初戦は迅速かつ神速
玲祈達に混乱をもたらした圏府陥落の報せ。だが、どうしてこの様な事態となったのか。今回は、圏府陥落までの道のりをご覧いただこう。
玲祈が出陣の準備を整えていた頃、眞軍十万と江喜軍十万は、国境を流れる徐卯千川にて睨み合いを続けていた。
~眞軍本陣~
今回、眞軍を率いるのは、眞の丞相、紫音暁権であった。それに付き従うのは淡藤。帝都にて、冥興の隣に立っていた、裂けた口を縫い合わせていた女である。その他にも、十人近い武将が並んでいる。
「はぁ、戦は嫌ねぇ。お化粧の乗りが悪くなっちゃって。」
愚痴を溢しながら、淡藤は紫色のアイシャドーを塗っている。周りの視線を気にせずに化粧を続けている様は、その神経の図太さを物語っている。
暁権は、隠密から送られてきた報告書を見ながら、淡藤を注意する。
「戦の最中に化粧などしないで下さい。 風紀が乱れます。」
無表情で淡々と話すのは、敵味方問わずのようだ。
「相変わらずお堅いのね。 貴女もたまにはお化粧してみなさいな。」
まるでいたずらっ子の様な無邪気な笑みを見せつつ、淡藤は暁権に近付く。そして、そのまま化粧筆を突き出した。
「結構です。」
「堅いこと言わなくてもいいじゃな~い。」
化粧筆をはね除けるものの、淡藤は諦めない。根負けした暁権は、仕方なく化粧を許可した。
「勝手にして下さい。」
「あ~ら! やっと観念してくれた! それじゃ、始めるわね。」
楽しそうに化粧を始める淡藤のことなど気にも止めず、暁権は今後の策を伝え始めた。こんな不思議な光景を前にしても、武将達は顔色一つ変えず、真剣な眼差しで暁権に視線を向ける。
「今回の戦は、迅速を第一とします。 雄黄や金統の軍勢が到着する前に、圏府を奪取しましょう。」
「「「御意!」」」
「ぎょいぎょ~い。」
い並ぶ武将達が覇気の籠った返事をする中、淡藤はやる気のない返事しかしない。
「あ、淡藤殿、もう少し真面目に……」
「なぁに?」
武将の一人が、おずおずと注意しようとするものの、淡藤の突き刺すような冷たい視線に恐れをなし、黙り混んでしまった。
「い、いえ、なんでもありません。」
それからは、暁権が大まかな作戦の流れを説明した。その間も、淡藤は化粧を続ける。そして、作戦の説明が終盤に差し掛かった頃、遂に化粧が終わった。
「い・い・ねぇ。」
特殊な抑揚のついた声が響いた。その直後、暁権が淡藤に視線をむける。
「では、貴女の役割をお伝えします。敵の総大将の首を獲って来てください。」
淡藤は笑みを見せた。そして、艶かしく体を揺らしながら、暁権に問いかける。
「ねぇ、何人殺せる?」
「敵の出方次第ですが、恐らくは三百人から五百人は葬れるかと。」
それを聞いた瞬間、淡藤は嬉しそうに体を揺らし始めた。
「そう。 なら、頑張らせてもらうわね。」
その笑みは、とても笑みとは言えない。確かに顔は笑っているが、その奥には、確かな狂気が感じられる。
江喜軍壊滅まで、あと五時間。




