丞相様は乗っていく
徐卯千川を境に睨み会う眞軍と江喜軍。この時、江喜軍の総大将にして家老、江宰は、一気に勝敗を決しようとしていた。
~江喜軍本陣~
全ての武将を召集し、江宰は策を伝えていた。なお、この場に当主の双歩はいない。公家大名である江喜家では、当主が軍を率いるのは高貴ではないとされ、軍を率いるのは家老の役目なのだ。
「この時期、徐卯千川の水は極度に冷えておる。この冷えた川に敵を誘いだし、一気に勝敗を決する! 賊軍を一掃するのだ!」
「「「応っ!」」」
「よし、直ちに動け!」
この時の江宰は、帝都で受けた恥辱を晴らそうとしていた。あの暁権の、薄っぺらい面の皮を剥いでやろうと息巻いているのだ。だが、勝負を急ぐのは私怨だけではない。もたもたしていれば、後方に控える眞の本隊が動くかもしれない。どの道、江宰は短期決戦を選ぶ他無かったのだ。
江喜軍が動き出した。その報せを受けるなり、暁権は設営された櫓に登り、戦場を見渡す。
「な~に見えるの~?」
背後から淡藤が顔を出す。
「敵が動いたようです。」
暁権は無表情で川の向こうを眺めている。だが、淡藤は、その隣で首をかしげていた。
「動いてるって言うより、火事になってるだけじゃない?」
川の向こうでは、真っ赤な炎が江喜軍の陣営を次々と呑み込んでいく。一部の兵は逃げ惑い、一部の兵は懸命に消火を試みる。とてもでは無いが、動いているとは言えない。
「あれは、我々を誘い出す策です。」
「へぇ。 なら、これからどうするの?」
「誘いに乗ります。」
丞相であり、天才的な軍配者(術者兼軍師)である暁権の、まさかの一言だった。だが、淡藤は驚く様子など微塵も示さない。暁権を後ろから抱き締め、ねっとりとした笑みを見せる。
「な・にぃ・かぁ、考えでもあるの?」
「はい。」
「流石は暁ちゃん! それじゃ、あたしは出陣の用意でもしとくわね!」
上機嫌で櫓から飛び降りると、淡藤はどこかへと消え去った。




