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エイルトロイデ………

エイルトロイデ………



「……………。」

 今。

 全てが終わった。

 プラットゥンデが敵王の魂を今、砕いた。

「……………。」

 何だろう…この虚しさ………。


 弱小だった我等のイエは世界を制覇した。

 しかし、最大の功労者はここに居ない。

 グリムゲルデ。

 40年前、我家が存続の危機に陥った時、自らの命と引き換えに、全てをひっくり返した奇策。

 以来、全ての歯車が我が家にかっちりあった動きを始めて回りだした。


 本当に仲の良かった二人……。

 アンフィトリテ姉様は呆然となり、しばらく動けなくなった。

 微動だにせず、ただ一週間、そのまま固まっていた。

 ジーグルーネは愕然となり、やがて激怒して敵軍に斬り込んで行った。

 壊滅させた敵陣の真ん中でジーグルーネは怒ったまま泣いていた。


 そして……。

 アルフィルは狂喜した。

 グリムゲルデの置き土産に……あんなに嬉しそうに、心から楽しそうに昏く笑うアルフィルを初めて見た。


 私は…………。


 結局……約束は………。

 もう私には何もいらない。

 淡々と、ただ、淡々と任務を………。



 あの日、グリムゲルデと初めて会った日……。


 ………。

 身体が痛む。

 任務に成功はした。

 しかし応急処置で強制的に直した左脇腹が焼ける様に痛む。

「……………。」

 その脇腹にそっと氷が当てられた。

 ………。

「誰だ、キサマ?!」

 まだ成人してないような小娘が一人。私の顔をのぞき込んでいた。

「私はグリムゲルデ。貴女の妹。」

 何だ、着陣のあいさつ回りか。そう言えばそろそろ来るだろうって噂になっていたな……。

「………そうか。挨拶が済んだなら行け。今後は私にかまうな。」

「ヒドイ傷……。」

「かすり傷だ。」

「なわけないでしょ。」

 何だこの妹は……。何か、イライラする!

「えい。」

「うぐぅ……。」

 こいつっ!!突然傷口つつきやがった!!

 悲鳴も出ない。冗談でもやって良い事……。

「こんな無茶を………。マッタク。」

 グリムゲルデは小さいナイフを出す。

「ぐ、くぅ……。」

 何を言う前に患部にナイフを突き立てるグリムゲルデ。

 どぷっ、と音を立てて黒い血があふれ出てくる。

 …い、たく、ない?

「治療は専門じゃないからスクード姉様みたくできないけど……。」

 こいつ、麻酔技術を使えるのか……?

 ………。


「はい。終わりでー。」

 さっきまでの痛みがウソのようだ。

 綺麗な包帯。

 …………。

「礼を言う。」

 キョトンとするグリムゲルデ。

「何だ?」

「あ、いや、余計な事をとか、言われるかと覚悟してたのに。から振っちゃった。」

 確かに、普段の私ならそんな反応………。

「そうだな。あんなわけわからん治療を受けてどうかしていたんだろう。」

 本当、今日の私はどうかしている。何でこんなクソガキ相手に饒舌になっているのだ?!

 イライラする。

「ぷぷっ。」

「あ゛?何が可笑しい?!」

「それより何で直ぐに治療しなかったの?」

 …………。

「私の勝手だろう!?」

「信用してないから?」

「…っ!!」

「姉妹達を信用していないから。」

 こいつも諜報系か?いや、情報では器用貧乏な娘という事だが……。

「モルモットになるのも嫌だし、弱みを握られる訳にもいかないし、何かを植え付けられるかもしれない。」

「お前……。」

「まあ、色んな人がしそうではあるけどね、あはー…。」

 実際、何人かはいじくられている。アルフィルの場合はやらせたというか……。

 そうか、先程から感じるイライラ。その正体はこいつが私の事を見抜いてくるからだ。

「お前は何だ?!私をからかいに来たのか?!」

「んーー………。」

 しばらく考える素振りを見せるグリムゲルデ。

「はじめは挨拶して帰るつもりだったけど……。泣いてたから。」

「誰が泣いていた!!?」

「いたいよー…って。」

「た、確かに痛かったが泣いてはいない!!」

「あはー。傷じゃないよ。ここ。」

 言ってグリムゲルデは私の胸を指さす。

「っ…………。」

「ココロが悲鳴を上げてる。」

「……………。」

 こいつは魂にどこまでアクセスできるんだ?

 少なくともこいつの実力では私のプロテクトを突破できるとは思えんのだが………。

「違う?」

 ………。

「違うな。それはお前の思い過ごしだ。」

「そうかな?」

「いいからもうこれ以上私にかまうな!」

「分かった。じゃあ予言、残しとこうかな。」

「予言?」

「姉様は今日、夜、私に会いに来る。」

 ……………。

「会いに来るー。会いにくーーるー。」

「おまえ……。」

 何か硬貨のようなものを私の前で振るグリムゲルデ。

「それはもしかして、催眠術というやつじゃないのか?」

「あはー。まあ、私はいつでもウェルカムだから。」

 言ってグリムゲルデは去って行った。

 ……………。


 何だったんだ?

 ふざけた奴だ。

 …………。


 その夜……。


「いらっしゃーい。あはー。」

 したり顔で扉を開けるのはグリムゲルデ。

 ムカ……。

「……………。」

 私は予言通りにその日の夜グリムゲルデに会いに行った。

 そしてグリムゲルデが書いただろう書置きを目の前に出す。

「なにかなー?」

 ムカムカ…。

「とぼけるな!なぜお前がこの砦に、私が潜入することを知っているんだ!!?」

「んー…。教えても良いけど……。」

「お、教えてくれ。」

 書置きには次に私が潜入する要塞の侵入経路が。

 私が思い描いていた侵入経路をズバリと当てていた。

 こんな芸当はアルフィルくらいにしかできない事だ。

 それをどうやってこの小娘が……。

 不安になる。

 もしかして情報が流出しているのか…?

 それともこいつの隠されている能力なのか?

「この砦は次にアルフィル姉様が攻めるだろう所だから。」

「だからなぜそれが分かる!!?」

「んーー…。ここを抑えると、防衛にホネだけど、3ヶ所の要塞の補給線を断つことができるから、そうじゃないかなーって。」

 ……………推理した、と。

「つまり、私の潜入経路も推理した、という事か?」

「それは私の英霊の知識だよ。サイゾウって密偵のスペシャリストが居てね……。」

 グリムゲルデは全てを包み隠さず話してくれた。

 そしてこの潜入経路の穴と警戒ポイントを幾つか……。

 実際このアドバイスを聞かなかったら私はまた大怪我をしていた。

 …………。

 この情報に対する見返りは、…無い。


 ………。

 謎は解けた。

 一つを除いて。

「何故、私に教えて、くれたんだ?」

 グリムゲルデはきょとんとした顔になる。

「何でって?」

「お前に得は無かろう?」

 傾げていた首を逆方向に傾けるグリムゲルデ。

「当たり前の事だから?」

「……………。」

「姉で、味方で、大切な人だから?」

 ぐ……。

 痛い…。

「……戯言と受け取る。」

「まあね、いきなりは信じてもらえないか。あはー。」

「……………。」

「いいよ。今回はそれで。」

「一応、礼は言っておく。感謝する。」

 去り際に、グリムゲルデは私の背に向けて言った。

「お礼を言うのは私達の方だよ。このイエでは、情報の大切さを理解している人が少ないよね。だからエイルトロイデ姉様が傷ついているを当たり前のように……。」

「やめろ…。」

 く、言葉に力が入らない。

「戦に弱い私にはこれしかできない!私が居なくなっても誰も困りはしない!」

 ふわっと私の肩にマフラーが掛けられた。

「姉様の功績は首級じゃない。分かってるよ。今、弱小の私達が生き残れてるのは、姉様のおかげだって。」

 苦しい……。

 このままでは私のココロが折れてしまう。

 マフラーで口元を隠すと、私は暗闇の中へ走り出した。


 お人好しだ………。

 こんなお人好しはアンフィトリテ姉様以来だ。

 そしてこの娘はアンフィトリテ姉様のようなバカげた強さは無い。

 ……だから、いなくなる。


 きっとまた、私の前からいなくなる。



 グリムゲルデがこの家に来て先ずやったことは200年引きこもっていたジーグルーネを引きずり出す事だった。

 どうやって説得したのか、あっさりだった。

 これに喜んだのがアンフィトリテ姉様だ。

 泣きながらジーグルーネに『ごめんね』を繰り返していた。


 この頃になると分かる。

 グリムゲルデは頭の良い娘だ。

 そして恐ろしい………。

 彼女にはアルフィルのような野望が無い。

 だから怖い。

 他の姉妹のような欲望が無い。

 底が見えない。

 偏狭な見方をしない。

 だから、私のような闇のモノには恐ろしい。



 私は彼女とは距離を置くことを決めていた。

 なのに奴はその距離を詰めてくる。

「そっちへ行っちゃだめだよ。」

「うるさい!!」

 何故私に構うんだ!?

「エイルトロイデ姉様は間違ってることが一つあるよ。」

「だまれ!!」

「自分の命が軽いと思ってる事。」

「実際姉妹の中で一番軽いのが私だ!!」

「ブブー。」

 イラッ!!

「ぶっ飛ばす!」

 ………。

 200年引きこもっていたジーグルーネを一瞬で引っ張り出した手腕。

 3週間耐えた私は偉かった。

 と、思う。


 …………。


 殴るつもりだったのだが……、何故か私はグリムゲルデに抱き着いていた。

「お前は弱い。」

「知ってる。」

「弱い奴から………私の前から消えて行く。」

「…………。」

「だから、私がお前を鍛えてやる。誰にも…。父以外の誰にも内緒だ。約束するか?」

 戦争に弱い私でも、個の力ならそれなり。

「うん。」

「一度だけ、お前を信じよう。」

「うん。」

「裏切ったら、殺す。」

「うん。」

「お前が私の前から消えても、次元の果てでもお前の魂を探し出しだして殺す。」

「うん。」

 暖かい。

 久しく忘れていたこの感覚………。

 怖い………。

 けれど…………。

 ……暖かい。

「まったく……、今度の妹は…、大ハズレだ。」

「ごめんね。」




 あの日、アンフィトリテ姉様とジーグルーネは爆風と共に粉々になった。

 その中に、一瞬だけ、匂いが漂った。

 …………。

 戦いの合間に時間を作って、私はまっさらになった例の洞窟跡を掘り起こし、探す。

 匂いの元……。

 ……………。

 懐かしいにおい…。

 瞬きの時間の安らぎの素。

 ……………。

 気のせいなんかじゃない。


 太陽が…暑いな………。

 ザリ…。

 岩の下に肌を粟立たせる感触。

 御守り……?

 この匂い……。

「……………クッ、…フ、フフ…。」

 ………。

「…いた。……見つけた。」

「フフフ……。」




「約束通り………

    ………殺してやる……。」

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