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(1)宮廷陰謀のとばっちりを受けた不運な親友

 天球いっぱいに、雷電がひしめく。


 竜王都を擁する山岳地帯。牡丹雪の混ざった嵐が荒れ狂っている。


 季節ときは早春。


 連日の気温上昇に伴い、厳寒に凍て付いていた山岳地帯を彩る巨大な氷瀑の群れは、無数の氷柱つららを伸ばし続けていた。


 *****


 重厚な執務室の窓を、雪嵐がたたく。


 窓辺に立つ二人の人影。


 中年武官が、前途洋々の青年文官に向けて、ニヤリと笑みを浮かべた。面白がっている風だが、ベテラン隊長の目は鋭い光を宿している。


「惜しくも取り逃がしたけど、容疑者は再び出て来るだろうな。宮廷でも話題の、謎の『青いドレスのエフェメラル』が目的で」


 中年ベテラン隊長をジロリと見返す、銀灰色の視線。


 やがて青年文官は目を反らし、相変わらずの不機嫌そうな眼差しで、眼下に広がる城下町を眺め始めた。


「……あのボケナス……」


 *****


 緑髪を振り乱し、上空を苛立たし気に仰ぐのは、成体になるかならないかの、うら若い竜人の娘。


 宮廷で見る令嬢のよう、という訳では無いけれど、量販の中古の防護マントを羽織っていてなお、ハッとするような清楚な透明感や溌溂とした明るさが目を引く。


 再び雷電が走り、娘の紺碧色の目が細められた……



 ……アイヴィが立ち止まっていたのは一瞬だけ。


 次の瞬間には防護マントをひるがえし、駆けてゆく。


 山頂の竜宮城エリアを発し、各所の城下町エリア――回廊街区の中央を貫き、山岳地形の変化に沿ってクネクネと続く、竜王都アーケード通路を。


 城下町の各役所に勤める一般スタッフの制服は、男女問わず、山岳地帯対応のパンツスタイルだ。カッチリとしたアオザイ風の膝丈の表着うわぎを合わせる。


 娘らしさを示すのは、竜王国の紋章の入ったヒラの女官用リボン付きベレー帽と、少女趣味な花簪はなかんざしタイプ装飾のみ。


 雷鳴に伴う轟音で路面が震えるものの、ブーツを装着した足さばきに乱れは無い。


 アーケード通路の向こう側からやって来た貨物満載の三本角トリケラトプス車をかわし、三々五々の通行人もかわして、なおも足を速める。


 残り一ブロック。


 その分岐のある一角で、アイヴィは足を止めた。


 竜王都の誇る壮大な城壁が、奥の方に威風堂々とそびえている。


 城壁を支えるフライング・バットレス高架の支柱と、回廊街区の中央を走るアーケード通路とに挟まれて、ひとかたまりの雑然とした行列よろしく並ぶ下町商店街。


 その中のひとつ、どの回廊街区にも一軒はあるような平凡な錠前屋を、ひたと見つめる。


 国道でもある広幅のアーケード通路の中は、魔法防壁に守られていて濡れずに移動できたが。雑多な商店街を縫う脇道の群れは、剥き出しの雪嵐に叩き付けられている。


 これこそ下町。


 ベレー帽のリボンを留め紐としてあごの下で結び直すと、落雷の合間をついて、最後の一ブロックをダッシュして行った。


 *****


 夕食の刻。下町の錠前屋の中の、一室。


「リリー、薬草スープならお腹に入るよね?」


 私服に着替え、アイヴィは料理を乗せたお盆を抱えて、クルクル動き回っていた。


 ベッドに横たわるのは、急な発熱でグッタリとした同い年の親友。


 リリーはつらそうに息をつき、夢見るようなラベンダー色の目を開いた。


「急に押しかけて、ゴメンナサイ」


「気にしてないわよ。さすがに一生分の驚きは使い果たしたけど」


「アイヴィが幻覚魔法スルーする体質で良かった。この身体、知らない男の人の《化けの皮》掛かってて、誰も私だと信じてくれないんだもの」


「天国のママからの遺伝なの。でもヘンテコな特技って感じで実用レベルとしては全然。錠前のゴマカシを区別するくらいかな」


 外は相変わらず雷電と雪嵐が荒れ狂っている。しかし、窓や壁に触れては防護魔法で弾かれてゆく牡丹雪は、春の訪れを告げていた。


「アイヴィ、《異常発熱》専用の薬草ブレンドを手に入れて来るの、大変だったでしょ? 上層回廊の方じゃないと扱ってないし」


「お兄ちゃんが得体の知れないビールに運悪く当たって、朦朧としたまま別人の魔法の杖で酔い覚ましの魔法を使って、《異常発熱》でブッ倒れたって説明したから、『これで様子を見て』って事でスムーズに支給してもらえたわ」


「……バジル兄さんの名誉とか、経歴とか? ……大丈夫?」


「へーき。『トキメキ・マーケット』盛り場で、そういう『革命的な新酒!』っていう胡乱なのが日ごとに出てるの。それで酒乱して、全裸でトキメキ乱闘祭りとかビンゴ祭りとか」


「ホントに、変なお酒に手を出してなければ良いけれど」


「あのロリコン事件から後は、そういうの無いから。あんな呑んべ兄ちゃんでも、考えるとこ、あったんだな」


「毒ゴキブリ誘引剤が入ってたお酒の事件の時は大変だったよね。蔵元さんの方で、誤記ラベルのせいで原材料から混ざってしまったから、そのお酒を扱ってたお店とか、お酒を飲んだお客さんが……」


「今も界隈の語り草で笑いぐさよ『夏の夜のゴキ笑い』事件。アレでも革命的な美味だとかで、肝試し酒としてヒットしてるって話。呑んべの考える事って謎だわ」


 軽い夕食が済み、アイヴィはデザートの果物の皮を手際よく剝き始めた。


「話を戻すけどリリー、例の『毒ムカデの尖塔』にある筈の、本来の魔法の杖さえ取り戻せれば、この《異常発熱》も、今の変な《化けの皮》も、何とかなるのよね?」


「解除の魔法陣の構築、先生の書庫で勉強したから。何とかなる。元々こんな風になったの、あの杖が、私のじゃなかったせい」


 リリーが巻き込まれた陰謀は、普通では無い。


 だいたい、《化けの皮》を使ってリリーの外見を別人に変えてしまったという事実が、普通じゃ無い。


 誰かがリリーに成りすまして、好き放題に悪事をやっているとしたら……


 それに、個別に設定された魔法の杖は、そもそも本人以外の者が使ってはいけない。無理に使おうとすれば、魔法パワーが逆流して、かえって自身の命を失うリスクも大きい。


 改めてリリーの全身に、紺碧色の目を走らせるアイヴィ。


 不気味な色で呪いの邪眼模様をビッシリ描き込んだ、という風の、エーテル魔法で出来た暗いベールが、親友の全身を覆っていた。かろうじて目の場所に穴。そこから、本来の、夢見るようなラベンダー色の目が、のぞいている状態。


(とばっちりにしては、悪意と殺意がすごすぎ。魔法の先生も対応に苦労してるとか、上層回廊とか竜宮城の陰謀って、異常よ)


 アイヴィはブルッと身体を震わせた後、不吉な予感を振り払うべく、明るい声を出した。


「ハイ、リリー、フルーツ半分ね。これも《異常発熱》に割と効くやつ」


「ありがと」

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