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(8)毒ムカデの尖塔の最上階、悪夢のような光景

 セフィルは、『変態こそ芸術の神髄』なる名言にして妄言を残したと言われる歴史上の変人宮廷画家が描いた、伝説の美貌のホラー死体のような顔になっていた。


 天球を飛び交う青白い雷電のせいか。


 美形だと、こういう顔もサマになるのだと、初めて知るアイヴィであった。


「実は、ユレイシア嬢の方面からクレームがあったの。『足手まとい』は事実だし、書類審査の結果が変なのかも。それから、あの白いリボン、仲介のお嬢様に渡しといたから。今ごろはユレイシア嬢に届いてると思う」


「……は?」


「首を怪我してないのに要らなかったわよ、あのチョーカー型リボン」


「ちょっと待て」


 セフィルが、アイヴィの立ち襟を開いた。目にも留まらぬ素早い動きで。


 リボンも何も巻かれていない、まっさらの首元がさらされる。


「外せたのか……」


「女の襟を開くな、完璧な御曹司マナーどうしたチャラ」


 ンポラン、と続けて言おうとしたアイヴィは、息を詰まらせていた。


 ……セフィルが、アイヴィの身体をきつく抱きしめている。アイヴィの心臓が跳ね上がった。


 いつまでも続いてくれたら……そんな一瞬。


 再び、何処かで氷柱つららが落下したらしい。ガシャーンという音。


 足元で、しびれを切らしたらしいクラウントカゲ幼体が「きゅう、きゅう!」と抗議するように鳴き始め。


 セフィルは、急に腕の力をゆるめて来た。


「この件は後で話し合おう」


****


 クラウントカゲ幼体の先導にしたがって、フライング・バットレス高架を移動しつつ、尖塔へと急接近する。


 セフィルが、ボソッと言葉を投げて来た。


「言っとくけど、アイヴィは足手まといなんかじゃないぞ」


「え?」


「職場の上司の方から、何も聞いてないのか」


「あ……『自動トラブル吸引機』とか」


「妙な言い回しするからな、ルシュド隊長のお仲間は。あと、何で此処が分かったかと言うと、今日の急な早退の前に、公文書館と機動隊資料庫への『毒ムカデの尖塔44番3号』に関する大量データ提供要請があったからだ」


 アイヴィは愕然とするのみだ。


「幾らバディだからって……プライバシー侵害じゃないの」


「そっちこそ何か重大な事を秘密にしてるだろう。第一、この尖塔は品質管理局の管轄外だ。それに王都機動隊……特にルシュド隊のメンバーの誰かが、アイヴィの不自然な行動に気付いて、『毒ムカデの尖塔44番3号』に注目し始める頃だ」


「何でよ?」


「天然の『自動トラブル吸引機』だからだろ。ちょっと、ストップ」


 尖塔の直下に到達したところで、セフィルは上着を脱ぐと、アイヴィに着せて来た。


「え?」


「今どき、そんな怪しい忍者の格好で侵入する奴が居るか」


 アイヴィは凹んだ。


 しかし、凹んでいる間も無く。


 セフィルがアイヴィを荷物みたいに小脇に抱えた。クラウントカゲ幼体が、訳知り顔で、素早くアイヴィの足首に取りつく。


 数歩、助走しただけで、尖塔の最上階を巡る張り出しフチへと、ひとっ飛びだ。大型竜体の持ち主ならではの、驚くべき跳躍力。


 手持ち無沙汰で警棒を振り回していた見張りが、不意に現れた不審人物に気付き、瞬時に警棒を魔法の刀剣に変える。


「……貴様ァ、」


 次の瞬間、セフィルの神速の蹴り技を食らった見張りは、吹っ飛ばされて失神していた。口元は『ァ、』の形のまま、ダラリと固まっている。


 つまらなさそうな顔をしつつ、セフィルは、魔法の刀剣で張り出しフチを突き刺す。


 見張りの身体は、隊士服の端を刀剣でもって張り出しフチに縫い留められていて、そのまま危なっかしくブラ下がっている状態だ。


 次に目を覚ました時、この見張りが、自身の置かれた状況に唖然となる事は間違いない。


 セフィルが何でも無さそうに突き刺した刀剣は、大型竜体の主ならではの圧倒的な怪力を受けて、柄まで沈んでいるのだ。並みの竜隊士では到底、引っこ抜けないだろう。


「これでも軍事施設だから、下手に扉や壁を破壊したら緊急アラートで騒がしくなる。錠前、破れるか?」


 アイヴィは自信満々で頷いた。


 錠前破りは、錠前屋の娘の十八番おはこ


 扉を封印しているのは、種も仕掛けも無い天然の錠前だ。トコトン設備投資をケチっているのが明らかな、最安値の品。


 セフィルに降ろしてもらい、長すぎる袖をまくり上げ、ものの数秒でアイヴィは錠前を開錠する。


 扉が開く。


 資料にも記載されていた通り、スペースいっぱいに、モンスター毒エキス抽出のための多数のパイプラインが走っていた。


 端に見える特殊ガラスの大型容器の中では、今まさに新鮮な毒を抜き取っている真っ最中の、イキの良い中型モンスター『毒ムカデ』が、ウジャウジャとうごめいている。


 クラウントカゲ幼体がダッシュし、その容器のてっぺんによじ登り、「きゅうきゅう」と鳴き始めた。


 雷光が閃いた一瞬、そこを見ると。


 クラウントカゲ幼体の双子が、そこに閉じ込められていたのだった。


「なんて、ひどい事を」


 その悪夢そのものの光景に、思わず呻くアイヴィ。


 クラウントカゲ幼体の双子の片割れは、何らかの棒に尻尾を縛り付けられた格好で、容器の頂上部の方で逆さ吊りにされていた。全身、傷だらけで、グッタリとしている。


 容器の底の方では、『毒ムカデ』が美味しそうな獲物を何とかして捕食しようと、伸ばした毒牙から、盛んに毒をしたたらせているところだ。


 幼体が吊るされている最上部スペースと、毒ムカデのスペースとは、モンスター毒でも腐食しにくい特殊な金属製の格子で仕切られていたが……


 ……細長いタイプの毒牙が格子の隙間を縫って伸びて来て、クラウントカゲ幼体の身体をチクチクと刺したり、ガリガリと引っかいたりしている。


 セフィルが顔をしかめ、随分と高所にある頂上部を見やる。


「私は大型竜体の方だから、このガラス容器の上までは行けない。一気に撃破しても良いけど、何か問題がありそうな気がする」


「あり過ぎるわよ!」


 大型容器の中でうごめく多数の『毒ムカデ』が、ウジャウジャと溢れ出して来て、近所の回廊街区をモンスター襲撃するところなど、見たくない。


「だいたい推測がついて来たような気がする。もともと魔境に生息していて、モンスター毒への耐性のあるクラウントカゲと言えども、毒牙に刺される回数が限度を超えると一気に衰弱する。双子が死なない程度に、交互に吊るして量を稼いでいるんだろう。工場として報告されている生産量は増えていないから、製品は、何処かに不正に横流しか……」

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