もうダメ降伏ごめんなさい
外征の戦局は、玲祈の率いる五万五千の軍勢により、大きく揺れ動いていた。西方の大部分は玲祈により平定され、膠着状態だった南部においては、玲祈の奇襲により北方軍の先鋒は撤退を余儀なくされた。だが、北方六国も黙っているわけではない。北方六国本家の当主、尾七趙義は、玲祈がいなくなった本陣を急襲し、瞬く間に占領してしまった。
趙義が出陣してしまい、兵が半減している本城であったが、玲祈の本陣を落としたことで隙が生じていた。
「旗を増やして誤魔化しても、俺達のご主君は欺けなかったな。」
「だな。ま、これで当分、俺達の出番は無さそうだ。」
兵の気は緩み、見張りでさえも雑談をしている。
「昼飯でももらってくるか。 ちょっと行ってくる。」
見張りの一人が、握り飯を受取に立ち上がった。その時、見張りの眼前を、赤い閃光が横切った。
「え?」
視線を閃光の向かった方へ向けると、櫓の柱に矢が刺さっている。認めがたい現実を察し、見張りは恐る恐る城外の森林に目を向けた。その瞬間、地を割らんばかりの声が響き、玲祈軍が押し寄せてきた。
「すぐ鐘を鳴らせ! 敵襲だ!」
鐘が鳴り響く。だが、気が緩んでいた北方軍はろくな抵抗もできず、門は次々と破られていく。
この報せは、ただちに趙義の元へ届けられた。
「ご報告いたします!玲祈が兵を引き連れ、本城を急襲いたしました! 急ぎ城へお戻りください!」
「玲祈め、謀りおったか。ただちに本城へ戻れ! 今度こそ玲祈を討つ!」
この城から本城へは、走れば十分程で到着する。今なら玲祈の背後を突くことができるだろう。だが、それは実現することはなかった。趙義が一角獣に乗ろうとしたのと時を同じくして、爆音が轟く。
「何事か!」
「一大事にございます! 崖崩れが発生し、道が寸断されました!」
「何だと……」
たった一つの道が断たれてしまった。そうなれば、回り道をするしかない。だが、それではどれだけ急いでも一時間以上かかる。一時間もあれば、恐らく本城は落ちるだろう。すると、趙義に止めの一報が入る。
「ご報告いたします……。 本城が落ちましてございます。」
道が寸断され、援軍が来れないと知った本城の守将は、抵抗せず降伏。玲祈はそのままこの城に向けて進軍しているとのことだ。しかも、反対方向からは陛紳が二万の兵で進軍しているという報せまでもたらされた。
「父上、いかがいたしましょう?」
ここまで冷静だった趙義も、動揺を隠しきれない。目は泳ぎ、息も荒くなっている。
「この城に籠るのだ。」
「しかし、兵糧はほとんどございません。援軍も来れるかどうか……」
万策尽き果て、趙義はその場に座り込んでしまった。
「降伏しかあるまい。」
「父上……」
「これ以上の戦は無意味。早くせい。」
「承知いたしました。」
趙義は降伏の意を示した。その日の内には降伏の使者が貞孫に謁見し、北方六国は准救国に急襲された。大規模な外征にも関わらず、北方六国の被害は五百人にも満たなかったという。




