序章-1
覚醒した私を襲ったのは猛烈な喉の渇きだった。しかし人の姿ならまだしも肉塊となった私に生者のような欲求が芽生えるのだろうか。そもそも私に口はあるのだろうか。
足だと思ったのは悪臭を放つ3本の触手。
腕だと思ったのは醜い触手。
臭いか醜いかの違いでしかなく、見た目にも大差無かったが私にはそれが異なる機能を持つことが分かった。自分の身体なのだから当たり前だと、以前は思ったに違い無い。しかし自分の身体である事を受け入れるのにはまだしばしの時間が必要だった。
気持ちの整理、生きている事への疑問、私が今いる場所への疑問、なんでもいい。
しかし、今は早急に解決するべき事がある。
喉が渇いていた。
人は水分無しには幾ばくも生きていられない。
干からびる事への忌避感はこの身体でも抱くらしい。
私は洞穴にいた。
ここは、あの獣、ハードダイスに襲われた洞穴とは異なる場所らしい。ダンジョンですら無いのかもしれない。気味の悪い苔や見た事の無い昆虫は私が潜っていたダンジョンでは見かける事は無かった。未踏の洞穴を進む期待感が湧く。
しかし、それ以上に喉の渇きが私を苦しめた。
醜い身体には粘液が這っていた。
成程。私は地を進むたびに粘液をどろどろと残しながら進むらしい。
水分を常に大量に消費しているのだ。
これは水筒を多めに持たなければいけないな。
現実離れした事象に対して、妙に現実的な事を考えながら私は前に進んだ。どうせ進むしか道はないのだ。粘液を垂れ流し、命のかけらを落としながら進もうではないか。
どれだけ進んだだろうか。
目の前がふいに開け、大きな空間へ出た。
生き物の気配はない。
私の生存本能が、喉の渇きには限界があるのだと告げていた。
理性で進んでいたのは最初の数十分で、今の私は本能で進んでいる。
ならば、本能で進む私にその獣が相対したのは運命だったのかもしれない。
低い唸りを上げ私に相対したのは、1匹の獣。
ハードダイスだった。