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 てーぱうぜ・ハンスの報告

 てーぱうぜ・ハンスの報告



「ラフォンテンのクソ野郎!!!」

 怒声と共にゴミ箱が盛大に蹴り上げられた。

 犯人はドイツ連邦共和国首相ウルリケ・ブッツバッハ。

 66のババアだ。

 まあ、気持ちは分かる。

 野党、社民党党首ラフォンテンに今日はやり込められていた感が強いから。

 現在のドイツは30年くらい前の日本のようなかんじだ。毎日が足の引っ張り合いで議論が進まない。

「12時間だぞ!12時間結局何も進展なし!!!今日は国会に何しに来たんだ!!?我々は忙しいんだぞ!!」

 既に午後11時を過ぎているのに元気なババアだ。

 こんな時は………。

 秘書の女性とアイコンタクト。

 すかさず首相にキンキンに冷えた大ジョッキを渡す。

 流石と言うべきかドイツ人。1.5リットルを一気に飲み干した。

「げふぅ!」

 大きくゲップ。何と言うか…ステレオタイプなドイツ人。

「落ち着いたかい?婆さん。」

「婆さん言うな!若造!!」

 若造言うから婆さんになるんだよ!!

 そもそも俺はもう40に手が届くところまで来てんだよ!

「今日はもう政治の話はヤだよ。」

 言って首相は執務席には座らず、ソファーにどっかり腰を下ろす。

「次の案件が山のように詰まってるんだよ!」

「知ったこっちゃねぇ!使えねぇクソ大臣共に回しとけ!」

「回って返ってきてるんだよ!つか俺は大臣でも秘書でもねえんだから顎で使うない!」

 ちなみに給料も新聞社から貰ってるのであって、こいつからはびた一文貰ってない。

「今日のサッカーどうだった?」

「聞けや!!」

「ドレスデンが勝ちました。」

 年かさの女秘書が淡々と言う。

「おっしゃ!これでチャンピオンズリーグが見えてきたね。」

 おかわりのビールを飲みながらテレビのスイッチを入れる首相。

「おお、サッカーって言やぁ、あれ、どうなった?」

 何つながりだよ?球技からか?

「あれ、かい?調べてるよ。」

「そりゃそうだろうよ。アタシが言ってんのはさ、結局あれはナニモンだったんだって話さ。」

「全然わっかんねぇ。」

「………つっかえねぇな。」

「世界に冠たるBND(連邦情報局)が必死こいて調べて、ようやく細い糸が見えているくらいなんだぜ!逆に言えば何か隠してるってこったろうよ!」

「…日本がか?」

「いや、日本はむしろ協力的だ。何か分かったら教えてくれだとさ。」

「教えるわきゃねーだろ!連中は相変わらずだな。」

 世界一のお人好し国家。

 クジラ一つとっても、何十年も金をむしり取られて結局日本は全て泣き寝入り。まあ結局脱退したわけだが……ドイツだったら3年でおん出てるな。

「リリア共和国は関わって無さげなんだが……。日本は本当に分からん。あいつら中小企業とかでもビックリするもの作るからな。」

「中国やロシアの線は?」

「ねぇな。つうか、中国に至っちゃ探りすら入れて来ねぇってことは、宝島に気付いてすらいねえんだろう。……お隣の国が合同合宿に入れろって騒いできた時ゃ、この国すら気付くんかって慌てたけどな。」

 まさかあんな下らねぇ理由だったとは………。ある意味ビックリだ。

「アメリカさんは如何なんだい?」

「それが傑作さ。あいつ等初日の練習試合でやりすぎてな、以後丁重にお断りされてたぜ!」

「HAHAHAHA……。」

 その部屋で俺と婆さんの笑い声が響く。

「なんだいなんだい、一番に気付いて、しかもよだれ垂らしてた奴等が真っ先にお断り勢に入れられるとはね……。」

「まあ連中、本当に言う事聞かねえ兵隊ばかりだからな。」

 あれだけコテンパンにしたらまあ、日本人でもメンタル折れるわな。

「まあ、うち等がストップしたわけじゃないからな。外交でにらまれることも無かろう。しかしこりゃあ願ったり叶ったり。」

「そうさ。見てるだけじゃ呼んだ意味がない。実際当たってみないと分からない事は多々あるもんだ。」

 コーチからメールでもらったドイツチームの各選手の論評から、件の少女についての評価部分を表示する。

 …………。

「………うーん。普通だね。」

「ああ。普通だ。理解の範囲内の優秀な選手だ。それも天賦の才能とかじゃなくて、練習の賜物らしい。全員の意見をまとめると、な。」

「やっぱガセ…、偽造だったんじゃないのかい?」

「俺も何度も思ったさ。あの場に居た千人余り全員がグルになってドッキリを仕掛けられるものならあるいは………。」

 普通であれば必ずどこからか漏れるものだが…日本人の団結力からするとありえない事ではない。………と思うのだが如何だろうか?

「……ああ、そうだ。」

 確かツィンマーマンから預かったICレコーダーが……。

「コレ、聞いてみてくれ。」

 ツィンマーマンと少女との会話が流れる。

「日本語じゃわっかんねーよ。」

 俺は黙って翻訳字幕が出るタブレットを渡す。

 そして問題の個所…。

「セルト語?何か、慌ててる?」

 言って眉を顰める婆さん。

「そう言う方言はあるにはあるんだ。しかし会話の雰囲気から、この娘はその方言を知らない。それに言葉にアラビア特有の訛りが無い。」

「ってことぁ…この子はアラビア語を喋れないってことかい?」

「ああ。推測だがな。」

 そして……。

 ふいにレコーダーから流れる喧騒が消える……。

「んあ?雰囲気が変わったね。」

 ………。

「何だい?独り言?」

「黙って聞いてな。」

 レコーダーの音を最大にする。

「……………。」

 ……………。

「……………。」

「ついて…来い?」

「ああ。でだ、コレが下船時の録画なんだが…………。」

 ………。

「それらしき人物はいないねぇ。演技とかの勉強とか……、やっぱ独り言の類じゃないかい?日本にゃたくさんいるんだろ?中二病罹患者。」

 婆さんもその言葉を知っていたのか…。

 しかし…。

「ライン川だから、ライーラ……か。それにラインの夢…。」

 中二病についてもっと勉強しておくんだった。

「ていうかリリア人にも中二病因子とかあるんかい?」

「さあねぇ?中二病は後天性かもしれない。」

 こんな真面目に中二病を語り合った国家の首脳はドイツが初めてかもしれない…。

 ……初めてだろうなぁ。


「そう言えばタカオカハイスクールにはホテルに個室を与えたんだろ?尿とか便とか、採れたか?運が良ければ経血……。」

「いや、それが、だな……。

 奴等、自分等がそんな個室に入れるほどの選手じゃないって言って、一流ホテルを日本のもう一つのチームのユースホステルと交換しやがった。」

「なんじゃそりゃーーー!!わけわからん!」

 綺麗にセットされた髪をかきむしる婆さん。

 アメリカにしろ我等にしろ、あてを外されてばかりだ。

 今頃アメリカも俺等の事嗤ってるんだろう。…クソッ。

「んー。まあ日本人らしいっちゃらしいんだ……。欧米人じゃありえねぇことを奴等はやるんだよ。…強い方が良い宿舎に泊まれるってのは理にかなっているしよ。」

 ただ、それを手配するのはあくまでホスト側で、ゲスト側が率先してやるってのは聞いたことが無い。

「日本政府の差し金じゃないだろね?」

「いや、チーム全員を張らせてたが、誰ともコンタクトを取っていない。アレが素の対応なんだろう。」

 俺等じゃ仮に思いついても……まあ、やらないだろう。

 ただ、もしアチラに、この状況を全て読んだほど頭の良いのが居るとしたら、厄介だ…。

「まあねぇ。ワールドカップ後に掃除したりするもんなぁ、奴等。ウチの国民もそうなってくれないもんかねぇ………。」

 言って婆さんはカシューナッツをかじる。

「ハハッ。でもな、ある国じゃ俺らドイツを見習えとか日本に言ってるらしいぜ。」

「はぁ?!アタシらを見習え?何処が?日本に?アタシ等を?」

 コクリ。

「あ!あー、あー、あいつ等か!あいつ等普通にアタシ等をヒットラーの子孫だとかナチスだとかディスるくせによ。」

「まあな。俺も初めてソレ聞いた時、遠回しにトーゴとかに謝ってないのを批判されてるのかと思って憮然としたんだがな。」

「こっちこそ言いてえわ!日本を見習えってさ!!」

「ま、言っても何の得にもならんからな。」

「ああ。面倒ごとはゴメンさ。外交上はなおさらにね。日本はあくまで商敵。ライバル。蹴落とそうとする国があるなら、むしろありがたい。」

 だからドイツは常に助けてこなかった。助けたせいで他の国も混じって藪蛇になるのは非常に好ましくない。何しろ両国とも戦後、悪の枢軸と叩かれてきたのだから。

 なので、今後もその方針に変わりはないはずだったが……。

「しかしまあ、今回は連中のおかげさんで面白い画像が撮れたんだ。」

「ほう。審判を買収するばかりが能じゃないんだ?」

「いや、連中、今回もそれ、やってたんだがな………。」

「やってたんかい!?…って、え?練習試合で?」

「ああ。本当、ケガ人が出なくて良かったぜ。」

「え?何で?買収の練習までするの?連中?」


「まあそれは良いとして、良くないんだが……。動画、見てみるかい?」

 100インチの画面にバスケットの試合が写る。

 主に追っているのはリリア出身の少女。

「………なんて言うか、普通だね。特に上手いワケでもない、パワーがあるわけでもない……。手を抜いてるんか?」

「いや、パワーあるし、ジャンプとか物凄いだろうが!!」

「だってさ、あの画像はカール・ルイスもかくやってジャンプだったじゃないか。」

「カール・ルイスて………。」

 年代が知れる……。

「それに例のアレはあくまで画像を解析した合成動画だからな。」

「とは言え、あのアメリカさんも食いついたってことは……。」

「ああ。何かお宝が眠ってるな。」

「残念ながら、手掛かり一つ見つかんねぇけどな。」


 しばし無言で画面を見つめていたが、10分程で早速ダレ始める首相。バスケはあまり好きじゃないようだ。

 と、

「ん?今、アキレス腱に蹴り入れたかい?」

 目を光らせる婆さん。

 腐っても大国の首相だ。

「ああ。実は開始からさりげなく、何度もやってんだ。だが、彼女には一切効かないらしい。」

 ちょうど尻餅付いた少女の後頭部に膝が入る。

「おぁ!!今のなんかヤバイ角度で入ってんじゃん!何で涼しい顔してんのこのコ!!」

「頑丈なんだろう。」

「頑丈って、ちょっとちょっと、これってハルクホーガン並みに頑丈な身体してないかい?」

 ………年代年代。

「延髄切りとかされて平気だったら確証になるんだがね……。さすがにプレー中にそんな事は出来ないからな。」

「え?面白い画ってコレが?ヤバイ画の間違いだろ。アンタのお宝映像くらいヤバイ画だわ!」

「……………。」

 はい、キラーパス来ました!

「ババアーーー!!」

「ヒソヒソ………。」

 秘書ズーー!!

「ち…、無いよ!お宝なんて…。」

 にこり。

 ……………。

「真面目にやれよー!!俺だって暇じゃねーんだよ!」

「涙声ですよ。」

 秘書ーーー!!

「おうち帰るーー!」

 なんてことやってたら……。

「あっ!!」

 ババアが立ち上がって叫ぶ。

 画像は高岡高校の選手が襟首を掴まれて頭から床に落ちる場面。

 最悪の事態は免れた。

 そして、件の娘が激高して反則をした選手の胸倉をつかむ。

 …………。

「何今の……。あんな綺麗に、汚いドイツ語をしゃべった?」

 唖然と言うババア。

「ああ。あの娘は母語日本語のご多分に漏れず“R”と“L”の発音が苦手だ。なのに、こんな頭に血が上った状態で完璧な発音をした。……普通じゃない。」

「フム…。普通じゃない、か。」

「ああ。彼女は、普通じゃない。それが分かっただけでも……。」

「ああ。2千3百万オイロ(ユーロ)を使った価値はある。」

「どうする?日本に残ってる娘も調べてみるかい?」

「アメリカさんはどう動いてる?」

「5人位張ってるみたいだ。」

「ウチは?」

「2人。今回の件で、恐らくアメリカは本腰を入れ始めるだろう。そうするとニブイ連中も気付き始めるな。遅れをとるわけにはいかない。」

「もしその娘も普通じゃなければ………。」

「大当たりだな。」

「人員を増やしたい……。増やしたいんだが………。予算が……。」

 頭を抱える婆さん。

「ラフォンテンを説得してくれ。」

「どうやって?」

 まあ、頭の痛い問題だ。

 国家予算の中では大した金額じゃ無くても必ず目を付ける奴は出てくる。

 それはまあおいおい考えるとして……。

「それに、今後は日本と仲良くする必要が出てくる。スパイの命にもかかわってくるからな。」

「日本人はドイツの事好きだって話だが?」

「あいつ等は基本他国を嫌わねえよ。だからそれはあまりあてにできねぇな。」

「仲の悪い国もあるだろ?」

「そりゃ嫌いだ嫌いだ言われ続けて好きって言えるのは聖人かアホかどっちかだ。」

「ああ、確かに嫌いだ言ってんのに寄って来られると鳥肌立つな。」

 俺だったらぶっ飛ばす。気持ち悪い。

「でだ、最近日本はフランスとイギリスと仲良くなってきてるから、少し、ヤバイ。あとから『仲良くしましょ』で混じってきた奴等をちやほやして、今までの親友を傷付ける事を日本はしないだろうしな。」

「しかし何でフランスと?」

「ジャック・シラクって大統領覚えてるか?」

「当たり前だ。フランス史上最高の大統領だ。もう何十年前になるか…親日家でも有名だった。」

「あれ以来フランスに親日家が増えてな…。」

 外交では積み重ねが重要だ。特に国民の感情はそう簡単に塗り替えられるものじゃない。

「そのシラクが蒔いた種が実を結んでいる状況だ。だからフランスは俺達やアメリカみたいにがっついていない。自然で、スマートだ。

 ……あの娘達、指示されたドイツチームの拍手より、自然に出たフランスチームの拍手に感じ入ってしまったんじゃないかな?」

「フランスの感性ねぇ……。そう言うのはマネできないからねぇ。」

 言って婆さんは画像を巻き戻してドイツチームとフランスチームに頭を下げている二人の場面を映す。

「確かにフランスに頭を下げている時間が3秒も長いね………。」

 細かいドイツ人………。

「フランスは気付いてるか?」

「分からん。独仏は密接な関係の上、常に探りあってるからこういう細かい案件にかかわってるかあぶり出すのは難しい。」

「………外交は、積み重ね、だね………。」

 しみじみと言うドイツ連邦共和国首相であった。



「あ、あの試合の審判団な、ワイロに贈与税掛けとけ。」

 俺が帰宅準備をしていると、思い出したように言う婆さん。

「1万オイロ(ユーロ)以下ですと贈与税は免除されますが。」

 と、年かさ秘書。

「国から今回のボランティア活動に特別報酬出してギリギリ免除額以上にして半分さっぴけ。」

「えげつな………。」

「ふざけんな!全部取り上げないだけありがたいだろが。」


 ま、お灸としては良いか………。

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