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絶滅危惧種わたし  作者: 赤浪
第1章
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1章-5

 手当てに有効なので、粘液だろうが何だろうが使わない訳にはいかない。嫌な顔をしながらもエイザは私の為すがままに粘液を塗りたくられている。こうしてみると実に有効な粘液だ。即効性のある薬として売り出せば一財を築けるのではないだろうか。


「むう…インテグラよ、先ほどの技じゃが」

「ああ」

「おぬし、やっとまともに喋れるようになったのじゃな」


 そういえばそうだ。違和感無く話せている。

 エイザは破顔一笑した。


「良いことじゃ…。それで先ほどの技じゃが、あれは古の従属術ではないか?」

「従属術?」

「そうじゃ、原始の魔族のみが使えたと伝えられる太古の技じゃ。もしやおぬし、高貴な一族の末裔なのか?」


 そのようなおぞましい見た目で?、そんな言外の疑問があるような気がする。


「そんな自覚は無いが…。産まれたばかりなので良く分からない」


 前世が人である事はひとまず隠す事にした。

 人に好意を抱く魔物の話はあまり聞かないからだ。


「ところで従属術というのは手下を次々と増やせるのだろうか?」


 だとしたら心強い技だ。


「伝え聞く限りではそのようじゃ。しかしインテグラよ。先ほどの技には時間制限があるようじゃな?」

「そのようだな…」

「なに。産まれたばかりの小童なのじゃ。焦らず自分を探せば良い」


 ぬか喜びしてすぐに落ち込む私をエイザが慰めてくれる。

 身体が大きいと器も大きくなるのだろうか。

 早く大きくなりたいものだ。


 エイザは傷の具合を確認すると鼻をならしてケーブラットに喰らい付いた。鼻息を荒くしてむしゃぶりつく。辺りに満ちた死臭をより生々しく感じるようになった。


「ん?どうしたインテグラ。おぬしも食べるが良い。食わねば持たぬぞ」

「…」


 人間だという矜持と魔物として生きていくしかないのだという葛藤が私の中でせめぎ合っていた。もたもたしている内に、エイザがこちらにケーブラットを放って寄越した。臓物がはみ出ている。


「若い肉じゃ。旨いぞ」

「それはどうも…」


 有り難くないお心遣いだ。


 しかし。



 なるようになれ、だ。



 意を決して私はケーブラットに齧りついた。

 ケンタウロスから頂戴した謎の肉は十分とは言えなかった。それはエイザも同じだろう。

 ケーブラットのゴワゴワとした毛皮を噛みきり、皮をしゃぶり、肉を噛み、骨をかみ砕く。私の口の中で何がどうなっているのかあまり想像はしたく無い。しかしこれは…。


「どうじゃ?」

 

 ハードダイスの暗い瞳に期待感が滲んでいる。

 エイザはかなりお節介なようだ。


「うまい…ようだな」

「そうじゃろう!」


 エイザが嬉しそうにまたもや新しいケーブラットを放って寄越す。


「もりもり食べて大きくなるのじゃ」


 扱いが子供に対してのそれだ。

 まあ、生まれたばかりなのは相違無い。

 人であった頃からの倫理観や矜持はこの際棚上げにして、今は目先の生に集中するとしよう。 


「だがこの毛皮は食いにくいな」


 そうか?とエイザは反論せずに鼻を鳴らした。

 私は背丈の小さい子供と思われるケーブラットを触手でつまんだ。私が刺殺した個体だ。そのままでも食べられないことは無いが、ゴワゴワした毛皮が少々不快だ。毛皮を取り除いてみよう。突き刺したか所は血が固まっていたので、新たに触手をナイフ状に尖らせて足の付け根に切り込みを入れる。切れ込みにしたがって足の内側をはがしていく。柔らかい腹の部位を傷つけないように丁寧に切り裂いていく。

 頭は雑味がしたので触手で切り落とす。


「なにをしているのじゃ…」

「美味しく頂くのさ」

「変わり者じゃな」


 エイザの奇異なものを見る目はあまり気にせず、同じ作業を繰り返していく。たまに堪えきれなくなってつまみ食いするのは許して欲しい。作業と食事を終えた頃には数匹の保存食が出来、それ以外は私とエイザの腹に収まっていた。

 水筒に水も補充出来たので、後は洞穴の出口を目指すだけだ。

 保存食、ケンタウロスから奪った水筒、通貨が詰まった布袋を触手に括りつける。


「外の匂いはこちらじゃ」


 エイザが匂いを嗅ぎ分け、洞穴の奥へと案内する。

 保存食を触手に括りつける際、粘液を垂れ流さない方法に気が付いた。粘液は身体の表面を守る為のようで、要するに乾いたら死んでしまう訳だ。なので常に垂れ流しているのだが、垂れ流さないように工夫すれば良いのだ。触手を身体に巻き付けて粘液の流れが出来るように方向性をもたせてやる。そして粘液を口元へと向かわせてやる。


「…」


 同行者の暗い瞳が何か言いたげだ。

 私は有無を言わせない確固とした合理性でもって彼を無視した。

 名付けて、粘液自己生産方式だ。地産地消でも良いかもしれないな。



 洞穴をしばらく進むと私でも空気の流れが向かう先へ伸びていることに気が付く。

 気になっていた事をエイザに尋ねてみる事にした。

 

「そういえばエイザはどうしてこんな洞穴にいたんだ?」

「話していなかったか?人間共から逃れるためじゃよ」

「人間?」

「ああそうじゃ。近頃は何かと人間共が騒ぐのでな。厄介なものじゃよ、()()()()()()というのは」


 人間至上主義とはなんだろう。


「生まればかりなのじゃったな…おぬしも気を付けるといい。人間共は魔物を奴隷に出来るか出来ないかでしか理解しようとしない野蛮な者じゃ」

「奴隷?」

 

 この近辺の人間は魔族を捉えてそれを奴隷としているらしい。

 最寄りの人間生息地域は、『大エルグランド王国』

 聞いた事の無い国だ。私が探検していたダンジョンとは似ても似つかない場所らしい。

 それにしても魔物を奴隷にするとは。


「魔物と分かれば捕らえられか殺されてしまうだろう。おぬしも気を付けるのじゃな」

「ああ、気を付けるとしよう」


 エイザが頷く。


 外の空気がそれとなく分かるようになり、光量が増した。

 出口は目と鼻の先だ。

 


 さて。


 きな臭い話は置いておいて、目先の生に執着するとしよう。



 私達は出口に向かって突き進んだ。

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