1章-4
私に出来る事、出来ない事、可能性が頭をよぎり身体が動いていた。合計8本の触手が宙を舞い、鋭い槍となりケーブラットを貫いていった。
目で追う事の出来ない速度で触手が舞い、エイザにまとわりついたケーブラットを貫いていく。触手を頭で制御しているのではない。これはそう、私の本能で突き動いているのだ。
しかし、動作をある程度コントロールする事は出来ている。エイザの身体を傷つけないように、かつ素早くケーブラットを貫き落としていく。元からの失血に加え、複数の噛み傷がエイザの身体を覆っていた。
「クソっ!」
刺せども刺せどもキリがない!
私は悪態をつきながら触手を突き動かした。
突き動かす。
刺して、
殺して、
エイザを救う!
予感がした。
私の中で敵対者を滅ぼす意思が産まれる。
そして、
―――――私の中で何かが弾けた―――――
それは一つの理を理解したのと同義だった。
異形の肉塊となり果てたから解した理。人の身では理解し得なかった理。
私の触手には捕食者を貫き刺し殺す力があり、それらを素早く捕捉する事に長けていた。次々と殺すのではなく、むしろ捉える事が長所なのだ。思えばいくらエイザの身を案じていたとしても触手による初めての刺突で良くもエイザを傷つける事無くケーブラットだけを貫いたものだ。
それもこれもこの触手の特性のおかげか。
殺すのではなく、奪う。
本能に従い、肉塊の理をもってケーブラットに深く触手を突き刺した。
時が止まった。
私の周囲で全てが遅くなり触手の届く範囲の全てを支配したかの様な錯覚を覚える。
実際に支配していたのは8本の触手に貫かれたケーブラットだ――――――
重力に従い触手に貫かれたケーブラットが地面へと落ちる。脳まで貫かれて私の一部が付着したケーブラットは、ゆっくりと動きだした。脳まで貫かれて動く道理は無い。生きているのでは無いのだ。必殺の触手に貫かれてなおも動作するのは、神の意に反した奇跡か、あるいは、冒涜的な理に従った悪夢だ。
8体のケーブラットは生気の無い瞳のまま、なりふり構わず手近の同族へ喰いつらいた。
それはまさしく亡者が生者に喰らい付く、恐ろしい光景だった。
「やれ!」
「殺せ!!」
私の意志に従い8体のケーブラットが食い散らかす。
その間にも触手を突き刺し、更に眷属を増やしていく。8体が16体になり、32体が64体となる。私の触手の速度は戦闘の最中に増していくようだった。私自身は触手を動かしているだけなので胴体は動いていない。触手の先にいる本体が動作していな事に気付いた少なくない数の群れがこちらに殺到してきた。
触手に対抗する術がないのなら本体を何とかしようという事だ。
読みは悪くない。
しかし、
「甘い!」
ケーブラットを貫き続けていた触手の半分を胴体へと引き寄せ、整列させた槍衾を向かってくる一団へ差し向ける。一撃ではケリがつかない。何度も何度も突いては殺し、刺して眷属とし、殺しを続けた。
どうやら私が眷属を従えていられる時間はそう長くはないらしい。最初に刺した8匹が緩慢な動作となり、やがて完全に動作を止め地に伏した。続けて次の8体も動作を止める。これが連鎖すれがその内手ごまはいなくなってしまうだろう。
しかし、不安は杞憂となる。
圧倒的な蹂躙を前に群れを形成する事が出来なくなると、ケーブラットは散り散りとなって洞穴の奥へと逃げて行った。
勝った、のだろう。
「…また、命を救われたの…」
息が切れ切れとなり、身体中が噛み傷だらけとなったエイザが、弱弱しく礼を言った。