戦の後はどうしましょう
雄黄国と金統国、そして江喜国、この三国の国境に卦裸湖と呼ばれる湖がある。この湖の東岸にて、雄黄軍は陣を張っていた。
雄黄軍の着陣から三十分後、金統軍も着陣し、金統流玄が玲祈のいる本陣へとやってきた。金やら銀をあしらった豪勢な鎧は、日光を浴びて後光のように光輝いている。
「お待たせしたな、玲祈殿。」
「いえ、あたし達も今来たばかりですから、気にしないで下さい。」
「そう気を使わんでもよろし。 さて、早速、進軍経路の確認をしておきたいのだが。」
両軍首脳は、雄黄軍本陣にて、諸々の確認を済ませた。どうやら今回の行軍は、兵達からすると、かなり過酷なことになるそうだ。通常は十日はかかる圏府(江喜国の首都)への道のりを、半分の五日で走破しなければならない。
確認事項が無くなると、金統軍首脳は出陣の支度を整えに向かった。だが、何故か流玄だけはこの場に留まっている。しかも、その表情は、やって来た時の明るさは微塵もなく、なんとも暗いものだった。
「どうかなされましたか?」
影奏が声をかけると、流玄はゆっくりと視線を上げた。
「いや、玲祈殿と話したいことがあってな。」
「そうですか。 では、私は席をは外します。」
立ち上がろうとする影奏だったが、流玄はそれを止めた。
「いやいや、影奏殿も共にいてもらいたい。我らの今後について、とても重要な話じゃからな。」
重要な話と聞き、玲祈は周囲の文官を下げさせ、本陣の中は三人だけとなった。
「それで、話というのは?」
「次の戦に負けた時のことじゃ。 わしは、眞の帝に、財産の七割を差し出す支度をしておる。」
「それって……」
戦の前のこの時に、この様な話を持ち出され、玲祈の顔から血の気が引いた。
「安心せよ。 連合を裏切るつもりはない。これは、危うくなった場合の話じゃ。じゃが、苑儒殿と江喜殿が滅ぼされれば、我ら二国では太刀打ちできぬぞ。」
相手は大国の眞。仮に決戦に敗北して手をこまねいていれば、確実に滅ぼされる。民の為にも、そういった場合のことは考えておかねばならない。
さて、これに玲祈は頭を悩ませた。初めての事ばかりで頭がついていけていなかったのだろう。返答に困っている。
「あたしは……」
困り果てている玲祈に対し、流玄はその大きな顔を前につきだし、選択を迫る。
「そなたも領主。決めるべきことは決めねばならんぞ?」
「……もう少し考えさせてください。」
煮え切らない返答に、流玄は残念そうに眉を上げる。
「まぁ、国の存亡に関わることじゃからな。熟慮なされ。
それと、何か困ったことがあれば、いつでも申されよ。」
「ありがとうございます。 でも金統殿、なんであたしにそんな優しくしてくださるんですか?」
昔から、流玄は玲祈に優しかった。飢饉の際には米を送り、玲祈の誕生日には、特別な品を送ってくれている。
この問いに、流玄はけらけらと笑いながら答えた。
「他の二人とは違うからじゃ。」
他の二人とは、苑儒蓮介と江喜双歩のことである。
「どこが違うんですか?」
「わしへの扱いじゃよ。 あの二人は、わしのことを“成り上がり”としか見ておらん。 じゃが、そなたや、そなたの母は違う。一人の大名として扱ってくれる。」
満面の笑みで、流玄は玲祈の肩を叩いた。商人から国主になったとなれば、恨みを買う相手や、格式の高い家の者から“成り上がり”と揶揄されるのは良くあることなのだろう。そんな中で、玲祈は普通に礼を尽くしてくれる。祖父と孫ほど年の離れた二人には、絆にも似た感情が芽生えていたのだ。
少しばかり高笑いすると、流玄は帰っていった。だが、玲祈の顔は浮かないままだった。そして、影奏に問いかける。
「ねぇ、影奏。 もし負けちゃったら、どうすればいいのかな?」
「金統殿と同じく、眞に頭を下げるのが上策です。」
「……それって、苑儒殿と江喜殿を裏切ることになるんじゃ。」
「確かにそうかも知れません。しかし、それも領主の役目かと。」
いつもは優しい言葉をかける影奏も、この時ばかりは厳しいことを言い放った。
「領主って、辛いものだったんだね……」
玲祈は、改めて領主の厳しさを痛感したのだった。
十分後、雄黄金統連合軍は、圏府へむけ進軍を開始。その日の内には山岳地帯を越え、平野に出た。既に日は沈み始め、今夜はここで夜営することとなった。
本陣では、玲祈と影奏が兵糧の確認をおこなっている。
「兵糧はまだ余裕だね。 」
「はい。 念のため、発送の準備だけするよう、国許に伝えておきましょう。」
「うん。」
早速、影奏は書状をしたため始める。そこへ、文官が顔を出した。
「姫様。」
「なに?」
「それが、江喜様より伝令が参られたのですが、どうも様子がおかしくて。」
玲祈と影奏は首をかしげた。
「様子がおかしいとは、どういうことだ?」
「瀕死の重症を負っております。 今、医者に診せておるのですが、どうしても姫様にお会いしたいと。」
瀕死の重症ともなれば、火急の事態も予想される。玲祈は迷わず会うことを決めた。
「会ってみよう。 案内して。」
「はい。」
案内された場所には、血まみれの伝令が、息を荒げて寝転んでいる。
「はぁはぁ……」
伝令に対し、文官が小さく声をかけた。
「姫様が参られましたぞ。」
「れ、玲祈様……ぐあっ!!!」
無理に立ち上がろうとするものの、傷が深く、立つことなど出来るわけもなかった。それどころか、傷口が開き、包帯が次第に赤く染まっていく。そんな伝令を自ら支え、玲祈は何が起こったのか問いただした。
「そのままでいいよ。 それで、どうかしたの?」
「はぁはぁ……、い、一大事にございます……。圏府が、圏府が陥落しました!」
「え……」
信じがたい報告に、その場にいた誰もが耳を疑った。




