俺の気持ちがわかるんか
先日は某有名なグランプリがあったばかりですね。
そんなお笑い芸人にもこんな出来事があるのかもしれない、と思って書きましたー。
瀬田 大二郎ことだいちゃんは鏡を見てにかっと笑った。
「なかなかええやん。俺も男前言われるんちゃう?」
彼の独り言は誰も聞いていないが、だいちゃんはうんうん、と満足げに頷いて白い歯をまじまじと見つめた。
(今日は大事な日なんやから。小綺麗にしとかな)
なけなしのお金で買ったワックスで髪を撫でつけて、いつもより念入りに髪を整える。何年も前から使っているシャープペンシルに何冊目だったかわからないネタ帳も忘れずに。それにだいちゃんは汗っかきなのでハンカチもバッグの脇にしまい込んだ。
「よし、行ってくるで!」
玄関のカエルと招き猫を人撫でしてだいちゃんはドアを開けた。
「うわ! びっくりするがな! いるならチャイム鳴らしてや」
「ああ、うん」
目の前にいるのは俺の相棒、湯川 明だ。玄関のドアの前に棒のように立っている湯川 明は色素の薄い茶色の髪に切れ長の目は伏し目がちにするだけで何故か破壊力がある。
およそ芸人というにはほど遠いこの容姿に幾ばかりかだいちゃんは嫉妬を覚えていた。
(なんやねん。朝からかっこええってどういうことや)
「いつからいたん?」
「えっと、15分くらい前かな」
「結構前やん! なんでチャイム鳴らさへんの」
「いや、あと10分したら鳴らそうと」
「なんやの! すぐ入ってこい!」
眉を顰めただいちゃんはあっくんの二の腕を軽くパンチする。これも人通りが少ない場所だからこそできるのである。ファンの目の前でやると大顰蹙を買うのは目に見えているので時と場所を考えることができるだいちゃんである。
「ねえ、だいちゃん」
「なにゃ、いやいやどもったわ。なんや、あっくん」
「その歯どうしたの」
「ええやろ? 昨日、歯医者行って直したんや」
だいちゃんは、どやぁ、と胸を張って直したばかりの白い歯を覗かせて笑って見せた。
今度、眉を顰めたのはあっくんである。
「……何考えてるの、だいちゃん」
あっくんは腕を引っ張って路地裏にだいちゃんを連れ込んだ。引っ張られた腕が痛かったのか僅かにだいちゃんは顔を顰めた。だが、あっくんが何故怒っているのかわからないようだ。
「な、なんやねん。歯医者行ったらあかんのか」
「僕たちのお笑い、わかってる?!」
「わ、わかっとると思うけど……?」
「いや、わかってない! 僕たちのお笑いはだいちゃんの不細工な顔があってこその笑いなんだよ!」
(な、なんやて?!)
「はぁ? ちゃうやろ! 笑いとれてんのは俺らの技術やろがい!」
「違う! いや、もちろん、僕も一生懸命ネタを考えてるし、だいちゃんも頑張ってくれてるよ? でも、違うんだ!」
「何がちゃうねん! はっきり言えや!」
「最後のオチはだいちゃんの不細工な顔でないと……」
(悔しそうに顔を歪めるその表情さえもかっこええというのは俺の目が変なのやろか)
「で、でも、虫歯放置したら、入れ歯になっちゃいますよって先生脅すねん……」
「そ、それは由々しき事態だね……」
だいちゃんはもじもじと指を交差させて恥ずかしそうに「それに……俺だってお前みたいに『キャー、かっこいい!』って言われたいねん」と言った。
あっくんにじろりと睨まれただいちゃんであるが、そこは長年の友である。かわし方も心得ているだいちゃんである。
「……だいちゃん。もしかしてそっちが本音だね?」
「え? そんなことあらへんよ?」
「嘘つき! だいちゃん! 目が泳いでるよ!」
「おおおお、泳いどらへんって……目ん玉がスイスイ~っと泳いどったら可愛い子ちゃん見逃してしまうやろ?」
「怪しい! だいちゃんは俺たちのこと全然考えてくれてない!」
あっくんはいつになく怒りが収まらないらしく、ぶんぶんと大袈裟に頭を振った。
「なんやねん、なんやねん! お前のその彼女みたいな言い草は!お前に俺の気持ちがわかるか! いっつもかっこええ、かっこええ言われおって。不細工、不細工言われる俺の気持ちがお前にわかるか……? 俺だって……」
「だいちゃんだって僕のことわかってない! 顔だけ芸人って言われる俺の気持ちなんて……一人だけ呼ばれて顔だけで笑いとれるだいちゃんに僕の気持ちなんてわかんないよ! 僕がネタ書いてるのだって皆、信じてくれないし……」
ヒートアップするあっくんはだいちゃんであっても止められない。親友と呼べる仲の二人であったが、体格差はどうあっても埋めることができない。細くちんまりとしただいちゃんと長ひょろく割と筋肉多めのあっくんではどうしても止めることができないのだ。
「お、お前、そんなことを……」
「それにだいちゃん、可愛くなってどうするつもりなの」
じとり、と睨むあっくんの目はだいちゃんから離すことはない。
(なんや、なんや。なんか状況よくあらへんな? こいつは無意識にいつも凄むねん。でかいから恐いねん。それでも俺は負けへんよ? かっこええって言われるようになってモテ期到来なんや。それにしても俺に対してかわええってわからんな)
「か、可愛く……? 俺はかっこええって言われたいねんけど?」
「だいちゃんはかっこよくなんかない! ……可愛いけど……」
「なんやそれ!」
「だいちゃんの可愛さは僕だけが知っていればそれでいいんだから」
「え?」
路地裏なのをいいことにあっくんは道路を背にだいちゃんを追い詰める。だいちゃんからはさながら大きな壁が目の前に立ちはだかっているようだ。
あっくんはだいちゃんに顔を近づけ、「だいちゃん、モテたいの」と問うた。
「う、うん……」
と答えただいちゃんであったが、頭の中は違うことを考えている。
(どえらいドアップやな。こんなに整った顔ってあるん? そこらの女の子より綺麗やんけ。シミひとつなくて綺麗な肌ってどういうことや)
「今、だいちゃんの考えてること当てたげようか」
「ふぇっ?!」
「だいちゃん、僕の顔、女の子より綺麗って思ったよね?」
ドンピシャとはこういうことを言うのだろう。ぴたりと言い当ててだいちゃんはたじろいだ。それを見逃すほどあっくんは甘くないのだが。
「は、はぁ?! 何言うてんねん! う、自惚れるのも大概にしとけよ……」
「いや、自惚れてても、ホントにそう考えててもどっちでもいいんだ、僕は」
「は?」
「僕がだいちゃんを好きなことをだいちゃんがわかってればそれでいいよ」
「へっ!?」
吃驚の連続のだいちゃんはまともな言葉を発することができない。勿論、それは親友同士のボケノリツッコミなどではないはずなのだが。
「は行? ひが抜けてるよ」
「何を言うてんね、むぐ、やめ、あっく、」
壁ドン状態になってしまっただいちゃんは股の下に入れられたあっくんの膝の上に座らされて、大事なアソコを人質にとられている。縮み上がってしまっただいちゃんとアソコのために上手く抵抗できないようだった。
顔を逸らそうとしても執拗に追いかけてくるあっくんの唇に息も絶え絶え、だいちゃんの思考能力も絶え絶えである。
「なんや、あっ ……な、んやねんっ! なんやのぉ、んっ……こ、れは! ネ、ネタやないよね?」
「うん? だいちゃん、だいちゃんって結構いい度胸だよね。そんなとこも好きだから」
その後、とてもではないが、周囲にそのことを話せないところまで進んでしまった二人。
ご満悦のあっくんと強制的に果てることになり、「?、?がいっぱいの」当惑気味のだいちゃんでした。
fin
最後まで読んでいただいた方、ありがとうございました。