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アンフィトリテと大河の精

アンフィトリテと大河の精



 ライン川観光。

 船の大きさは全長50m位。


 先程まで私にパシリをさせていた先輩方は旅の疲れか寝入ってしまった。

 引率の先生も一人付いてきたのだが、やはり下で船を漕いでいる。

 この機会を逃すわけにはいかない。

 こっそり忍び足で私は上部デッキへ上る。

「ほわ〜〜。」

 船の一番高いところへ上ると、その絶景で出た声。


 季節は晩夏。午後8時を過ぎているのにまだ太陽が出ている。

 ライン川に夕陽が写っている。

「写真、写真……。」

 パシャ。

 写真にするとまたキレイ……。


 しばらく写真を撮っていると、階段から足音。

 ツィンマーマンさんが気さくに話しかけてきた。

「如何ですか?ドイツは?」

 話すきっかけなのか、探りなのか……。

 そもそもこの人はスパイなのか?

 こちらとしても、探り探り…。

「うん、とても、キレイ。」

 ニッコリ微笑むツィンマーマンさん。

「でも…。」

「…でも?」

「売店のおばちゃんに、ビックリ、した。」

 彼女はキョトンとした後、苦笑する。

「ああ。日本の方に時々言われますねー。接客態度が悪いって。」

 おばあさんでもないのに座ったまま。お金の受け渡しは片手を上に向けて愛想もない……。

 挙句の果ては、お金を日本円とか出したりしてもたもたしてたら凄い顔でにらまれた。

 ……ぐっすん。

「でも、ツィンマーマンさんは、親切。」

 魂の色もキレイ。この点からはスパイとは思えないのだけど……。間接的なスパイという点を考えろとジーグルーネが言っていたし…。

「ありがとう。でも、その、ツィンマーマンではちょっと隔意を感じるので、ベルタで良いですよ。私も貴女の事はアンフィトリテで良いですか?」

「うん。親しい人は、フィッテって呼ぶ。長いでしょ?」

「フィッテ…。シェーン。」

 シェーン?

 どういう意味?と、たずねたら、少し首をひねって、

「イイネとか、キレイって意味です。」

 日本語にすると、幾つかの意味が削れてしまうので、翻訳が難しい言葉ですと言う。

 ところで、と続けるベルタ。

「アンフィトリテって、日本の名前じゃないですよね。リリア風でもないですし。」

「そうだね………。」

 きた…。

 いや、これが探りなのか興味本位なのかはまだ定かじゃない。

 私は以前ジーグルーネと一緒に考えた創作話をベルタに話して聞かせる。

「えーと…………。」

 ……………。

 身振り手振り。

 話が苦手で、言葉も少ない私には、試練の時間。

 …………。

「……って、事。」

「なるほどー、大変だったんですねー。」

 しばし暗くなってきた空を見上げるベルタ。

「ちなみに今後、ドイツに帰化する気は……。」

「ない。」

「あらら、即答。」

「私、日本に大切な家族ができた、から…。」

「まあ、そうでしょうね………。」

「それに、私、頭良くないから、二か国語も覚えられない。」

「アーハッ、それ、分かる。私も小さい頃、母に日本語教わった時……、ノイローゼになりかけたから。

ドイツ語と英語は似てるから覚えるのに苦も無く時間も必要なかったんだけど…。日本語は……、今だに…。」

「えー、十分、ペラペラだよ。」

「ありがと。でも、んー、……そうね、私から電話がかかってきたとき、ネイティブの日本語と思うかな?」

「それは……。」

 思わない。

 ていうか、外国で育った人で、日本人と分からない程の日本語話す人はテレビでも、数人位しかいない……。

 あとは、ジーグルーネ……。

「でも、何で、そんな、日本語、勉強する気に?」

「ハハ、日本のマンガが読みたかったから。」

 あー………。

「翻訳されてるマンガを読んでて、…同じシーンでも日本語で読んでる時の母と笑うポイントが違ったりしてね。」

 なるほど。

「ねえ、フィッテは?」

 おう、いきなり呼び捨て……。

 いや、ドイツなら当たり前なのか?

「貴女だってアラビア語から日本語覚えたんでしょ?」

「いやぁ、私はセルト語………。」

 …………。

「セルト語?」

 …………。

「……って、ヤバッ!!」

 ……やっちった。

 あー、ジーグルーネの目が三角になってるのが想像できる……。

「ち、ちがっ…、その、そう、ベィ…オ、ゥ、セルトって方言、方言の事だから?」

「…へぇ。」

 うん。間違いなく疑ってる。


 と、スピーカーから音楽が流れ始めてきた。

「あれ?この音楽は?」

「あ、この曲はですねー…。」

 ベルタはこの曲の意味とか裏話とか語りはじめる。

 まあ、ベルタとしても深入りは禁物と感じたんだろう。あからさまな私の話題転換に乗ってくれた。

 ほ、っと一息。

 しかし、程なくして…………。



 ………。

 何だ………。

 突如膨れ上がる高位霊魂の波動。

 ぶわっと霧が発生。

 すると、今まで元気に話していたベルタが魔法にでも掛けられたみたいに眠り込んだ。

 …………。

 霧の中から目の前に、異形の女。

 足は魚…、なのだが人魚には見えない。背に大きな翼があるから。

 水のモノでも空のモノでもないチグハグな感じ……。

「<>LO#JN+O`。」

 …どうやら攻撃してくる気配はない。

 私は具現しようとした盾を戻す。

「>=)$(〇△。」

 必死に私に話しかけてくるが……。

「▽◇>>>S#$!!」

 ………何言ってるかさっぱりだ。

「!)#’$)!!LLFIDO……!!!」

 何と言うか、必死に訴えかけてくる。

 でもさっぱり分からない。

「これ、通じるかな……?」

 私は翻訳機のスイッチを入れる。

「こんにちは。」

 翻訳機から『ハロー。』の音声。

 目を白黒させる高位霊魂。

「貴女は誰ですか?」

 翻訳された音声に再度目を白黒させる。

 霊が翻訳機をのぞき込んで、何かを言うが、翻訳機は反応しない。

 どうやら霊の声は拾えない様だ。

 おー、おー、怒ってる。

 しかし困った……。


 メモ帳を出して何か書かせてみる事にした…。

 スカッ。

 鉛筆を持てない……。

 はー。

 どうしたものか………。

 と、霊は高圧水で紙を切り裂いていく……。

 黒い甲板部分にその紙を置くと…。

 お、文字が浮かび上がってきた。

 画像処理で翻訳。

『私は多分魔女。』

 魔女?それに…。

「多分って?」

『数百年誰とも話していないうち、私は自分の名前すら忘れてしまった。』

 名前を忘れた?

『私はこのままでは消えてなくなってしまう。だから、君に頼みがある。』

「頼み?」

『君はシャーマンなのだろう?だったら私の魂をもらってほしい。』

「いや、シャーマンじゃ、ないけど。」

『いやいや、まず私の事見れてる。もう五百年は誰も私を感知しなかったのに。

 霊位も量も、冗談じゃないかってくらいバカでかい。これでシャーマンじゃないとかありえない。』

「そんな事言っても…。」

 私達の世界では数千人は霊を感知できるし、その大半が戦士だ。

「て言うか、この惨状は、貴女の仕業?」

 乗員乗客、全員が寝こけている。

 船が座礁しないのは彼女が操舵しているのかオートパイロットか……。

『私の得意分野は炎と精神操作。操舵手には白昼夢を見てもらっている。心配しなくても船は無事にゴールに着くはずだよ。

 だからお願い。私を連れて行って。』

 連れてってって……。

 そんなこと言われてもなー。

「言葉が、通じないじゃない。」

『覚えるよ。何語?』

「日本語。」

『ヤパニ?…それってローマ?それともカルタゴの方かな?』

 ヤパニ?ちゃんと翻訳されなかったのかな?

「カルタゴって何?日本だってば。ずっと東。」

『東?オスマン帝国より東?』

「オスマンって旧トルコだよね?そこより十数倍は東。」

 どうやら知識が数百年前で止まってるみたいだ……。

『行くよ。覚えるよ。だからお願い。』

 ヒレを畳んで…跪いて、手と翼を胸の前で交差させる。

 お願いのポーズかな?必死さは伝わってくる。

 …………。


 お願い、か。


 …………。

 私、頼みごとには弱いんだよねー。

 ジーグルーネだってミヨ連れてきたし……いいか?

 …………。

「はぁ。しょうがないなぁ。良いよ。ついておいで。」

 翻訳機の言葉を聞いたとたん、ぱぁぁぁと、笑顔になる霊魂。

「フィーレン・ダンク!!」

「ダンク?!」

 ……っと、変な部分に反応してしまった。

 ありがとうございます、ね。

 まあ、このくらい簡単な言葉なら、いくら私でもわかる。

「それはそうと、貴女、言葉は、標準ドイツ語みたい、だけど。」

 じゃないと、古代ドイツ語じゃ翻訳できないと思う。

『観光客が話しているのは聞こえるから。』

 まあ、そりゃそうか。

 ミヨと違って彼女は積極的に、色々な人に話しかけようとしていたみたいだし……。


 私は領域レフィに彼女の居場所を作ってやる。

「じゃあ、えっと、名前が無いのは、不便だから……。ライン川から……ライラ。」

『ライラ?私の名前?』

「そう。」

「ライラ……ライラ。………シェーン!フィーレンダンク!!」

 気に入ったみたいだ。よかった。


「じゃあ、取り込むよ。」


 彼女の身体が私と同一化を始める。


 炎、霧、歌、踊り。


 その本質は私の戦闘スタイル向きではない。私に使えるのは炎くらいかな?

 総じて私には無用の長物な娘だ。あるいはジーグルーネならうまく使うかもしれない。


 色々な感情。怒り、悲しみ、寂しさ………。


 人懐っこいのに、人とは喋れない数百年。時にいたずらをしたけれど、わかってもらいない。

 寂しい……。


 ん?意外と、大きい……。

 こいつ、ミヨと同じくらいのキャパシティを持ってる…。

 これだけの力を持っているなら……。

 もしかしたら………。


「ディ・ライニッシェ・トロイメ……。」


 その言葉は私の口から出てきた。

 その意味は何となく分かる。

 ラインの夢。

 その効果は………。


「ベルタ!ベルタ!!」

「んぁ……。」

 私は寝ているベルタの肩を揺さぶって起こす。

「どうしたの?急に、ウトウトしたりして……。」

「あ、…うん…。おかしいな…。」

 あたりをキョロキョロ見回すベルタ。

「あれ?」

 船はもう接舷していた。

「えー、私、寝てた?」

「ちょっとだけね。」

「うん。あれ?何か、ずっとフィッテと話していたような……。」

「うん、話してたよ。接舷の時だけ、ウトウトって…。」

「……そうだっけ?うーん、確かに直前まで話していたような……。夢だったような…。」

「何言ってるの?」

「あ、うん、ゴメン。」

 ベルタは首を傾げる。

「昨日打ち合わせが長かったからかな?」

「ほら、先生方と一緒に、早く、降りないと。」

 周りの人達も寝ていたことを忘れているかのように舷梯を降り始めている。

「そ、そうね。……あれ?」

「な、何かな?」

「何だったか……。フィッテから大切な話を聞いたと思ったのだけど………。」

 ドキ……。

「えー…。」

「大切な話なんて、してないよぉ。」

「……そう?何だか、フィッテの言い方、すごく不自然に、誤魔化してるように聞こえるんだけど……。」

 ドキドキ…。

「日本語、上手だね。」

「うん。誤魔化すの、下手だね。」

 ドキドキ…。

「おーい!由良ー!!」

 下の方から先輩方が呼ぶ声。

「はーい!!」

 大きく返事をし、

「行こう。」

 ベルタの手を引く。

「あ、ちょ、ま……。」

 聞かない聞かない。

 でも、ま………。


 ライラ。


 意外と使える娘かも知れない。

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