ジーグルーネの霧中行
ジーグルーネの霧中行
「今日も付いてきておるな。」
「んー?」
山の頂上へ向かう中腹。
右肩に乗っている手乗りミヨが後ろを向いて言う。
ケリュケイオンの速度を少し上げると、付いてくる車両が何台か……。
今日は車1台にバイクが2台。
前回は車がスイスイ通れない細い道へ入ってまいたんだが……。
しかもミヨの案内だから迷う心配は全くない。
「めんどくさいなぁ。今日はミヨとツーリングなのに……。」
「じゃ、またやる?」
「やろう。」
「じゃー、この先に追貝温泉があるから………。」
「おお、ナイスアイディア。」
5分位で温泉街が見えてきた。
私はケリュケイオンを旅館の駐輪場に停める。
ヘルメットを持ったまま、温泉旅館に入っていくと、番台にお婆さん。
「大人一人ー。あとタオルも貸してー。」
「750円ね。」
お婆さんがキレイなタオル一式を番台の上に置く。
「妖精が一人いるから、おつりは取っといてー。」
言って私は千円札を番台に置く。
「……そっかい。」
この辺りは天狗の伝説とか色々残っているので私の事を気の毒な娘とは思わないようだ。
後ろを見ると追跡者達は中には入ってこないみたいだ。
まあ、とりあえずは温泉を楽しみましょうか……。
男湯に爺さんが二人いるみたいだが、女湯は貸し切りだった。
「「う゛ーーーーーー…………。」」
身体を洗ってから湯船に浸かる私とミヨ。
「「日本人に生まれてよかったわーーー。」」
……………。
……。
「いや、日本で生まれてねぇべ。」
「いや、日本“人”じゃねーよ。」
……………。
……。
「「……どうでも良いかー。」」
「「あ゛ーーーー……。」」
魂も……洗われる……。
存分に温まると、私達は髪を洗う。
「ルネー、我にもシャンプー。」
「あいよー。手、出してー。」
私はシャンプーを領域越しにミヨに送る。
わっしゃわっしゃ………。ザパー……。
今度は薬湯へ……。ざぷん…。
「「い゛ーーーー………。」」
「ツーリングに来たんだけど、これで帰っても良いかなー。」
湯船に浸かるともう何でも良くなってしまう。
これぞ温泉の魔力。
「そうじゃなー。風呂の後にビールも飲みたいしのー。」
……………。
「昼間っ、…ていうかまだ朝だよねぇ。」
「我、朝寝、朝酒、朝湯が大好きなのじゃ。」
……………。
あー、そう言えばここから近かったねぇ。
「…あ、外の連中……どうしようか?」
ココに来た目的、すっかり忘れてた……。
これぞ温泉のなんちゃら。
私達は風呂から上がってフルーツ牛乳を一気飲みする。
「「っくーーー……。」」
「さて……。」
行きますか。
まずは偽装工作。
座布団とタオルケットを使って座敷で寝てるように見せかけ。
「おばちゃん、裏口貸してもらうね。」
「……………。」
私の目くばせにコクリと頷くお婆さん。
どうやらお婆さんも外の連中は気になっていたようだ。
「こっちもダメじゃな。」
ミヨが偵察から帰ってきて言う。
裏口にも見張りはいたか…。
「こっち。」
……………。
お婆さんの後をついて行く。
「雪国だからね。夏に使わない出入口とかあるんだよ。雪が無いときは不便なだけだけどさ。」
ついて行った先は階下の駐輪場だった。ケリュケイオンの姿もある。
「この下へ行くと川に出る。舗装されてないけど、バイクなら大丈夫だろ。」
「おばちゃん、ありがとね。」
「ま、がんばんな。」
お婆さんはそれ以上何も聞かないで番台へ戻って行った。
なんてーか………肝っ玉かあちゃん………。
誰の目も無くなったところで、ケリュケイオンを領域に返す。
川辺に下りると、バイクが1台だけ通れそうな獣道。
「さて、ここまでくれば大丈夫じゃろ。」
言って私の肩の上で仁王立ちするミヨ。
「迷霧・月夜野……。」
辺りに霧が立ち込め始める。
「ちょっとちょっと、視界50m位になっちゃったんだけど!」
「大丈夫じゃ。我が案内する。」
再度ケリュケイオンを呼び出してまたがる。
キュルキュル……バルン!
こういう時はスターター音がやたら大きく感じる。
気を取り直して、発進。……ゆっくりと。
「240m直進、右折。」
早速ミヨのナビゲート。
パタパタパタパタ……。
「うー、低速だとマヌケな音するんだよねー、このコ。」
ケリュケイオンは4段階位音が変わる。その始めの音が耕運機みたいで……。
いや、嫌いじゃないんだよ……。嫌いじゃない………。
「次、300m直進、30cm位のくぼみ。」
こんな感じでギアを三速以上上げないで私達は川べりを走る。
「真っ白……。むっちゃ怖いー。」
ラリーでナビだけを信じて走っている感じ?
「150m先、倒木。」
「倒木?!」
結構大きめの枯れ木が道を塞いでいた。
迂回して先へ。
「この先斜路がある。上るか?」
「国道ー?」
「県道じゃな。」
「上がる。怖い。」
まだ舗装されてる道路の方が良い。
道路に出るとホッと溜息。
「さて、そろそろ霧も晴れ始めた…、お?」
「何ー?」
「連中、ようやく偽装工作を見破ったようじゃ。今、布団の下に忍ばせた眷族から連絡が入った。」
「……………気の毒に……。」
「何故じゃ?!」
「悲鳴上げたでしょー?」
「うむ。大の男がの。」
「もう一回言おう。気の毒に。」
「だから何故じゃ!!?」
「おばちゃんは大丈夫だったー?」
「土足で上がった男どもをほうきで叩きだしたようじゃ。爺さん等も加勢したようじゃの。さすが我の子等じゃ。」
なるほど。外人だ。
「ちなみにムカデは?」
「ほうきで掃き出された。この辺りの子等はムカデが我の眷族と知ってるからの、苦手なコでも叩いて殺したりはせんよ。」
「へぇ。愛されてるねぇ、ミヨちゃん。」
「まあな。さて、行くぞ。追手が迫って来る。」
私達はゆっくりと頂上を目指すのだった。
頂上から少し下った駐車場。
「待って居ったぞ。」
森の中から本霊のミヨが現れた。
「温泉に入って満足してた時はホントに来ないのかとヒヤヒヤしたぞ。」
「敵を欺くにはまず味方からって言うじゃなーい。」
「まあ、そう言う事にしておこうかの。」
「じゃ、始めますかー。」
まずミヨが私の領域に入る。
そこでミヨは分霊と同化すると、かりそめの身体に憑依する。
「何と言うか……。あまり馴染まんの。」
手をグーパーしながら言う。
「まあそのうち慣れるでしょ。じゃ、うつしよへ御あんなーい。」
……………。
森の中の柔らかい光ですら眩しいのか、しばし目をかばうミヨ。
「…………おお。……おぉ。」
…………。
ミヨが感じている感動が伝わってくる。
「風を感じる。」
しばし様々な感覚を楽しんでいるミヨであったが……。
「何回も言ったから分かってると思うけど、その身体、6時間しかもたないからね。」
「そうじゃな。時間は無限ではない。では久しぶりに我が妹の所へ参ってみようかの。」
「じゃあ、足を用意するよ。」
以前、ミヨが谷に落ちていたバイクを直してくれと言っていたので、私はそれを呼び出す。
ヒュルヒュルヒュル………。
火は既に入れてある。独特のエンジン音を奏でるミヨのマシン。
「おお、泣いていたこやつを甦らせてくれたか。恩に着るぞ。」
このバイクは魂を持っている。
日本独特の思想、つくも神。初めて見たわけではないけれど、やはり驚き、感心させられる。
元の持ち主が相当可愛がっていたのだろう。あるいはライダー自身が……。
ミュゥゥーン!!
「あ!!」
ミヨがスロットルを開けた拍子にペダルをひっかけたか、ギアがセカンドに入ったようだ。
「ひょぁあぁぁあ……。」
うーん。あの時の私だ。
良かった。私だけがかます面白可笑しいエピソードじゃなくって。
ウィリーするところまで一緒。
「ケラケラ……。」
ただし、コレにはつくも神が憑いている。
勝手に姿勢を立て直して私の元へ戻って来た。
「び、ビックリした…。」
冷や汗をかいて言うミヨ。
…………。
何で私みたいに円月殺法をやらねーんだ!!?
「しばらく操縦を指南してくれるそうじゃ。」
私は、20万円かけて教習所でさんざん練習したのに……。
不公平だ!
「名前を付けてやらんとの。ルネ、何か案はあるか?」
「私がぁ?」
「おぬしが親じゃもの。」
親って……。
「そうねぇ。………バステト?」
何故かエジプトの神の名が頭に浮かんだ。
「バステトか……古代女神の名じゃな。」
…………。
「気に入ったようじゃ。おぬしの名はバステトじゃ。よろしくの。」
ミュゥン!!
「返事した?」
知性がある……?
もしかしたらこの魂は神格化していくかもしれない…。
エイルトロイデ・境界突破
もう何日目か…………。
時間が流れているのか…、光はあるのか……。
全て感じない世界。
その中を行く。
ただ一つの手がかりをたよりに。
…………。
あるいはこれはグリムゲルデの招待状か?
あの時もそうだった。来いとは言わない。言っても効果が無いことを知っているから。
だから私から来させる。
……………。
来いと言うなら行ってやる。
なんて、自らを奮い立たせていたら………。
ボッ!
「っぐ…。」
世界を突き抜けた!!
空中だ!
落ちる!!
……………。
ふわふわ………。
………。
そ、そうだ、身体を捨ててきたから私は今、魂だけの存在だった。
ふわふわゆっくり落ちていく。
落ちる先は、海……。
さて、あれからどれだけ時が過ぎたのか……。
命がけで世界を越えました。グリムゲルデは天寿を全うしていました、じゃ笑い話だ。
「いる。感じる。」
こちらの存在を感じさせないように注意して…走査。
「距離……1000km位か……。近い、な。……んん?」
海面に……。
魚か?
でかいな。
1〜2m位の大きな海生物。この世界の魚はこの大きさが標準か?
今、私の領域は空っぽ。このままでは魂がこの世界に溶けて無くなるる。
「すまんが身体を貸してくれ。」
私は海生物の身体を支配する。
割と知性があったようで、憑依に抵抗された。
「抵抗するな。死ぬぞ。」
……………。
グリムゲルデが言っていた。何であろうと命を無暗に奪うな、と。
グリムゲルデの言うとおりにすると苦しくならない。だから、今でもあいつの言う事を守っている。
…我ながら………。
っと、ようやく大人しくなったか。
「よし。1000km移動したら身体は返す。良いか?」
……………。
「会話できる程の知性は無し、か。」
しかし、害意は無いと分かってくれたみたいだ。
「移動の仕方は……。こうか、いや、こう。」
何だ?この世界の魚は上下にヒレを動かすのか?奇怪な…。
と、しばらく移動の練習をしていたら…。
「あれ?苦しい?呼吸が出来ない?」
ここで窒息しましたとかシャレにならんぞ!!
「ぶぱっ!!ゼー、ゼー……。」
何だこいつ!!水生生物の癖に空気で呼吸しないと死ぬのか?しかも鼻が頭の上についてやがる!!
そして……久しぶりの感覚。
「ん?腹が減ってる、のか?」
次から次へと!!
………。
何だ?いい匂い……。
ふらふら……。
匂いに釣られてしまう……。
銀色の大群。
小型の魚か?
……。
いい匂い。
ゴクリ。
………。
試しに一匹。
パク!
………。
「うまっ!!」
ナニコレナニコレ!!美味い美味い美味い!!
ぱく!
うまっ!
ぱくっ!
うまっ!!
ぱくぱく!!
美味しい美味しい!!
……………。
何十匹食べたろうか?
そうこうしていたら、私より大きい魚がやってきて私に体当たりをくらわしてきた。
この魚群を独り占めしたいのか?
まだ満足はしていない。
ケンカしたら勝てる。
しかし…。
私は知性の無いケダモノではない。ここはこいつに譲ってやっても……。
ドカン!
再度体当たりされた。
「はっはっは……。」
ドカドカン!!
「ブチノメス!!」
……………。
知性?私にそれを期待する奴はいない!
『大人げないなぁ。エイル姉。』
頭に響くグリムゲルデの声。
『大人げなくて結構。私に喧嘩を売った奴が悪い。』
『任務の時はあんな冷静沈着なのに。』
…………。
もう何十年前の出来事になるか…………。
「さて、そろそろ移動を再開しようか。」
向かう先は…………。さっきの魚が逃げて行った方向とは逆か。
情報収集から、始めるか。