一撃だけで終わらせる
影晶の水攻めにより、准救軍は大混乱に陥った。突然の水攻めというのもあるが、それ以上に軍勢が分断されたのが大きい。中洲の本陣、川の西側で玲祈と戦っていた先鋒、響玻と戦っていた崙駿、そして川の東側にいた小荷駄(輸送隊)。そしてこれこそ、玲祈の狙っていた状況であった。
水攻めの成功を見届けた玲祈は、采配を天高く掲げる。
「今こそ攻め時っ! 全軍、あたしに続けっ!」
「「「応ォォォッ!!!」」」
水攻めの成功は、南東の砦で戦う響玻の目にも見えていた。水が准救本陣を飲み込むのを見た響玻は、櫓の柱を叩いて喜ぶ。
「しゃあっ! 来た来た来たぁぁぁっ! おいお前ぇらっ、柵をぶっ壊せっ! 打ってでるぞっ!」
「「「応ォォォッ!!!」」」
響玻達は自ら柵を破壊し、我先へとかけ降りていく。
「敵は小勢だっ! このまま迎え撃つ!」
崙駿は迎撃をしようとするが、それを雲業が止めた。
「なりませぬっ! ここは退路を確保し、全軍の撤退を支援するのが肝要にござる!」
「何を言う!分断されても、こっちは四倍の兵がいるんだっ! 負けるもんかっ!」
是が非でも退こうとしない崙駿に対し、雲業はきつい一言を浴びせかけた。
「そう言って、何度負けたとお思いかっ!」
「それは山深い地だったからだ! ここは平坦な土地! 体勢を立て直せば、勝機はある! 全軍、前へ!」
崙駿の言った通り、当初は雄黄軍が優勢だったが、徐々に体勢を立て直した准救軍が数の暴力で反撃を始めた。そのことは、玲祈も承知している。ここで、玲祈は最後の一撃を加えるよう命を下した。
「銅鑼を鳴らして! できるだけ大きく!」
「御意っ!」
久留瀬原一帯に、雄黄軍の銅鑼が鳴り響いた。それを聞き付け、これまで姿を現さなかった軍勢が出現した。
「皆の者、前の戦の雪辱、今こそ果たす時ぞっ!」
「「「応ォォォッ!!!」」」
趙義率いる北方軍が、准救の小荷駄に襲い架かる。そのほとんどが非戦闘員である小荷駄は、武器兵糧を投げ捨てて逃亡を開始した。趙義はわずかな守備兵を一掃すると、全軍に命を下す。
「武器兵糧は、一つ残らず持っていけ! 敵の援軍が来るまでに退くのだ!」
北方軍が退くのと同時に、川の水が引きはじめた。小荷駄の壊滅はただちに貞孫に伝えられ、貞孫は血相を変えて本陣を飛び出す。
「な、なんと言うことだ……」
「我が君、一大事にございますっ!」
「なんじゃ……」
「兵糧を奪われたと知った兵が、次々と逃亡を始めました!既に半数の兵が逃亡しております!」
「……」
ピクリとも動かず、貞孫は呆然と川を眺めている。
「我が君! お気を確かに!」
「あ……あぁ……」
完全に放心状態だ。このままでは使い物にならないと判断した臣下は、独断で撤退を命じる。
「我が君のご命令だ!退け!」
両軍合わせて百万の軍勢が衝突した戦は、准救軍は十万の死者と、三十万の負傷者を出して壊走した。対する雄黄軍は、死傷者合わせて三万という、雄黄軍の大勝利に終わったのだった。




