アンフィトリテ招待される
アンフィトリテ招待される
ビーーー。
終了のブザー。
私はスコアボードを見上げる。
57対62。
昨日、中断した試合が続行され、
高岡高校は敗れた。
何人かの先輩方は泣いている。
…………。
試合は楽しかったけど、こういうシチュエーションは苦手。
と、
「さ、応援団にアイサツ行くよ!!」
キャプテンが泣き崩れているチームメイトの尻を叩く。
「ありがとうございました!!」
パチパチパチパチ…………。
相手チームの応援団からも拍手。
さて、私達1年生は先輩方の荷物を片付ける仕事がある。
1年でベンチ入りしたのは私と、親友の本多 恵だけだ。
私達は2人で4個づつボストンバッグを抱える。
ロッカールームに戻る道すがら、何故か敗れた私達の方に県の地方紙の記者が私達に取材に殺到した。
「由良選手!!」
「…はい?」
「インタビュー、良いですか?」
「すみません。仕事が、ありますので。」
どうせ昨日のあのアクシデントというかインシデントというか………その話だろう。
あの時、ジーグルーネが全てのカメラを壊すつもりで動いたみたいだけど、生き残ったのがいくつか。
そして、その中で私が映っていたのが3つ。
一つはシーンの始まりだけ映っているものだ。
そして一つはカメラ自体が動いていたため、見づらい上、所々で私の姿がフレームアウトしている。
そして最後の一つが泣いている女の子を立たせてあげている場面。
ジーグルーネはこれなら大丈夫だろうと言っていた。
仮にマズくてもネットにアップされた時点でもうジーグルーネにもどうしようもできないらしい。
この記者達はそんな事より、まあいわゆる美談というやつに興味があるみたいだ。
「一言だけ!!あの女の子にかける言葉を!!」
……………。
無視する。
一言だけで済む事もないだろうし。
それにあの女の子には医務室から出てくる時“大丈夫だから気にしないで。”と、言ってある。
愛想が無くてボロクソ書かれるかもだけど、まあ、好きにしたらって感じ?
「ねえ、フィッテ、良いの?」
心配そうな恵。
「試合の事、聞かれるなら、答えても良いけど……。ちょっと、無神経。」
敗者としてインタビューされるのだって嫌なのに、それがバスケと関係ないことなんだから……。
でもまあ、記者から逃げ切れるわけもなく…。
5日後、私は校長室でインタビューを受けることになった。
「私は常央新聞の……。」
適当に私は5人くらいの記者から名刺を受け取る。
「早速ですが試合は残念でしたね。」
そういう話はキャプテンに聞きなさいって。
「いえ。実力は…明らかに、相手の方が上、でしたので……。」
心ではそう思っても教科書通りの答えをする。
こんなこと、私に聞くなよって問答がしばらく続いて……。
「えーと、ご出身はー……リリア共和国でしたよね?」
「…………。」
今、何の関係があるの?
「…で、ドイツ経由で日本の里親を………。」
うん。何か腹立ってきた。
校長先生を見ると……。
「あー、口をはさんですみません。」
校長が助け舟を出してくれる。
「生徒のプライバシーにかかわる問題はお控えください。」
「ああ、そうですね。他意はなかったのですが……。」
記者は万年筆をメトロノームのように振りながら続ける。
「えーと、こんな話をしたのはですね、実は我々の所にドイツ大使館から連絡が入ったからなのですよ。」
「…………?」
………は?
「本当は試合の翌日にはインタビューをお願いしようと思っていたのですが、そのドイツ大使館からちょっと面白い話、というか提案を仕入れましてね。」
何か、話が変な方向へ………。
「高岡高校バスケットボール部をドイツで行われる国際合同合宿へ招待したいと。」
「…………。」
「で、その話を他社にも根回しされましてね…。抜け駆け禁止、と。で、一社一人づつという、こういう形でのインタビューになったのです。何というか、記者の勘というものですかね、これはドイツ当局がかなり慎重になっていると感じまして。それで我々も同行取材をお願いしたい、と………。」
え?
何で?
「あ、あの!」
とうとうと喋る記者の発言を止め、
「何で、予選敗退の、高校を……?」
と、尋ねる。
「はは…。そうですね…ドイツ大使とか、ドイツのバスケットボール協会の上層部とかで、あの動画を見た人がいるという事でしょうね。」
……そんな事で?
「私が言う事、ではない…でしょうけど、良いんでしょうか?」
招待ってことは旅費とか宿泊費は出してくれるんだろうに……。
「高校野球でいう21世紀枠って思えば…。」
そんな簡単な問題なのだろうか?
その夜。
輝馬が寝た後、グリムゲルデが目覚める。
件の話をグリムゲルデに尋ねると…………。
「あはー。そりゃ、多分、ドイツの官僚とかに普通の人間じゃありえない力を持っているって、疑われたんだろね。」
って、笑って言われた。
「あるいは遺伝子操作とか薬物とか、疑ってる可能性もあるか…。
外交は他国に先んじて情報を得ること。日本が何か人体実験をしているかもしれないと考えて……。
もしそうなら日本が情報共有に応じればよし。日独共同研究に潜り込む。応じなければ非人道的な人体実験をしてることを世界に発信するって脅す。
日本は明治期から他国の評価にはピリピリしてるから、効果はテキメンだろうしね。」
言って顎に手をあてるグリムゲルデ。
「日本政府の動きもドイツ大使館は逐一チェックしてると思う。ドイツのスパイは日本に200人はいるからね。
今回の新聞社への根回し……日本政府の動きで政府主導か民主導か探る意図もあると思う。」
うん。もうグリムゲルデが何を言ってるかわからない。
「それと、ルー姉が強磁場で精密機器を壊したのも、もしかしたら疑ってるのがいるかもしれない。」
「……いるかなー?やっぱ出来過ぎてる、って思われたかー?」
「あるいは、ね。雷雲が無いところで雷が発生する、まさに青天の霹靂だしね。」
「アレー?もしかして私、怒られてる?」
「いやいやいや、むしろあの場面でカメラを破壊する事によく気づいてくれたって思ってるよ。普通なら、雷を発生させられる人間がいるとは思わないだろうし……。よくやったぞ。」
普通なら……。
「ま、いずれにせよ、普通の生活を続けたいなら、何とかごまかすしかないわ。」
「じゃあ、行かないのが、良いよね?」
「いや、逆に行って来たら?」
この言葉にジーグルーネも眉をひそめる。
「なんでよー?」
と、ジーグルーネ。
「ルー姉もついて行ってあげたら?海外を見ておくのは視野が広がって良いよ。あはー。」
「嫌よぉ!」
ジーグルーネは引きこもり期間が長かったせいか、基本、動きたがらない。
「大体、もう夏休み終わってるじゃない……。」
「ま、いずれにせよ、目を付けられて逃げれば、追ってくるよ。何を隠しているんだろう?ってね。」
苦笑して私に向かって言うグリムゲルデ。
「でもー……。」
「まだドイツだけのうちに行っておいた方がいいって。アメリカとか中国、ロシアに目を付けられたら厄介だしさ。」
「厄介……。」
グリムゲルデが厄介と言うなら私達にはお手上げレベルだ。
たかってくる連中を皆殺しにするくらいしかできない……。
「あるいはもう嗅ぎ付けてるかもね。何とか粉付けたいけどドイツみたいにきっかけが無くって、…とかね。」
「じゃあ、ルネ、付いてきて。」
「いや、だからー、嫌だって!」
「良いの?私、やらかすよ!」
二人に微妙な表情をさせてしまった……。
「でもねぇ………。」
真面目なグリムゲルデの表情。
レア表情。
ドキッとする…。
かわええー……。
「ドイツ上層部も凄いね。痕跡は全て消したと思っていたのに……。あまりなめてかからないほうが良いかも。」
逆に痕跡が何もないのに役所の記載がドイツ経由となっているのに疑問を持ったのかもしれないとブツブツ言ってる……。
「それで、私は何に、気を付けたら…いいの?」
「そうねぇ……。多分、血液検査とか尿検査とかさせてくれって言ってくるだろうから……。注射は嫌いだとか、駄々こねて。」
「うん。注射は嫌い。」
「いや、フィッテ、4〜5年前、矢を10本以上身体に突き立ててたよね?!」
突っ込んで来るジーグルーネ。
「あとは、目の前で何かアクシデントがあってもむやみに首を突っ込まないこと。多分、何か仕掛けてくるよ。
バスケの試合後とか、油断した時とかが狙われやすい…かな。」
「ねえ、ルネ。やっぱ、来てくれない?」
私はホント、罠にはかかりやすい。わかってる。
姉妹の中でも断トツの引っかかり率じゃなかろうか?
てか、姉妹にも罠にかけられるし………。
そして、次のグリムゲルデの発言に私達はひっくり返った。
「最悪、いざとなったら、いいよ、話しちゃっても。あはー。」
と、笑う。
………………。
「もしこの世界の科学で、私達の世界に行けるようになったら……。」
「…………。」
「むしろ私達の望んだ世界に近くなるでしょ?」
「…………。」
正直、思うところが無いわけではない。
自分の世界が他世界に侵略されるのだから。
けれど、多分、いくつかの独裁国以外なら、あの荒廃した世界を、理想の世界にしてくれるかもしれない。
「ドイツとか、まあG7であれば問題ないと思う。」
問題なのは利権にねじり込もうと画策してくる国々。
そことか、あそことか……。
ルール決めてもまず守らないし。
行けるようになったとたん、原爆とか中性子爆弾をぶち込むかもしれない……。
ホント、原爆を持ってる国々のとんでも率の高いこと……。
でもまあ、海外へは行ってみたいとは思ってたんだよね。
ドキドキワクワク。
決めた!!
行くぜ!!
待ってろドイツ!!
「あ、翻訳機買っとかないと!」