異世界式の戦闘方
戦場一帯に、眞軍の法螺貝が鳴り響いた。整然と並べられた兵達が武器を構えると、足下に魔方陣が出現し、瞬く間に兵を呑み込んだ。魔方陣が消えると、光の粒子が体の周りを旋回し、その身体能力を極限まで向上させる。
先ずは、眞軍の先発隊三万が、川を越えて逃げ惑う江喜兵を討ち取っていく。多少の抵抗はあるものの、完全に統制されている眞軍を退けることは叶わない。最前線を切り崩すと、眞軍は焼けた本陣を越え、更に後方へ乗り込んで言った。
「今じゃ! 放てぃ!」
勝利を確信した眞軍の耳に、江宰の声が轟いた。その直後、赤い光をまとった矢が、眞軍の頭上に降り注いだ。ここから、両軍入り乱れての合戦が始まった。だが、眞軍は川によって先発隊と本隊が分断されているため、次第に眞軍が退却を始める。
これを好機と見た江宰は、一気に追撃に出た。
自軍が不利になる中、暁権は白い輿に乗り、印を結んで真言を唱えていた。その周りには魔方陣が幾つも展開されており、兵達の使う簡単な魔導とは違うことが見てとれる。
「ノウボウ タリツ タボリツ ハラボリツ シャキンメイ シャキンメイ タラサンダン オエンビ ソワカ 」
既に指示を出してあるらしく、暁権は真言を唱え続け、その間も、兵は手足のように動き続けた。迅速に陣を払い、迅速に西へと撤退していく。そのあまりの手際の良さに、武将達は感心せずにはいられなかった。
眞の本隊が退き始めると、江喜軍の追撃は勢いを増してきた。あわよくば、版図を大きく拡大できるかもしれない、とばかりに、江宰は何度も「追撃っ!」と叫び続ける。
撤退を続ける眞軍だったが、逃げれば逃げるほど道が狭くなる。加えて、軍勢の半分は散り散りになり、本隊は五万にまで減っていた。そしてある程度すると、眞軍は大きな街道へ出るため、進路を北へむけた。それに合わせ、江喜軍も北へ向かう。
「敵は離散しておる! 潰せっ!潰せっ! 暁権の首を討ち取るのだっ!」
勢いに乗る江宰。その下へ、伝令が駆け付けた。
「ご注進! ご家老、一大事に御座います!」
「どうした?」
「離散していた眞の雑兵どもが集まり、我が軍の背後を突きまして御座います!」
「なんと!?」
全ては、江喜軍を自分達の側に誘い出すための、暁権の罠だった。誘い出したつもりが誘い出されていたと知り、江宰は一角獣の鬣を掴んで悔しがる。更に、眞軍は本隊を転身させ、鶴翼陣形で江喜軍を包囲殲滅しようと動き出した。
圧倒的な窮地。江宰は怒りを露にしていた。だが、そこは江喜軍の総大将、直ちに最適な退路を探し始めた。そして、東側にある開けた土地に目をつける。
「皆の者、東へ退け! 」
一心不乱に東へ駆ける江喜軍。だがこの時、江宰は違和感を感じていた。
(何かがおかしい。 何かが欠けているような……)
江喜軍撤退の報は、直ちに暁権の元へ届けられた。
「丞相、御報告致します。 敵軍の先鋒が“四の十三地点”に到達致しました。」
報せを受けると、暁権は真言を唱えるのを止め、膝の上に乗せておいたお札を両手で摘まんだ。
「これで、詰みです。」
言葉を発し終わるのと同時に、お札を勢いよく破り捨てる。そしてこの行動が、江喜にを絶望のどん底に追いやった。
なおも撤退を続ける江喜軍。その先鋒が、突如としてざわめき始めた。
「何事じゃ?」
自ら騒ぎの原因を見ようと、江宰は最前線までやって来る。そこには、見えない壁に悪戦苦闘する兵の姿があった。
「それが、見えない壁に阻まれ、進むことができないのです……」
「何だと?」
江宰は、その見えない壁を触ってみる。そこには確かに、ゴツゴツした、岩肌のような感触があるようだ。
「ど、どうすれば……」
兵達に不安が募っていく。なかには、見えない壁を叩き始める者までいる。
「落ち着け! 直ちに別の道を……」
調度この時である、暁権がお札を破り捨てたのは。
次の瞬間、見えない壁が、その全容を現した。なんと壁の正体は、巨大な岩山だったのだ。そして、江宰は、自身の感じていた違和感の正体が、一体何だったかを気付かされることとなる。
(違和感の根元はこれであったか……。 欠けていたのは、この山……。だが、山を丸々隠す程の軍配者が存在するなど、信じられんっ!)
「あらあら、やっと来てくれた。 退屈だったのよ?」
岩陰から、淡藤が姿を見せた。その背後には、大勢の弓兵が待ち構えている。
「貴様っ!眞の武将かっ!」
「そうよ、あたしは淡藤って言うの。 名前くらいは聞いたことあるでしょ?」
淡藤の名を聞くなり、兵達に動揺が走った。
「淡藤って、あの淡藤か?」
「東の大陸から来た剣豪の……」
怯える兵達に対し、前線の武将が声を荒げて指示を出す。
「馬鹿者! 女一人に怯えるでない! 盾隊、ご家老をお守りしろ!弓隊はあの女を狙え!」
指示に従い、弓隊は弓に矢ををつがえる。その穂先は、全て淡藤にむけられた。だが、淡藤は顔色一つ変えない。むしろ楽しそうに体を揺らしている。
「うふふ、あたしとやる気?」
「うっ……」
冷たく鋭い視線に、兵達はたじろぐ。
「逃げてもいいのよ? まぁ、進んでも逃げても、どっちにせよ殺すけど。」
茶化すように、淡藤は一歩踏み出すと、兵達はほぼ同時に一歩下がる。その情けない姿を見た江宰は、怒鳴り声をあげた。
「何をしている! 放てぃ!」
急かされるように、兵は弓を放った。赤い光が、一ヶ所に向かって降り注ぐ。
矢が放たれると同時に、淡藤は腰に手を回す。金属が擦れるような甲高い音が響くと、淡藤の両手には、腸裂きと呼ばれる包丁に似た、刃渡り四十センチ程の双剣が握られていた。
「ふふっ」
小さな笑い声と共に、矢は全て切り裂かれた。一瞬の出来事に困惑する兵。その懐に、あの双剣が突き出された。
「ぐあっ!?」
ある兵は、顎から脳天を貫かれ、別の兵は綺麗に首を切り裂かれる。
淡藤の戦闘方は、全身を使って剣を振るっているようだった。全身を回転させ、手首をしなやかに動かす。その予測し難い動きは、次々と兵の命を奪い去っていく。
一人、また一人と、まるでドミノのような早さで、重なりあって倒れていく。そして遂に、淡藤は江宰の鼻先にまで迫った。
「ご家老はお逃げください! ここは我々で…………」
その言葉を言いきる前に、武将の首は胴体と別れた。無くなった首の後ろからは、不適な笑みを浮かべる淡藤の顔が見える。
「やっほ~」
最早一秒とて時間はない。江宰は馬を翻し、何としてでも生き延びようとした。
「ん……?」
なぜか、江宰の意に反し、その視界は地面に向けて落下していく。それもそのはず。江宰の首は既に、淡藤によって切られてしまっていたのだから。
その後、総大将を失い、退路を塞がれた江喜軍に成す術はなかった。そして、野菜を磨りおろされるように、じわじわと討ち取られていったのだ。




