殿やったら大出世 下
玲祈と影晶が璃都へ戻ってきた直後、宮殿にて大きな動きがあった。
武将達が敗走してくる中、玉座の間に続く廊下を大勢の文官が歩いている。その先頭に立つのは宰相の徳壁。外征の失敗に伴い、見事復権を果たしたのだ。
玉座の間に到着すると、徳壁は守備兵をはねのけ、中に乗り込んだ。
「徳壁っ! 無礼だゾッ!」
「黙らっしゃいっ!」
怒鳴る崙駿だったが、徳壁の一喝に圧倒され黙ってしまう。そこから間髪いれず、徳壁は視線を貞孫に向けた。
「我が君、此度の外征は失敗に終わったようですな?」
「黙れっ!」
「いいえ黙りませぬっ! 我が君は国を潰しかけたのですぞっ!これがもし銀鼠一党であれば、この璃都まで迫られていたかも知れませぬっ!」
「ぐぬぅぅぅ、」
流石の貞孫も、ぐうの音もでない。そこへ、徳壁は畳み掛けるように続けた。
「これは一重に、誰も我が君を止めることが出来なかったことが最大の要因! 故に我ら重臣一同は、議会の開設を上申致すっ! これが、文官武将からの嘆願書ですっ!」
徳壁は高々と嘆願書を突き上げる。そう、これこそが、前回影晶が言っていた“例の謀”だった。外征を失敗させ、それを口実に議会を開設し、立憲君主制の国家を作り上げる。全ては徳壁の計画通りだった。
だが、実権を握り続けたい貞孫からすれば、議会の開設など認められるものではなかった。
「馬鹿を申せっ! その様なことが認められるかっ!」
「認めていただきますっ! それが嫌だとおっしゃるなら、何らかの責任をとっていただくこととなりますぞっ!」
「くっ……ぐぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ!!!」
貞孫は目をむき出し、歯をくい縛って怒りをこらえていたる。唇からは血が流れ、手に持っている扇子は音をたてて曲がっていく。
序盤から徳壁のペースに呑まれ、手も足もでない貞孫。ここで、崙駿がもう一度口を出してきた。
「徳壁っ! 貴様舌先三寸で、この准救国を掠め取ろうと言うんだろうっ! この悪党がっ!」
「悪党と呼ばれようと構いませぬっ! それでこの国が救えるならば本望っ!」
「口が過ぎるゾッ!」
「言わねば国が滅びますっ!」
「おのれっ! 者共、徳壁を捕らえよっ!」
だが、兵は誰一人として動かなかった。その光景に、崙駿は絶望する。
「どうなされた? 捕らえるのではないのですかな?」
「き、貴様っ!」
それ以上、崙駿が口を挟むことはなかった。
崙駿を黙らせると、徳壁は平伏し、嘆願書と上申書を差し出す。
「我が君、どうぞ臣下の総意をお聞き届けくださいっ!」
「ぐっ……、くっ………………」
渋々、貞孫は議会開設の上申書を受け取り、その場で許諾した。それを横目で見ていた崙駿は、小走りで出口へと向かっていく。
(確か玲祈の隊が近くにいるはずだ! それで徳壁を討ち取ってやるっ!)
「失礼いたします。」
そこへ、玲祈が影晶を引き連れて現れた。突然現れた玲祈に驚きつつも、崙駿は急いで徳壁を討つよう命じる。
「玲祈! すぐ徳壁を討てっ!」
「何故ですか?」
「こいつは逆臣だ!」
「無理です。」
「なんだと?」
「先程から拝聴しておりましたが、徳壁殿のおっしゃることは全て正論です。」
「貴様も裏切るのかっ!」
怒りに任せ、崙駿は拳を振り上げる。
鈍い音が響いた。崙駿が拳を降り下げたのだ。だが、玲祈は無傷だった。代わりに、影晶が顔を殴られ、口から血を流している。
「くっ……」
崙駿は数歩後退りする。血を見て怖じ気づいたのもあるが、それ以上に、自分のことを睨み付けている玲祈に怯えたのだ。
「若君っ!!!」
あまりに大きな玲祈の怒声に、崙駿は更に肩をすぼめた。
「な、なんだ?」
「体調を崩しておいでですか?」
「は? そんなわけないだろ?」
「そうですか。 なら、なぜやって良いことと悪いことの違いをご存知ないのですかっ!!! 名家の嫡男たるあなたが、何故ですかっ!!!」
「もう勝手にしろっ!!!」
それだけ吐き捨てると、崙駿は玉座の間から逃げ出していった。
騒ぎが収まると、徳壁が手を叩く。すると、今回の外征で功績のあった武将達が入ってきた。
「我が君、これより論功行賞を行いたく存じますが、よろしいでしょうか?」
「そなたに任せる……」
「ははあっ! では、此度の戦功第一位を申し伝えるっ! 戦功第一位は、雄黄玲祈であるっ! 雄黄玲祈、前へ出よっ!」
「はっ!」
玲祈が前に進み出ると、徳壁は小さな木の札を取りだし、玲祈に差し出した。
「そなたを、中将軍に任じる! より一層、国のために尽くせっ!」
「はっ! 謹んで拝命いたします!」
こうして玲祈は、三千の兵と、それを養える領地を手にいれた。加えて、新たに設置された護国府(賊の討伐をする役所)の副長に任じられ、その地位を飛躍的に向上させたのだった。




