遂に開戦、やったるで
戦後で荒廃した旧江喜国。その中を、眞の四十万の大軍勢が進軍していた。その整然とした歩み、威厳の漂う屈強な兵、正しく、西大陸最強の名に相応しい。
旧江喜国の中央に位置する圏府。 そこへ眞の大軍が入城したのは、正午を少し過ぎた時だった。
豪勢な馬車が正門の前に到着すると、そこから全軍を統括する大都督が姿を現す。だが、見た目は肥え太り、雰囲気からも、どことなく軽薄さが感じられる。
「ここが圏府か。 田舎にしては中々だな。」
大都督が嫌味を吐いていると、正門の向こうから暁権がやって来る。
「ご苦労様です。」
「おぉ、これはこれは丞相。 ご機嫌麗しゅう。」
「無用なやり取りは結構です。」
二人の会話は打ち切られてしまう。
「も、申し訳ない。」
大都督は、ばつが悪そうに視線をそらす。
「我々は帝都へ戻ります。後事は託しますよ。」
「は、はい。」
大きな体躯の大都督が、わずか百五十にも満たない小さな暁権に媚びているのは、なんとも面白い構図である。それを自分でも自覚しているらしく、暁権は呆れてため息を漏らす。
「では、私はこれで。」
横目で大都督を蔑みながら、暁権は自分の駕篭に乗り、圏府を後にした。
暁権の駕篭が圏府から離れると、大都督は苦虫を噛み潰す様な顔で、駕篭を睨み付ける。
「あの小娘め。 現帝に重宝されているからと言って威張りよって。」
爪を噛み、ぐちぐちと文句を垂れていると、副将が指示を仰いできた。
「大都督、次の作戦行動に移っても宜しいですか?」
「勝手にしろ。……いや、待て。」
何かを思い付いたらしく、大都督は不快な笑みを見せた。
「如何致しましたか?」
「確か、この戦では、雄黄とか言う小国も滅ぼす予定だったな?」
「はい。」
「ふむ、これは調度よい暇潰しになるやもな。」
所変わって雄黄国西部。ここには、主に三つの城がある。胡久原城、栃瀬山城、琿陀羅城の三城である。この三つの城は、
胡久原城
琿陀羅城
栃瀬山城
の順で、縦一列に並んでいる。そして琿陀羅城には、七千の兵を率いた影奏が籠っていた。
「ご注進! 眞軍は圏府に入城し、軍勢を三手に分け行軍を開始! 苑儒、金統、当家に対し、同時に攻め込む構えを見せております!」
伝令の報せを受け、影奏は黒い駒を動かし始める。と同時に、三つに別れた眞軍の内訳を尋ねる。
「眞軍の内訳は?」
それを聞かれると、伝令は生唾を飲んだ。
「はっ。 苑儒国と金統国へは十万ずつ、我が国へは二十万向かっております。」
なんと、最小の国に対し、全軍の半分を向けたのだ。半分に減ったとしても、雄黄軍の七倍近い。この現実に、伝令だけでなく、周りの文官達も怯えている。そんな中、影奏だけ笑っていた。
「ははははは!」
「あの、影奏様? なにを笑っておいでなのですか?」
不思議そうに尋ねる文官に、影奏は笑いを堪えながら答える。
「これを笑わずにいられるか。 この山深い雄黄に、わざわざ大軍でくるんだぞ? 身動きがとりずらくなるだけだ。」
「おぉ、確かに!」
大軍と聞いて怖じ気づいていた一同だったが、影奏の言葉で安心を取り戻した。それどころか、徐々に士気が上がっていく。そしてここぞとばかりに、影奏が立ち上がり、声を張り上げた。
「どうやら、眞の将は戦を知らないようだ! この戦、我らがもらった!」
「「「応っ!」」」
士気は頂点にまで達する。影奏は槍を手にとり、伝令に命を伝える。
「各隊に通達! 半刻の内に支度を整え、西門に集結せよ!」
「御意!」




