1章-2
ケンタウロスから頂戴した謎の肉は、私と彼の腹に無事に収まった。
もっとも、粘液塗れになることを嫌った彼に半ば半分以上奪われたのだが。
そして、驚くべき事に彼は言葉を発した。
「みにくい生き物だ…」
しわがれ声は体力を失っているからか。
私は思わず「あ……」と驚きの唸り声を上げた。
「言葉を解さぬ下等な身か」
「あ、あ、あ…」
「おぬし、この地ではあまり見ぬ姿形」
「ああ、あー、あ…」
「下賤な者よ。しかし理性は持つようだな…。それがしの働きを褒めて遣わそう」
どうやら褒めてくれるらしい。
私の身振り手振りの触手コミュニケーションが功を奏したのか。
しかし、これでは意思疎通もままならない。
生き延びる為に手を取り合わねばならないのだ。なんとしてでも意思疎通しなければならぬ。
彼の古風な語り口に影響されてしまった…。
触手を使って地面を削る。
大陸共通語だ。まずは自己紹介だろう。
私は生前の名を刻もうとして、ふと思い立った。
私は一度死んだのだ。姿形も変わり、最早人の世に生きるものではない。
元の名前に拘る必要もないのではないか。
思い付きから至った境地は言葉には言い表せない。後悔かもしれないし、期待かもしれない。
少なくとも私は望んでいたのだ。
冒険を。
爆発寸前の心臓を高鳴らせる躍動を。
人の境地では至れなかった今日という日を。
私は刻んだ。
――――私は絶滅危惧種――――たった一匹の魔物だ。
束の間、彼はそれを眺めていた。
果たして熟考の末に何を考えたのか。伺い知る事は出来ない。
「どうやら下等な身ではないようだな…」
「…」
「醜き外見にそぐわぬ知性。われの共にする事を許そう」
「あーあー」
「それは喜んでいるのか…?」
彼、――――エィンザム――――と名乗った。正確には発音が違うようだが、人の言葉では発音する事が出来ないならしい。どうせ発音できないのだし、そもそも発声できないのだし、私は彼の事をエイザと呼び事にした。男性名ではなく、どちらかと言えば女性名のような気もするが、魔物なのだ。細かい事を気にしても仕方が無い。
「我が名は「孤高」、という意味だ」
「あー…」
「それで。ただ1匹の魔物よ。そちの名は何と呼べば良い?」
「…あー」
ふむ。
私は続けて、『好きに呼べ。』と刻んだ。
少し投げやりだろうか。
だがエイザは思いの外お気に召したようだった。
「ならばただ1匹の魔物よ。こう名乗るが良い。高潔の肉塊、インテグリテイト」
『光栄だ』
地面に刻んだ文字を見て、エイザは破顔しながら頷いた。
狼の笑顔を見た事がないから、それが喜びの感情なのかは分からない。どちらかと言えばプラスの感情のように見えたから笑ってみせたように見えたのだ。
それにしても、高潔か。
触手を蠢かせ、粘液を滴らせる私には最も遠い言葉だと思うが。
しかしここで異を唱えて機嫌を損なわれても大事だ。ここは有難く拝命させて頂くとしよう。
「integra…インテグラと名乗るが良い。真名は隠すものだ」
『では私もエィンザムではなく、エイザと呼ばせてもらおう』
「良かろう」
反論されるかと思ったが意外だ。
「素晴らしき名だ」
適当なあだ名にも寛容だと分かり、私の中でのエイザの理解度が深まった。