の情報が出回るのを規制してるっぽいんだ。
つまり、今私がここであなたに彼女の居場所を伝えたら、恐らく伝えた私まで芋づる式にバレちゃうだろ?
私にはあまりリスクを犯せない理由があるんだ。
ちょっと家の問題でね、私の名前が広まるとまずいんだ。
まぁ、こうやって個人的に誰かにコンタクトを取ってるのも、あまり良くないんだけどね…
君たちは君たちで楠木を見つけて欲しい。
私は君たちに彼女の場所を教えられない。
だけど、ヒントならあげられるよ」
「そのヒントとやらを聞かせて貰っても良いですか?」
彼女はゆっくりと頷いた。
「じゃあしっかりと聞いておいてね。
ヒントは一つだけだ。場所を教える、というかおびき出すと言った方が正しいかな?
彼女の大事な人の身に何かが起これば、彼女はすぐにそこに来ると思うよ。
まあこれぐらいかな。
ほとんど答えだけどね〜」
月見里さんは子供のように無邪気に笑う。
でも、目は笑っていないように見えた。
「今日はありがとうございました。
まだヒントの意味がハッキリと分からないんで兄妹で話し合ってみます」
「こちらこそありがとうね〜
じゃ、私は帰るね、捜索が成功する事を願ってるよ」
私たちはファミレスから出るなり、すぐに別れた。
「あ、そう言えばー!
いつでも連絡してきて良いからねー!
困ったらお互い様だからー!」
かなり離れてから彼女は叫んだ。
「分かりましたー!
その時はまたお願いします!」
きっとすぐにまた頼る事になる気がする。
楠木の大事な人の身に何かが起きたらか…
私の読みが合っていれば簡単に会えるはず。
でもどうやって彼女にその情報を伝えようか。
帰って三人で話し合おう。