(7)いざ毒ムカデの尖塔へ殴り込めば、アイツが
毒ムカデの尖塔44番3号。
天球には雷雲が渦巻き、ひっきりなしに雷電が閃き、雷鳴が重く轟いている。
石畳を打つ激しい暴風雨は、うまい具合に、尖塔に接近するアイヴィの姿をごまかしてくれていた。《水霊相》生まれのアイヴィにとっては、雨の下闇に紛れる《水遁術》は、お手の物。
何処かから、ガシャーンと言う破砕音が響いて来る。巨大な氷柱が落下して、砕けた音だ。早春の風物詩。あと数日も経てば、融雪がもたらす水音に取って代わるだろう。
梯子をスルスルと伝い、フライング・バットレス高架の通路へと踏み入る。
所定の場所に、くたびれた隊士服をまとう見張り男が、退屈な様子で佇んでいた。傍の支柱にはクラウントカゲ成体がつながれていて、キョロキョロと長い首を巡らせている。
最寄りの別の支柱に身を隠しつつ、アイヴィはブツブツと呟いた。
「あの見張りが、クラウントカゲに乗って逃げ出したらマズいわ。あっと言う間に、尖塔の悪の親玉まで報告が上がっちゃう」
「きゅう」
「そこで隠れてて、ベイビー」
アイヴィは、念入りに確認した特製の大型錠前を、魔法の杖にセットした。見た目、大型トンカチである。
「ニンニン!」
「何だと!?」
電撃ロックの安全装置が外れた大型錠前から、一撃必殺の電撃が飛ぶ。
一瞬のうちに朦朧とした見張り男は、次に、アイヴィの物理的なトンカチ攻撃を受けて、支柱の筋交い部分へと吹っ飛ばされていった。
アイヴィは素早く身体を寄せ、手持ちの鎖と多数の錠前でもって、男の身体を筋交い部分に縛り付ける。さながら磔スタイル。
「出て来ていいわよ、ベイビー。こいつに聞きたい事あるんでしょ」
アイヴィは振り返ってクラウントカゲ幼体を呼び……そして絶句した。
クラウントカゲ幼体は、ヌイグルミのように摘まみ上げられていた。背の高い……竜宮城の文官姿の、呆れ顔の男に。
「セ、セフィル? 何で此処に?」
「壁ドンして拘束プレイしてるのか」
「どういう意味よ、それ」
「最近の風俗街の特別訪問サービス。女忍者が男客を壁ドンして色々プレイするというスリル満載の新メニューが、上層回廊でも評判になっている」
「へ、変態じゃん」
「こいつが大人しく壁ドンされているのは、そのせいだぞ」
セフィルはアイヴィを意味深に眺めていた。一層、不機嫌な顔で。
アイヴィは気が付いていなかった。
下町の製品ならではの低クオリティな忍者の扮装は、雨水をタップリと吸って、うら若い娘の身体のラインをクッキリと出している。その手のドレスよりも、よほど刺激的。
そんな反則な姿で、残りの鎖を固定するために、見張り男の身体によじ登っていたものだから……ちょうど、慎ましくも柔らかな胸の間に、男の頭が埋まる格好になっているのだ。
セフィルは見張り男からアイヴィを引き剥がすなり、
「ニヤケ顔をするな、セクハラ累犯が」
アイヴィの杖に取り付けられていた大型錠前を取り外し、それで、見張り男の頭をボコったのだった。
脳天に大型錠前の最大強度の電撃ロックを食らい、見張り男は白目を剥いて失神した。
「ちょっと、質問できないじゃない。最大強度だと半日ぐらい失神が続くんだから」
「必要無い」
セフィルが、クイと指差して見せた先を見ると。
クラウントカゲ幼体は、近くの支柱につながれていたクラウントカゲ成体と鼻を突き合わせて、フンフン言いながら何かを会話している様子だ。
やがてクラウントカゲ幼体は、グッタリとした見張り男に飛びつき、装備のアレコレをひっくり返し……やがて一対の知恵の輪のような暗号鍵を取り出した。
「きゅう」
「突然変異の双子だけあって、賢いな」
「……突然変異?」
「正確な古代恐竜語を喋る先祖返りは希少だ。しかも双子ともなると、どれだけ離れていてもパートナーの位置状況を感じる超感覚が発達する事が分かっている。暴風雪の中を走り、この雷電の中でも、うろたえない。優秀な軍馬の原種として、普通は王宮直属の厩舎で厳重に保護される」
「知らなかったわよ」
セフィルはクラウントカゲ幼体が差し出して来た暗号鍵を受け取ると、クラウントカゲ成体の手綱の金属部分に通し、支柱から解放した。
「最初に、此処の厩舎のロックを解除して、他のクラウントカゲも別の回廊街区の方へ散らしておかないと」
「しゃしゃり出て来ておいて、作戦に口出ししないでくれるかしら」
「尖塔の攻略手順がそうなってるんだ。専門の軍事訓練を受けてないだろう、ボケナス」
思わず詰まるアイヴィであった。
*****
雷電の中、暴風雨の下闇に紛れて、訳知り顔をしたクラウントカゲのひと群れが、一斉に散らばってゆく。
小っちゃな幼体が虐待されていた事実は既に同族に知れ渡っていて、ロックを解かれたクラウントカゲたちは、皆、協力的であった。
アイヴィがその様子を感心して見守っている間に。
セフィルは、尖塔周りの常時駆動タイプ《監視魔法陣》をハックして、魔法的に無効化していた。
「これで、侵入者に気付きにくくなる筈だ。大事な馬が逃げ散っても気付かないくらいだからな。左遷と奉仕労役のための、うらぶれた作業塔って事情もあるだろうが」
「どうやって《監視魔法陣》を無効化するのよ」
「軍事機密だ、ボケナス」
アイヴィは、ハーッと息をついた。
いつもと違う様子を感じたのか、セフィルが怪訝そうな様子で振り返って来る。
「ねえ、セフィル。つくづく私、足手まといのボケナスだったと思うわ。この件が終わったら、王都の雑多トラブル対応バディ、解除しましょ。ルシュド隊長の推薦だったから彼にはご迷惑かけるけど、元が変な腐れ縁だから、こじれた訳だし」
「どういう意味だ?」
「言葉どおりの意味よ」
奇妙な間が空く。
随分と近い場所で、再び氷柱が落下したらしい――ガシャーンという破砕音。