ジーグルーネの火消し
ジーグルーネの火消し
インハイ県予選決勝。
バスケットボールでは良いトコ、ベスト16止まりだった高岡高校が勝ち上がってきた。
すわ、高岡高校創立以降、初の優勝かと、暇な学生やOBが駆けつけてきた。
会場には1000人を超す人が集まった。
両チームがウォームアップを始める。
今日の試合はスポーツ名門私立高校。
しかも相手方に黒人女性がいる。
アメリカ人留学生らしい。
身長もアンフィトリテより高い。
うーん…。相手の方が技量も経験も上そうだ。
今日はさすがに勝利は厳しいだろう……。
「ほわー!遠くからバスケットボールで遊んどる子らは見たことあるが、圧巻じゃのう。凄まじい殺気を感じるぞい。」
私の肩に座って、ウキウキと言うミヨの分霊。
「まあ遊びとは違うしねー。」
もっとも、アンフィトリテにとっては遊びの延長みたいなものだけど………。
ティップオフ、開始のジャンプボールは……。
アンフィトリテの勝ち。
高岡高校ボール。
「おいおい、あ奴、凄まじい身体能力じゃの。相手もまさか負けるとは思っとらんかったと顔に出とるぞ。」
どうやらミヨはアンフィトリテの事をただの、のんびり娘と思っていたようだ。
「戦争とかで能力を使ったら、もっとすごいんだよー。」
「そうなのか?」
早速高岡高校に2点が入った。
幸先の良いスタートがきれた。
しかし、相手チームは先取点を奪われたのに関わらず、浮足立つことも無く、じっくり攻める。
高岡ディフェンスを囲うようにゴールへ迫っていく。
相手チームのボール回しにディフェンスが乱された瞬間……。
「3ポイント!」
…あっさり逆転された。
と、アンフィトリテはボールを同じ1年生の子に渡すと、自身は敵陣へ駆け上がる。
ロングパス……。
アンフィトリテは大きくジャンプすると、ボールをキャッチ。
トトッ…。
着地で崩れたバランスを一歩で立て直し、二歩目で再ジャンプ。
ダンクを決めた。
ワーーーー………!!
しかし……。
「守って!!」
大きな声を出すアンフィトリテだったが……。
一瞬の隙。
真逆に速攻でロングパスを留学生の子に回されて、軽く2得点を決められた。
開始30秒で4対5と、挨拶代わりの攻防。
アンフィトリテは開始からアクセル全開で走りまくる。
小さい頃からチームで一番走るのは今も昔も変わらない。
このような一進一退の攻防がしばらく続いた。
そして事件が起こる。
白熱する両チームの試合に観客もエキサイトしてきた。
二階の観客が徐々に手すり近くまで集まり始めた。
そんな中、足をフェンスの隙間から出してブラブラさせて遊んでいる2〜3歳位の女の子がいた。
高岡高校の3ポイントシュートが決まり、歓声が沸く。
その時…
身を乗り出した観客の身体が女の子を少しだけ押した。
その瞬間……。
女の子の身体が少し曲がっていたフェンスに入り込んだ。
ぐらり…
あ………。
私はこの平和な世界でなまっていた。
身体も、精神も。
この状況には気付いたが、身体が動かなかった。
対して、アンフィトリテはいまだ戦いにその身を置いていた……。
その差が今、顕著に表れた。
気付いた母親が絶叫する。
観客の一人が女の子の服を掴む。
ズル……
服は落下する時を2秒程阻止した……。
全員が息を飲んだ。
落下した。
全員が女の子が床に叩きつけられる状況を思い描いて恐怖する。
だぁぁぁん!!
激突する音。
木の割れる音。
そして血しぶき。
会場が絶叫に包まれる。
やがて……。
「うわぁぁぁぁん!!」
女の子の元気な泣き声が体育館に響き渡った。
女の子は生きていた。
…ケガ一つなかった。
………。
良、かっ、た…。
全員が胸をなでおろす。
すぐさま母親が階段から駆け下りて女の子にすがり付く。
徐々に状況が見えてくる。
女の子を救ったのはアンフィトリテだった。
事態に気付いたアンフィトリテは、追っていたボールから反転。
会場の端から端へ審判員席を飛び越えて女の子の落下地点まで一直線。
女の子の落下を受け止めたまでは良かった。
しかしその時のスピードはすさまじかった。このままではアンフィトリテと側壁に挟まれて潰れてしまう。
そこでアンフィトリテは女の子を受け止めると、直ぐに身体を半回転させる。
肩が側壁に鋭角30度くらいの角度で当たると、ビリヤードのボールよろしく同じ角度で反対側へ飛ばされる。
くるくると2回転し…、
その間に女の子の頭を抱えこむ。
そして……
体育館、奥の壁へアンフィトリテは背中から突っ込んだ。
ダァァンと、大きな激突音。
同時に木の板が割れる音。
壁の木とコンクリートの間に約10cm位の隙間があって、しかも後ろが鉄骨でなかった為、クッションの役割を果たした。
恐らく全てアンフィトリテが計算したことだ。
しかしほとんどの人達は状況がつかめていない。
辺りは静寂に包まれる。
尻餅をついているアンフィトリテが抱いていた女の子を床に立たせてやる。
「うわぁぁぁぁん!!」
泣いたのは落ちた時の恐怖かアンフィトリテの出血に怯えてか?
アンフィトリテは木の破片か何かで腕と頭に傷を負って血を流していた。
しかし、どうやら大事には………。
「ああー!」
頭を抱えるアンフィトリテ。
自分の身体より体育館の壁に大穴を開けてしまったことに、アンフィトリテは焦った声を上げる。
「君、動かないで!!」
慌てて審判部か運営の人達がアンフィトリテを安静にさせようとするのだが……。
「ち、ちがっ、これ、もろかった、のです!!バキッて、バキ…。」
…………。
何言ってんの、あの娘…。
「いいから!そんなの大丈夫だから……。」
「担架!!早く!!」
係員が慌てて担架を持ってくる。
「へ?」
「乗って!」
「私、大丈夫、ですから。」
頭を振って血を振り払うと、コートに戻ろうとするアンフィトリテ。
「ちょ、ちょっと!!」
血まみれの顔でコートに戻ると、敵味方双方ドン引きだった。
足取りはしっかりしてるし、意識も希薄じゃない。
が、審判は試合を止めて、医務室に行くように指示する。
アンフィトリテが同級生に付き添われて医務室に向かうと、ややして試合が再開された。
「……ふぅ……。」
立ちっぱなしだったのを忘れていた。
会場はまだざわついているのだが…………。
何か……、忘れてるような……。
…………。
……ん?
女の子の泣き声で私は我に返る……。
「あっ!!」
「おわ…何じゃ?」
私の大声に驚くミヨ。
「今の……。」
女の子が無事ならアンフィトリテが大けがという心配はまずないだろう。
それより……。
「カメラ……。」
「カメラ?」
私は辺りを見回す。
カメラはスマホを含め、100台くらいあった………。
全ての状況を映してるのはほとんどないはず……。
全てを映したものでなかったり、画像が荒かったりしたら、UMAと同じようなものだ。何とでも言い訳できる。
目で見ていただけの人達ならば、脳内で都合のいいように解釈してくれるだろう。
アスリートだからとか、目の錯覚とか。
だが……何台かは、女子高生としてあり得ないスピードで女の子を救うアンフィトリテの姿が映っている可能性がある…。
もしそれがネットにアップでもされたら……。
「ミヨ。」
「ん?」
「今のが録画されてるカメラを判別する方法、わかる?」
「……皆目。って、その口調、どうやらピンチなのじゃな?」
さすがミヨ。理解が早くて助かる。
「じゃあここにあるカメラを全て破壊したい。何かいい方法はない?」
「文明の利器はおぬしの方が詳しかろう?」
「…だよね。」
………。
簡単なのは電子レンジとかで利用されているマイクロ波を使うこと……。
しかしこんなことろでそんなことをしたら、失明する人とか、最悪、くも膜下出血を誘発させてしまうかもしれない。
電磁パルスとかを局地的に発生させられれば……。
無理か……。
強力な磁場………。
「…これだ。」
「思いついたのか?」
「うん。それより誰か会場から出て行った人とかいた?」
「3人おるな。」
「追える?」
「眷属に追わせよう。」
ぎゃああ……。
あげそうになった悲鳴を私は寸でで飲み込んだ。
む、ムカデ!!
私の肩から足元へ……。
鳥っ、鳥肌っ…。
3匹のムカデがこの状況で会場を後にした人間を追う。
つかムカデにしちゃ早すぎ!!
ただのムカデじゃないわ、ありゃ…。
でも、まあ、この3人に関しては後で調査すれば良い。
今は……。
私は体育館の四隅に磁場を発生させるコイルを設置する。
バン!!
バン!!
私は2度、強力な磁場を発生させた。
1度目は様子見のためで、どうやら大丈夫だろうと、2度目はちょっと強力なやつを…。
何人か吐き気を催すものがいたが……。
「ミヨ!雷落として!!」
「…なるほど、全て雷のせいにするのじゃな?」
「そう言う事。」
「雷霆!黒保根!」
ドカーーン!!
雷の直撃に体育館のほぼ全員が飛び上がった。
方々から悲鳴が上がる。
田舎の体育館だから、周りに大きな建物は無い。
雷は自然に体育館の避雷針に落ちた。
直後、会場の電源が落ちた。
どうやら会場内のほとんどすべての精密機械が機能を停止したようだ。
…………。
まさかペースメーカーとか使ってる人とかいなかったよね?
今さらそんなことに思い至る……。
人を殺すとグリムゲルデがめちゃくちゃ怒る。
私の腕時計もスマホも完全に壊れていた。
これで生き残っているカメラがあったら………。
もうシラネ……。
後はムカデが追っている3人。
今晩、お邪魔します……。
何だか怪人みたい………。