王権戻ってきましたよ
璃都襲撃事件は、准救国に大きな傷と変貌を与えた。変貌した点は、設立間もない議会である。
襲撃の五日後、議員達がふんぞり返っていた議事堂の門前に、崙駿が兵を率いて現れた。
「取り壊せっ!」
「「「御意っ!」」」
それから一時間と経たない内に、議事堂は跡形もなく解体されてしまった。これが襲撃の末に起こった“変貌”である。議長である徳壁を失ったことにより、議会は機能停止。議員達も力を失ってしまった。それをいいことに、貞孫は独断で議会を解散。実権は貞孫の手に戻ったのである。
次に、傷についてだ。准救国は商業がまともに機能しておらず、商業をまともにできるのは璃都だけだった。なんとか徳壁が璃都の商いを実行可能にしていたが、今となってはそれもできない。准救国は物々交換のみの原始的な取引しかできなくなったのだ。
今回の襲撃の被害は、玲祈にも及んでいた。建築中の新しい屋敷は全焼し、元のボロ屋も塀の一部が焼けてしまった。
「……」
そんなボロ屋の居間で、玲祈は無言で何かを考えていた。
「いかがなさいましたか?」
ふと尋ねる影晶に、玲祈は気の抜けた顔で答えた。
「欲しくなったの。あの響玻って人。」
「例の賊ですか。確かに、あれほどの力があれば、大業を成すのに一歩近づきますね。」
「どうしても欲しい! 影晶、式神で探してきて!」
「ご安心を。念のため、見張りの式神を着けてあります。」
それを聞くと、玲祈は目を輝かせる。
「すぐ行く! どこか教えて!」
食い付くように前のめりになる玲祈だったが、次の影晶の言葉で黙ってしまう。
「構いませんが、よろしいのですか? 他にやるべき事があると言うのに。」
「……」
完全に黙ってしまった。これが、やるべき事というのが何より重要だと言うことを物語っている。
「では、早速参りましょう。」
この日、二人は宮殿に呼び出されていた。
宮殿に到着した玲祈は、焼け落ちた門を跨ぎ玉座の間へと向かった。道中には負傷した兵がうずくまっており、華美だったかつての様相は無くなっている。
「護国府副長、雄黄玲祈殿が参られました。」
文官の声とともに扉が開いた。中にいるのは崙駿を始めとする一門衆のみであり、元議員達の姿はどこにもない。そして上座には、勝ち誇った笑みを見せる貞孫が座している。
「玲祈ぃ、呼ばれた理由は分かっておるな?」
不適な笑みを見せたつつ、貞孫は首を大きく傾げて尋ねてきた。
「存じません。」
「そなたは、此度の戦で璃都を救った。わしのみならず、臣民一同感謝しておるぞ。」
やけに優しい貞孫の態度に、玲祈は少し驚いていた。
「兵を率いる者として、当然のことをしたまでです。」
「その謙虚な態度、ますます気に入った。そんなそなたに、新たな領地を授けよう。 崙駿。」
すると崙駿は、貞孫のしたためた勅書を広げ、声高らかに内容を読み上げた。
「雄黄玲祈、そなたを御徳郡三十万石の郡主に任じる!」
「謹んで拝命いたします。」
現在の玲祈の領地は十万石。それの三倍の領地となれば、かなりの出世である。だが、玲祈は少しも喜んでいなかった。
宮殿から帰ってくると、玲祈は床にへたりこんでしまった。
「大丈夫ですか?」
「う、うん。」
玲祈がへたりこんでしまった理由、それは御徳郡への転封である。
力のでない玲祈を座らせると、影晶はお茶を差し出す。
「どうぞ。」
「ありがと。」
お茶を一気に飲み干すと、玲祈は大きく溜め息をついた。
「やっと開墾が終わったというのに、あんまりですよね。」
現在の准救国において、石高などなんの意味もない。全体的に荒廃してしまっているからだ。三十万石というのは面積のことでしかなく、そこから獲れる米はあっても七万石前後。つまり、今回の転封は減給にも等しかった。
「でも、決まっちゃったことは仕方ないよ。明日、村長達を集めて話をしよう。」
「承知しました。すぐに支度をします。」




