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(2)気になるアイツ、毒ムカデの尖塔いざ偵察

 翌日、竜王都の公休日。


 兄バジル、親友リリーと共に朝食を囲みつつ、アイヴィは竜王都スタッフの間で回っている情報網から分かった事を並べていった。


「例の『毒ムカデの尖塔44番3号』、基本的には中型モンスター『毒ムカデ』を飼育して、防虫剤を作ってる工場ね。真面目な納品が続いていて、前の監査でも『問題ナシ』だって」


「ああ、アレ、毒ゴキブリの侵入を防ぐのに一定の効果が……我が錠前屋でも、倉庫の塗料に混ぜて使ってる」


「効き目の方、工場ごとにクオリティに差があるって聞いた事あるわ」


「訪問の理由それにできるわね。事前偵察してみる」


「ホントに気を付けろよ。監獄から奉仕労役に来てる凶悪犯も居るみたいだから」


「承知のうえよ」


 バジルはヘーゼルアイを閉じて困惑の溜息をつくと、手早く朝食を済ませ、居間を出て行った。


 やがて、店頭スペースから、お馴染みの物音が響いて来る。錠前屋のカウンターが開く時の、『ガタン』と言う音も。



 リリーがベッドに落ち着き、眠りに落ちた後。


 アイヴィの魔法の杖の先端部が青く瞬いた。誰かから通信が入って来ている。


「回廊街区39番11ノ11号、バジルの錠前屋でございます」


『そこに居たか、ボケナス』


 アイヴィは一気に渋面になった。何で、こうも測ったように、アイツは、変なタイミングで連絡を入れて来るのか。


「これはこれは『風のセフィル卿』じゃございませんか。ご用件は?」


『落ち合い場所の変更だ、ボケナス。例の連続暴行事件の容疑者の出没予測、今日との結果が出た』


「公休日に出没? 随分と勤勉な犯人ね」


『竜宮城の直下の回廊街区2番5号、見張り塔3番。日没の刻。前に衣装を送っただろう、今夜もそれを着ろ』


「とりあえず了解、犯人おびき出すくらいは、やってやるわよチャランポラン」


『見せびらかすのは良いが奴と接触するな、ボケナス』


『セフィル卿、ユレイシア嬢が……』


 駆け込む足音。明らかに令嬢な、弾むような美声。そして……


 アイヴィは通信を切った。


 衣装棚を開き、宮廷ドレス丈をした華やかなアオザイ風衣装を取り出す。光沢と軽やかさのある青い生地の全面に豪華な花パターン刺繍。セットのアクセサリー類や、長く袖を引く総レース羽織が付いていて、仕事着と比べると着るのに時間がかかる。


「裾はしょっておいて、今のうちに着ておくか。裾を降ろすのと羽織とアクセサリーは夕方になってから」


 *****


 毒ムカデの尖塔44番3号。


 モンスター棲息地との前線となっている城壁の一角。


 フライング・バットレス高架から延び上がるような形で、その尖塔はあった。


 最寄りのアーケード通路の陰に潜みつつ、アイヴィは遠眼鏡を構える。暖気が入り込んで降雪が弱まり、見通しが良くなっている。


 アイヴィのような小型竜体の竜人は、大型竜体の竜人のような鋭い視力が無い。


 ――セフィルだったら、一瞬で全容を見て取れるに違いない。


 その一瞬、ロリコン事件以来の腐れ縁『風のセフィル卿』の姿が、脳裏に浮かぶ。


 下町娘アイヴィとバディを組む羽目になったのが気に入らないのか、常に不機嫌そうにしている。でも、大型竜体に付き物の威圧感は意外に感じない。文官姿のせいか。スラリとした体格のせいか。


 どうしても、むくれてしまう。何で、チャランポランなアイツが、大型竜体の、しかも高位の御曹司、出世街道まっしぐらな文武両道エリートなのか。不公平だ!


 気を取り直し、再び遠眼鏡を構える。


 尖塔の各所には、交換時期もとうに過ぎただろう、という荒廃が目立つ。


(これで監査に合格したと言うの? 本当の補修じゃなくて、幻覚魔法パッチワーク……ますます犯罪の巣みたいで怪しい)


 尖塔の各所で、『毒ムカデ』飼育に関わっていると思しき、防護マント姿の竜人たちが動き回っていた。


 軍事施設でお馴染みの、俊足の二足歩行タイプ馬……クラウントカゲも割と居る。


 あの尖塔の何処かに、リリーの魔法の杖が隠されている。隠した犯人の方は、必要とあらば白日の下に引きずり出して、ギッタギタに叩きのめさなければならない。


 アイヴィはフンと鼻を鳴らして意気込むと、尖塔スペースへと続く梯子に手をかけた。


(ボンボン野郎セフィル、生粋の下町育ちを舐めるんじゃないわよ。暴風雨どころか、暴風雪の中の梯子のぼりだって、全然、ヘッチャラなんだからね!)


 *****


 距離を詰めるにつれ、尖塔の壁やら何やらの荒廃が、思った以上に進行していることが判明して来る。


 フライング・バットレス高架を辿って急接近するアイヴィに気付き、尖塔の作業員の面々が、ギョッとしたように目を剥いた。


 大柄な竜隊士が、急に立ちはだかって来る。


 見ると、竜人に多い標準的なヘーゼルアイは、不自然に濁って血走っていた。足取りは確かだが、漂って来るのは特定のアルコール臭だ。それも、厄介な方面で有名な。


「部外者は立ち入り禁止だ! 死にたいか!」


「知ってるわよ。クレーム付けに来たんだから」


「クレームだぁ? 言ってみやがれ、この口から出マカセ女!」


 ――ご近所の『うっせぇクレーマーな下町オバハン』演技を見るがいいわ!


 内心、その体格から推測される竜体の大きさや、ゴツイ面相や筋骨に、ビビりまくりだけど。


「春モノの毒ゴキがワラワラ湧いて来たんで防虫剤を新調したのに、効きが悪くって困ってんのよ、オラ! 原液を出してる工場を確認したら44番3号、って事は此処だよね、オラ!」


「なにぃ、ない事ない事でっち上げて、損害賠償、稼ごうってのか、オラ!」


「品質管理局に訴えてやるわよ、このスットコドッコイ!」


「ごるぁ!」


 大男は一気に真っ赤になった。ブチ切れたのは明らかだ。


 多種多様なアルコール臭のする防護マントをバサッとあおると、ゴロツキさながらに剥き出しの片腕を向けて、趣味の悪い刺青をアピールして来る。


「この『三首竜アジダハク』の刺青が目に入らぬか、オラ!」


「鏡を見て反省して来い、悪趣味トリプルトサカ、オラ!」


「ごるぁ! この三つ心臓イカレポンチ雷電ポッキリ……!!」


 案外、図星だったらしい。


 凶悪な面相になった大男は、上品な人々、たとえば上層回廊の面々の前では、とても許されないような下品な言葉を口にした後。


 血圧が上がり過ぎたのか、口から泡を吹いて、酔っ払いタップダンスを踊り出した。


「禁制ビール『トキメキ』キメ過ぎじゃんか、オラ。酒池肉林の接待受けてるんでしょ、この不良隊士」


 後ろの方で、特に下っ端と思しき貧相な風体の作業員たちが、顔を見合わせてゴニョゴニョしている。


 視線が外れた隙を突いて、手持ちの魔法の杖を素早く尖塔へ向ける。


 ――『リリーの魔法の杖』探索用の魔法陣をセットした付属カードが、確かに反応していた。


 その手の気配に敏感なクラウントカゲが、鼻をヒクヒク動かし始めた。アイヴィの杖にくくりつけられた付属カードに鼻先を近づけた後、不思議そうに、尖塔の最も高い場所に向かって鼻先を巡らせる。


(あそこね)


 この偵察の、最大の目的は達した。


 アイヴィはクルリときびすを返す。


 ――と。


 足首にヒシッと抱き着いて来るものがある。


 思わず目をやる。


 丸っこくて小っちゃなヌイグルミのような……クラウントカゲ。


 全身、薄緑色の産毛に包まれている。『王冠クラウン』の由来となっている、頭頂部の合歓ねむの花のようなフッサフサも、可愛らしい花蕾の状態。


「クラウントカゲの幼体?」


 片手でヒョイと摘まみ上げてみる。異様に傷だらけだ。虐待されているのか。二足歩行タイプ駿馬として重宝されているクラウントカゲの虐待は、竜王国では立派な犯罪。


 ギッと目を吊り上げて、作業員の面々を見渡すと……分かりやすいくらいに、全員が目を反らす。


 タップダンス発作が治まった酔っ払い大男が、『ガーッ』といきり立った。


「ごるぁあ!」


 魔法の杖を、大きな柳葉刀に変形して斬りかかって来る。


 アイヴィは反射的に身体をひねったが、一瞬、間に合わなかった。


 ザクッと、中古の防護マントが切り裂かれる。片腕に痛みが走り、弾みで、クラウントカゲの幼体がもぎ取られた。


 この辺りが限界。


 下町でも治安の悪い街区では、この程度の刃傷沙汰は普通にある。アイヴィが巻き込まれたロリコン事件でも、同類の刃傷沙汰があった……下町育ちの経験と感覚が、引き際のタイミングを伝えて来ている。


「覚えてなさいよ、この分、損害賠償に上乗せだからね!」


 捨てゼリフだけはいっちょまえに、アイヴィは尻尾を巻いて逃げ出す形になったのだった。

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