お疲れでしたら蜂蜜を
国境での戦にて、北方軍を散々に打ち破った玲祈は、北方六国本家の嫡男を厚遇し、捕虜や討ち取った首と共に丁重に送り返した。来るべき大戦の準備は、既に始まっていたのだ。
嫡男を送り返した後も、玲祈は連勝を重ねていった。大局に影響が出るような勝利ではないが、兵の士気にはよい影響を及ぼしている。
「ん……」
報告書に目を通している最中、玲祈は目と目の間を指で摘まんだ。余程疲れが溜まっているのだろう。とは言え、今は戦の最中。気を緩めることなどできない。すると、便利なあの人がやって来た。
「姫様。」
影晶がやってきた。その手には、手のひらサイズの壺が握られている。
「ん……、どうしたの?」
「お疲れのようなので、差し入れに参りました。」
「ありがと。(あの壺くれるんだろうな。何が入ってるんだろ?)」
すると影晶は、壺を机の上に置き、玲祈の顔に自分の顔を近づける。
「少々我慢しててくださいね。」
「えっ、ちょっと待って!」
「どうかなさいましたか?」
影晶はキョトンとした顔で首を傾げる。
「何する気?」
「疲れを吸おうかと。」
その規格外の発言に、今度は玲祈が首を傾げる。
「どう言うこと?」
「まぁ、大人しく待っていてください。」
玲祈の眼前で立て膝を突くと、影晶は人差し指で玲祈の額に印を書き始めた。すると、自分の唇を玲祈の額に押し当てた。
「ふぇ!?」
突然のことに、玲祈の顔は紅潮する。玲祈の時間は完全に停止し、抵抗することもできない。
「チューチュー、ちゅぱっ!」
唇が離れると、やっと玲祈の時間が動き始める。
「えっと……これは……」
「疲労を取る魔導です。」
そう言うと、影晶は手拭いに口を押し当て、何かを吹き出した。手拭いが口から離れると、そこにはテニスボールくらいの黒い玉が乗っている。
「これがあたしの疲労?」
「はい。大分お疲れだったのですね。こんなにおっきくなって。」
「そうなの?」
「はい。通常だともっと小さいですから。
では、こちらもどうぞ。」
そう言って影晶は、先ほどの壺を差し出してきた。玲祈が恐る恐る開けてみると、そこには黄金色をした、トロッとした液体が入っている。
「綺麗~! けど、なにこれ?」
「蜂蜜です。甘くて美味しいですよ。」
美味しい、その響きに玲祈の喉が鳴った。指先に蜂蜜をつけ、そのまま愛らしい口でチュパッと味わう。その瞬間、玲祈の目が輝いた。
「甘ぁ~」
「お気に召しましたか?」
「うん!すっごくおいしい!」
「何よりです。では、追加の報告書に目を通しておいてください。」
「は~い。」
久々のほのぼのとした時間に、玲祈は大変癒されていた。そんな時、火急の報せが届いた。北方六国南部にて、准救軍の先鋒が壊滅したという報せが。




