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百目の彩姫

泉鏡花作「紅玉」を読んで生まれた掌編。

 よくぞ来た、人間の青年よ。

 この妖怪のおさ彩姫あやひめのもとまでよくぞ参った。

 おまえもわらわの目玉を抜きに来たのかえ? 『百色の彩の妖怪姫の目玉をえぐって身につければ、天下を取れる、王となれる』との人間ひとのうわさを信じてか?

 ならばえぐってみるが良い! 紅玉ルビィ黄水晶シトリン紫水晶アメジスト緑柱石エメラルド……百の彩持つ百の目玉を全てえぐって、その身につけてみるが良い!

 ――はは、驚いているようじゃな。そうじゃ、わらわは百目姫じゃ! たいていの人間どもはわらわを二つ目と思うているようじゃが、わらわの目玉は百個ある。

 うわさはうわさ、本当に天下を取れるか知らぬが、この目玉残らずえぐって奪うには、人間どもには荷が重かろう!

 もしやして、『わらわの目玉を全て奪える能力ちからがあれば、たやすく天下も取れようぞ』という言葉の上の遊びやもしれぬな! ははは!

 ……してひょろひょろの青年よ。『あんまりか弱く美しいから、ぜひ姫さまもご覧あれ』との家来のすすめでここまで来れた青年よ。

 おまえ、これからどうするのじゃ? 確かにおまえは美しい。そよ風にもふらふらよろめく草原の花を手折たおるのは、さすがにちいと心が痛む。土下座して泣いて頼むなら、無傷のままで帰してやらんこともないが……。


 妖怪の姫は百の瞳を互いちがいにまたたきながら、色とりどりの流し目をする。

 その姿を熱っぽく見つめた青年は、急にがばりと立ち上がりしっかり姫の手をとった。彩姫はきゃっと可愛い声を上げ、目だらけのほおに血をのぼせた。この世に生を受け四百年、実はおぼこな姫さまは今まで男に手を握られたこともなかったのだ。

 青年は感激のあまり涼やかな声を震わせて、姫にがぶり寄り言いつのる。

「素晴らしい……! このわたし、今まであなたさまのように気高く美しい女人に出逢ったことはない!」

「…………はあ」

 思ってもみないことに、妖怪の姫の赤いくちびるからため息のような返事がもれる。青年はそんな姫の両手をがっしり握り、熱心にこうたたみかけた。

「実はわたし、そこらの花を摘んでは売る、しがない花売りの一人いちにんでして! 顔ばかりはわりかし悪くないものですから、男あさりの色好みの豪族に目をつけられまして……」

「……はあ」

 百の目玉をぱちくりして、彩姫はなかば呆然ぼうぜんと青年の言葉を聞いている。青年は運命のひとに出逢えたと言わんばかり、潤んだ瞳に姫を映してしゃべり続ける。

「しかし豪族どのはたぬきのようなおやどの、さすがに嫌だと拒みましたら『それでは妖怪の城に乗りこんで、わしのために虹の目玉をってこい』とのご命令で!」

 青年の言葉に姫はほうっと息を吐き、どこかほっとした笑みを浮かべた。

「……そうか。それではわらわの目玉を狙うたのは、おまえの意志ではないのじゃな?」

「はい。わたし個人は天下などいらぬ常人ただびとです。好きでもない者に体をゆだねるくらいならばと、死ぬ気でここに参上しました」

「そうか……ならば許そう。なんなら豪族の目をかすめて、船でも用意してやろう。遠い国に逃げて達者で暮らすが良い」

 青年はいな! と大きな声を上げ、口づけんばかり姫の顔へと顔を寄せた。

「死ぬ気でここに参って良かった。姫! わたしはあなたに惚れました! どんな小間使いでも、城の廊下を雑巾ぞうきんで拭くだけの者でもかまいません、どうかこの城に置いてください! そうして遠目にもあなたの姿を拝めましたら、このわたし、これ以上の幸せはありません!」

 青年の言葉に姫は百の目をぱちぱちさせて、やがてとりどりの目から一斉に涙をこぼした。

「っひ……姫っ!? どこかお加減が悪いのですか!?」

「いやいや……いやいや! 気が舞い上がってしもうての……この彩姫、この世に生まれて四百年、こんな熱心に口説かれたことはない! しかも我ら妖怪を『バケモノ』とて忌み嫌う人間の仲間の青年に……!」

「お、お気を悪くされたならあやまります……!」

「いやいや! 気を悪くなどしておらぬ! 青年よ、わらわもお前が気に入った! 百の彩目はあげられぬが、かわりにわらわの心をやろう! そうして人間のうわさも誓って真実ほんとうにしてやろう、わらわはお前に天下を取らす! 心をつくしてお前を愛し、成せることなら全て成し、妖怪の長の夫、人間界の王にしてやる!」

「えっ……えぇえ!!?」

 姫の言葉に青年は両の目を白黒させる。『そんなことなど考えたこともなかった』と、美しい花売りは困惑した顔をする。

 そんな相手を百の目でひたと見つめながら、彩姫はまた涙をこぼした。嬉し涙ににじむ百の彩色あやいろの大きな瞳に、純で愛しい人の姿はやわく優しく綺麗に見えた。

 城の背後の山並みに、りんのように赤い夕陽が落ちてゆく。いつもと変わらぬ日暮れまでもが、ふたりを祝福しているかのよう、不思議なほどに美しかった。(了)

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