アンフィトリテはじめてのドイツ
アンフィトリテはじめてのドイツ
ドイツの合宿に招待されると知ると、チームメイト達は歓喜した。
……。
ああ、グリムゲルデが言ってた意味が身に染みて分かった。
何故私個人ではなく、チームを招待したか……。
『ドイツ大使館はフィッテ姉の性格を調べて、訪独を断られない方策を考えた。一度疑いをもたれると、条件が大分きつくなるから。
マスコミが余計なことを言って頑なになる前に根回しをしておいて、準備を整え、チームで招待すると、一気に畳みかける。』
という事だった。
なるほどなるほど。
ここで私が行かないと言えば、ドイツには高岡高校を招待する意味がなくなる。
私の不参加イコール、高岡高校の招待白紙という事。
つまり、私には断ることができないようになっていた。
………。
なるほど………。
この世界に来て、権謀術数をほとんど経験しなくなって、本当に過ごしやすい世界だと思っていたのに……。
ドイツに行けば、このような回避不能な罠は所々に仕掛けられていると言われている。
不安だ………。
しかし!
この点においては不安なのだけど………。
それ以上の期待で眠れない……。
時計を見る。
夜、2時34分。
ヤバイ……。
眠れない………。
明日、6時にバスに乗らないといけないのに……。
………。
羊が一匹、羊が二匹…………。
………。
羊が159匹…。
…………羊が453匹……。
……うとうと…。
「うーーん……。」
……ジーグルーネのうなされ声が453回……。
「うーーん………。」
454回……。
「……ムカデー。」
ムカデが455匹………。
…………。
ムカデが、デデン!!456匹!!
「ぃひゃあぁぁぁぁぁ!!!」
一気に目が覚めた!
なんなのなんなのあの生物!!
結局、一睡もできませんでした……。
成田空港、8時。
搭乗手続きを済ませて……、眠い……。
ルフトハンザ航空のブースで荷物を預けて、しばしの自由時間。
そういえば……。
何故か飛行機はアラスカ・アンカレッジ経由で北極圏を通過してフランクフルトへ向かう事となった。
何でだ?
私はメールでジーグルーネにたずねてみる。
『ロシアor中国上空を通過しないようにするため。』
と、返事が来た。
『…………?』
と、返事を出す。
『強制着陸とかさせられる恐れがある。』
『でも何でアンカレッジ経由?』
『迂回路ならヨーロッパへ最短。アメリカはい・ち・お・う・日独共に同盟国だから。』
何で一応、なんだろう?
聞いたら……。
『わかれ!!』
…だった。
まあ、見渡せば……。
スパイが一匹…、スパイが二匹……。
うん。今度は良く眠れそうだ。
うとうと………。
…って、ここで寝たらヤバイ。飛行機に乗り遅れる…心配はないか。
スパイがご丁寧に起こしてくれるだろう。いちおう、同盟国の人らしいから。
…………。
同盟国であり、かつての敵国でもあり、いまだに無理難題を吹っかけてくる国。
ジーグルーネが警戒するなら……多分、そう言う国だ。
出発30分前。搭乗を促すアナウンスが流れる。
「ほら、1年!移動するよ!」
2年の新キャプテンが声を張る。
「コラ!!トヨタ、アクア!ちゃんとついて来い!!」
「ホンダです!!」
「フィット、じゃない、アンフィトリテ、です!!」
飛行機に乗り、座席を確認。手荷物をトランクへ押し込む。
「由良!私達のも頼む。」
うーー……。
早く寝たいのに……。
「ふぅ。」
「おつかれ。」
隣の恵が毛布を渡してくれた。
「ありがと。」
狭い……。
ヒ、ヒザ…。
シートの狭さに四苦八苦していたら、恵が苦笑して肘掛けを上げてくれる。
「寄り掛かって良いよ。」
「ありがと、恵、愛してる。」
………。
恵はこういう発言にめちゃ弱い。ホント、性格の良さが魂の美しさに現れている。
真っ赤になってうつむく恵。
いつもならからかって……あそぶ………。
ぐーーー……………。
寝てる間にシートベルトとか色々世話をかけてしまったようだ。
離陸の際も私は目を覚まさなかった………。
夕飯が用意されたようだったけど、その時も私は目を覚まさなかった。
ついでにアンカレッジに付いた時も……。
つまり、私は飛行機の中で16時間以上、眠ってしまった。
フランクフルトにつく30分前。
「フィッテ、もうすぐ着くよ。」
恵に揺り起こされた。
「…んーーーーーーー………。」
頭が冴えてくる。
伸びをすると体中でバキバキ音がする。
ちょっと不自然な格好で寝てた為、身体がミシミシいってる以外はスッキリシャッキリ。
機内アナウンスがドイツ語、英語、日本語の順に流れる。
「よく寝れた?」
「うん。恵は……、眠れなかった、みたいだね。」
目にクマ、できてる。
「うん。」
「私が、邪魔、しちゃった?」
「んーん。皆と、話し込んでた……。」
と、後ろを指さす恵。
後ろを見れば、同じ1年のチームメイトが熟睡していた。
「皆、楽しみに、してたんだね。」
「そりゃね。」
離陸の際は見られなかった窓の外を見る。
フランクフルトの街並みがどんどん近づいてくる。
自分で飛んでいる時と見え方が違う。
そして期待でワクワクが止まらない。
着陸。
ほかの乗客が全て降りた後、引率の教師が席を立つ。
入国審査を終え、ゲートをくぐると、
『歓迎!高岡高校バスケ部御一行!』
の垂れ幕を持った高校生くらいの娘が……。
「ようこそ、ドイツへ。高岡高校の皆さま。
わたくし、案内役のベルタ・ツィンマーマンです。」
………流ちょうな日本語……。
怪しい……。
「よろしくお願いいたします。引率の梅野です。」
引率の教師が案内役、ベルタと握手する。
「バスが用意してあります。全員そろっていますか?」
「はい。高岡高校女子バスケットボール部総勢15名、よろしくお願いいたします。」
ベルタの質問にキャプテンが答える。
「こちらこそよろしく。私、ギムナジウム……って言っても分からないか……、16歳。皆さんと同年代になります。」
こちらへどうぞと、先を歩き始めるベルタ。
「日本語、お上手ですね。」
キャプテンの言葉にベルタは笑って答える。
「フフッ、ありがとうございます。母が日本人なもので。」
…ハーフだったか…。
「でも、発音は変でしょ?母によく言われます。発音とか言い回しとか変でも、通じさえすれば日本人は指摘してきたりしないし、ましてや嗤ったりしない、と。
…少しはあいつらも見習えばいいのに。」
最後はボソッと誰にも聞こえないように言っていたのだが……。聞こえちゃった。
あいつ等とは、どうやらガイドボランティアをした他国チームの連中らしい。
バスに乗ると、ベルタは運転手とドイツ語で話し始める。
「運転手のボリス・ベルガーさんです。今日から5日間、皆さんの移動を担当します。」
「「「「よろしくお願いします!!」」」」
頭を下げる我々に、運転手は軽く手を上げる。
「彼は身体に障害を持っているので、1時間に1回、必ずトイレに行かなければなりません。その点、ご理解の程を。」
さすがドイツというか…。
日本ではあまり出会わないシチュエーションだ…。
バスが発車し、程なくしてベルタがマイクで今後の予定を話し始める。
「今日は長旅でお疲れでしょうから、この近くのヴァイゼルという村に宿をとってあります。今日1日で時差ボケを解消してください。」
周りを見ると………。1日で全員が時差ボケから回復するだろうかと、不安になる。
「明日からはU-18のクラブチームと対戦があります。10か国、18チーム。日本からは2チームが参加です。全員が準備万端ですよー。」
そしてしばらく大まかな5日間の流れが説明される。
大体午前移動後、軽く練習して、午後試合形式、最終日にはトーナメントが行われるらしい。
そしてそれぞれの地方でのレクリエーションやら観光やらを計画しているそうだ。
「ちなみに今日の午後、希望者には近くにあるライン川観光にお連れ致します。1時間程船で川下りをして帰ってくるだけですけど、この辺りでは一番のオススメですよ。希望者は挙手お願いします。」
手を上げたのは私を含め、3人だけだった……。しかも私以外は皆2年。
てか既に半数近く寝ていた……。
隣の恵は………爆睡していた。
行くの、止めよかな……。
「三名ですか、分かりました。では船の予約を取りますね。」
遅かった!!
私、人見知りなんですけど………。
本多恵のベンチ入り
クラスと部活が同じという事もあって、私はフィッテと直ぐに仲良くなった。
入部して1ヶ月後くらいだったろうか、練習終わりに私とフィッテが後片付けを任された。
ボールを全て片付けてから、モップ掛けを……。
「ケイ!」
見れば、ゴールの下にボールかごを置いて手を挙げてるフィッテ。
「んー?」
ああ…。
フィッテの意図がつかめた。
私は拾ったボールを投げる。
フィッテはニッと笑うと、大きくジャンプ。
空中でそのボールを掴み、そのままダンク!
しかしボールはかごから大きく弾んで外に出てしまったが……。
「全く…。あれだけ練習でしごかれたのにまだあんな元気が……。」
私は拾ったボールをひょいひょいとフィッテに向かって投げる。
「すごっ……。」
フィッテは時に片手でボールを掴んでゴールに叩きこんだ。
しばらくそんなボール片づけをしていたら……。
「あっ!」
キャプテンが腕組みをして私達を見てた。練習が終わって1時間は過ぎてるのに……。
怒られる………。
何か言い訳を、と考えていたら……。
「本多!」
キャプテンがボールを凄いスピードで投げてきた。
バシッ!
「は、はい。」
キャッチした手がしびれる。
「ほう。」
??何が『ほう』なんだろう?
と、キャプテンはジャージの上を脱ぎ、私とフィッテの間に入ってディフェンスの姿勢を取る。
「二人でゴールして見せろ。」
ウソでしょ。
キャプテンは名門私立に行っていてもおかしくないほどの名手。
中学では結局ベンチ入りさえできなかった私が……。
「ほら!!」
突っ込んでくるキャプテン。
私はバックステップしてフィッテに高い放物線を描くパスを出す。
何故か、フィッテは私にボールを戻した。
「はぁ?!」
何してんのーー!!?意味が分からない。
そのままシュートすれば簡単に……。
ニヤリと笑うキャプテン。
…………。
あれ?もしかして、私、試されてる?
ていうか、この人たちはいったい何を求めて………。
一つ思い至る事があった。
フィッテがキャプテンのマークを外すように走る。
その瞬間、私はボールを思いっきり投げた。
キャプテンには届かないが、フィッテが捕れる高さに……。
フィッテはボールを掴むと、3ステップしてシュート。
パサ…。
「ほうほう。」
嬉しそうに頷くキャプテン。
「もう一度だ!」
今度はキャプテンは私にターゲットを絞って、パスを出させないディフェンスに変える。
今度は何度もパスを弾かれた。
上を狙っても、キャプテンの方が10cm位身長が高いし……。
股抜きとかしようとしたら…、
『100年早いわ!!』
…って、軽くカットされて怒られた。
何か、もう、泣きそう………。
ん?
キャプテンの動きから何かを感じる……。
私は利き手と逆の左手でパスを出してみた。
すうっとキャプテンの背中からボールがフィッテの方へ。
フィッテのレイアップシュートが決まる。
一瞬唖然としていたキャプテンだったが……。
「…フフッ。」
と、笑うと、
「おつかれ。」
と一言。
そしてジャージを肩に掛けて帰って行った。
何と言うか……。
男前。
「「お疲れさまでした!!」」
…………。
「何だったの?」
「…さあ?」
ふと気づくと、膝がわらいだして…。
「これ、やばっ!イタタタ!!」
足つったっ!!
その日、モップ掛けはフィッテ一人にやらせてしまうのだった。
「ごめんねぇ。帰りにイチゴフロートおごるから。」
そして……1週間後のベンチ入りメンバー表の最後に、私の名前が入っていたのだった。
なんてゆーか……。
やっぱ男前?
インハイ予選は………。
何と言うか………。
何だったんだろう………?
フィッテが女の子を救った。
美談だ。
それだけ切り取れば素晴らしいことだ。
ただ、あれ、空飛んでなかったかな?
…………。
あれかな?エア・ジョーダン的な……。
そして直ぐ後、体育館に雷が落ちた。
………外は晴れてた。
その日のネットはもうその話題で持ちきりだった。
全国放送でもちょろっと触れてたし………。
ちょろっとなのは、結局それを映した映像がほとんど無かったから。
ただ、放送では変電所の故障とかもっともらしい事言ってた。
プラズマだって言ってたニュースもあったけど……。
何かの小説で読んだことがある。
奇跡の力を使うと、その反動で、天変地異が起こる。的な……。
とにかく奇跡的な事が立て続けに起こった。
雷や美談で話題に上らなかったけど……。
あの跳躍力。
普段の倍はあったと思うんだ…。
ただでさえ常人離れした跳躍力を持つフィッテが……。
………。
やっぱり、気のせい?
そして今回。
日本一の学校でもなく、インハイに出て目覚ましい活躍を見せた学校でもない高岡高校がドイツの強化合宿に招待された。
………。
ドイツはフィッテに目を付けた……。って、普通考えるよね……。
あの会場に居なかった人達が招待したという事は……まあ、美談が目当てなんだろうとは思うのだけれど………。
宣伝利用とかかな?
それにしたってフィッテ、あんなに記者とか嫌いなのに………。
『なんって、汚い魂なんだろう。』
とかジャーナリストを見ては訳の分からない事をよくつぶやいてる。
なのに………。
フィッテは何の疑いもせずにケロッと『行くであります。』って。
いや、ウチの学校が行ってもいいものなんだろうかと悩んだりはしたみたいだけど……。確かに場違いなチームが行ってボコボコにやられて、…自信喪失。みたいなのはあるだろうけど……。
…………。
調べるなら勝手にどうぞって感じなんだろうか?
あの娘は本当にその辺のメンタルが強じんだ。
……人見知りだけど……。
考えても無駄だと思い、私は布団に……。
あ、メール入った……。
『ワクワクして眠れない………。』
フィッテだ。
『羊を数えなさい。』
興奮して眠れないとか………。小学生か!!?
10分後。
『ダメ。目がさえる。』
『私、もう眠いんだけど。』
『今夜は、君を、寝かせないぜ。』
………。
どこで覚えてくるんだ?そもそも奥の意味、分かってんの?
時折彼女は分からずにそう言う言葉を使うときがあってヒヤヒヤする。
『ところで恵は下着どれだけ準備した?』
返信を考えていたら先にフィッテが送ってきた。
『10組くらい。』
『え?!そんなに?』
『遊びに行くんじゃないんだよ。午前、午後、夕方、少なくとも1日三つは替えるでしょ。』
『そ、そうだよね。し、知ってたよ。』
わざわざ動揺を文字にするな。
『向こうで買えば良いよ。ヨーロッパじゃ貴女みたいなデカい娘のサイズがたくさんあるらしいし。』
『デ、デカくないし!169cmだし!!』
まだ言ってる……。
『私、もう寝るよ。』
『ちょ、待てよ!』
『キムタク風に言うな。書くな!』
『私を置いてイかないで。』
『……わざとだったらぶつよ。』
『?』
あ、わざとじゃないわ。
『いいから授業風景を思い出しなさい。いつもみたいにぐっすり眠れるよ。』
フィッテは、授業中、本と消しゴムを使って器用に熟睡している…。
私はスマホの電源を落として充電器につないだ。
時刻は11時。
早く寝ないと……。
朝起きてメールを確認……。
………。
………ムカデ?