眞の都はいと凄し 下
影奏が帝都にやって来てから十日。未だに帝との謁見は叶っていなかった。そんな現状に、連合国の家老達は痺れを切らした。この日、江宰と苑宰の二人が、暁権の部屋に押し掛けた。
「紫音殿、今日こそは帝に謁見させて下され。」
暁権に詰め寄る苑宰。その表情には焦りが見える。
「何度も申し上げた通り、帝は体調が優れません。 ご回復の折りにはお伝えしますので、それまでお待ちください。」
この言葉を、家老達は何度も聞いてきた。蔑ろにされているのは、誰の目から見ても明らかだ。
「しかし、我らもいつまでも国許を空ける訳には参りません。 どうか、急ぎ謁見を。」
苑宰は粘り続ける。すると暁権はため息をついた。
「はぁ、私を困らせないでください。 帝は重篤なのです。 もし謁見を強行して、帝に万が一の事があれば、どうなるか想像に難くないでしょう?」
脅しとも取れる言葉に、苑宰はそれ以上言わなかった。だが、江宰は違った。
「如何に大国とは言え、他家の使節を蔑ろにしてよい理由にはなりませんぞ!」
溜まっていた鬱憤を吐き出すように、江宰は声を荒げて叫ぶ。
「江宰殿、そこまでにした方が、」
「苑宰殿は黙っていて下され!」
苑宰の制止を振り切り、江宰は言葉を連ねる。事を荒立てまいと、苑宰は二人の間に入って制止しようとする。それでも、江宰は止まらない。
「江宰殿、もうここまでにしましょう。 一旦出直して来ましょう。」
「何を申す! 蔑ろにされて平気なのか!」
すると、暁権が挑発的なことを口走った。
「おや、いつ我らが皆様を蔑ろにしたと?」
この言葉が火に油を注いだらしく、江宰は堰を切ったように怒鳴り始めた。
「今まさに蔑ろにしておろうっっっ!」
「これは異なことを。 我らは最高の持て成しをしております。ただ、帝の体調が優れぬだけの話。 今少しお待ちください。」
「何をっ……!」
耐えきれず、江宰が拳をあげた。これに暁権は微笑んだ。このまま暴行を加えたとあれば、戦の口実となる。だが、今の江宰に、それを考慮する余裕はなかった。
「江宰殿、そこまでです。」
駆け付けた影奏が江宰の腕を掴み、間一髪のところで止めた。苑宰は胸を撫で下ろし、暁権の顔から笑みが消える。なんとか戦の口実を与えずに済んだ。
「雄宰殿! 止めてくださいますな!」
「なりません。」
そう言った影奏の顔には殺気が感じられた。その殺気は影奏の正面にいる江宰と苑宰のみならず、背後にいる暁権も感じ取っているようで、暁権は一歩後退りする。
「わ、分かりました。」
怒りよりも恐怖が勝り、江宰は視線をそらし、大人しくなった。それを確認すると、影奏は振り返り、暁権に頭を下げる。
「お騒がせしました。」
「いえ、構いません。こちらこそ、長くお待たせしてしまい申し訳ありません。 ……おや?」
暁権が、影奏の背後に視線を向けた。それに釣られ、影奏達も後ろを振り返った。視線の先には、煙草を二本咥えた、短い金髪パーマの女がいる。
「……。」
女はなにも言わずに通りすぎようとした。それを暁権が止める。
「待ちなさい。 客人に挨拶を。」
呼び止められた女は、影奏をじっと見つめる。
「どうも。」
そして軽く頭を下げると、女はそのまま真っ直ぐ歩いていった。暁権は、無表情のまま謝罪する。
「あの者は当家の大将軍を務めている至極冥興です。帝以外の方には、よく礼を欠くことがあります。どうぞお許しを。」
「お気になさらず。虫の居所が悪いことは誰にでもあります。では、我々はこれにて。」
江宰と苑宰を連れ、影奏はその場を後にした。一方の暁権は、影奏達が見えなくなるまでその場から動かずにいる。
「出て来ていいですよ。」
暁権が声をかけると、柱の影から冥興が姿を現す。冥興は煙草の煙を吐き出すと、柱に寄りかかった。
「ふぅーっ」
「それで、どうでしたか?」
「男二人は大したことないな。」
冥興は、家老達を見た感想を述べた。だが、暁権が求めていたのは別のものだった。
「あの二人はどうでも良いのです。 あの女はどうでしたか?」
少し間を空けると、冥興は口角を上げた。瞳孔は拡張し、息づかいも少し荒くなっている。
「戦い甲斐のありそうな奴だ。 なぁ、今すぐ殺しに行っていいか?」
「それはなりません。ですが、時が来たら、貴女に殺ってもらうこととなるでしょう。」
「ふぅーっ、なら、その日を楽しみに生きるとするか。」