序章
ハードダイスと呼ばれる狼を一回り大きくした獣が私に相対していた。ダンジョンの探索中に遭遇したその獣の群れは抵抗等ものともせず、私を切り刻んだ。
皮鎧は簡単に切り裂かれ、肉を切り、腱を切り、骨を砕く。ハードダイスの群れは腹を空かせていた。捕食者が被捕食者に情けを与える事などあり得ない。私が最後に見たのは大口を開き私の身体を咀嚼するハードダイスの暗い瞳だった。
私はその時、確かに死んだ。
私の皮が、肉が、骨が、僅かな食べカスを残して彼らの腹に収まった。食べカスですら洞穴に生息する肉食昆虫のごちそうになった。そうして食物連鎖の一つの歯車として私の旅は終わったのだ。人生への満足も後悔も抱く事なくあっという間に。
私には夢があった。
ダンジョンで財を成し、名声を上げ、地位を求める、そんな大それた話ではない。
いつか地の果てまで旅し、いまだ知られざる人外の地で冒険をする。この世の果てに待つ隠された真理へ少しでも近づきたかったのだ。
しかし、そんなささやかな夢は叶わない。
私は人知れずこの地で旅を終える事になったのだ。
そう。
そのはずだった。
この世界のどこかにいる竜の一族は、人の言葉と竜の言葉を解するという。人里に姿を見せる事は無く、多くの竜が洞穴の奥深くで眠りについているという。人の姿を真似し世界を見聞するもの好きの竜もいるというが、ごくごく限られた存在だ。限り無い命を持つが故、生きる事に飽き、多くは眠りにつくという。長く生きる者にしか分からない定めなのだろうか。
私はどうやら死んではいなかったようだ。ハードダイスの腹に収まったのはまぎれも無い事実だ。
死んではいない。
しかし、生きてもいない。
不死に飽きた竜が眠りにつく時、何を想うのだろう。
生きてもいない、死んでもいない。
まさに今の私のような想いだろうか。
足を動かす。
それは足ではない。
だが、洞穴の地面を見つける事が出来た。足、らしき物に力を入れると地を踏みしめる事が出来た。
次は手。
これも手ではない。
しかし、以前のように剣を握る事は出来るだろう。
それも1本や2本ではない。5本は握る事が出来る。
頭は無い。
その機能は胴体に収まっている。
胴体というべきだろうか。
この世界にはこのような獣、アンデットはいない。
ならば私は唯一の存在なのだろう。
こうして私は神の祝福を受ける事なく、醜い肉塊として二度目の生を受けたのだ。