東に暗雲立ち込める
影奏達は進物を携え、玉座の間にやって来た。中華風の豪勢な玉座には、大勢の文官武将が並んでいる。だが、肝心の帝の姿が見えない。その間、影奏は横目で武将達を見ていた。
(流石は大国だな。優秀そうな武将が揃っている。
一番上座の近くにいるのは、昨日会った奴か。)
この場にいる武将は十人。その内、影奏が目を引かれたのは四人。一人は先日遭遇した冥興。玉座に最も近い位置にいることから、相当な実力者だと見て取れる。
二人目は、冥興のすぐ隣に立っている女だ。ベリーダンスの衣装のような、露出の多い格好をしており、指輪やイヤリングなどの装飾品を身に付けている。ただ、口の右側が大きく裂けており、それを糸で縫い合わせてあるのがなんとも不気味である。
三人目と四人目は双子であった。ただこの二人は、二人目の女よりも不気味な見た目をしている。互いの右手と左手を一つの手枷に入れ、包帯で目を覆っている。しかも、公の場にも関わらず、互いの体を擦り付け合っていた。
静かに帝を待ち続ける影奏達の姿を、暁権が物陰から見ていた。そこへ、文官がやって来る。文官はなるべく小さな声で、暁権に耳打ちした。
「丞相、第三軍団より通達が参りました。」
「分かりました。すぐ行動を起こすように伝えなさい。」
「御意。」
影奏達の知らないところで、何かが動き始めていた。眞は何かを企んでいる。それは影奏も知っていたが、この謁見の許可が降りたことすら、その壮大な企みの一つであったとは、予想すらできていなかっただろう。
影奏達が玉座の間にやって来てから、既に十分以上経っている。家老達、特に江宰からは苛立ちが感じられる。すると、帝が出てくる筈の場所から、暁権が顔を出した。
「皆様、大変お待たせしました。」
散々待たされたあげく、自分達に向けられる無機質な笑顔に、流石の影奏も不快感を覚えた。だが、不快感はすぐに疑問に変わる。
(帝が来ないな?)
「来ませんよ、帝は。」
「!?」
暁権から発せられた言葉に、影奏は思わず顔を見上げた。玉座の傍らから、暁権が無表情で見下ろしている。
「帝が申されますに、会う気が失せた、とのことです。」
「そんな……っ!」
「と言うことで、申し訳ありませんが、本日もお引き取りください。」
あまりの仕打ちに、江宰が刀に手をかける。だがそれより早く、影奏が立ち上がる。そしてなにも言わず、家老達を連れて退室していった。
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部屋に戻るなり、江宰は椅子を蹴り飛ばし、地団駄を踏んで悔しがった。
「もう我慢ならん! 戦じゃ!」
「待たれよ! 戦はならん!」
怒り狂う江宰と、それを止めようとする苑宰と金宰。その間、影奏は無言のまま椅子に腰かけていた。
「雄宰殿も止めてくだされ!」
「……分かりました。」
影奏は重い腰を上げ、加勢する。影奏が加勢したことで、江宰もなんとか大人しくなった。だが、この直後にもたらされた報せにより、誰も江宰を止められない状況に陥ってしまう。
「御家老、よろしいですか?」
それは、江喜家の家臣であった。この者は、今回の旅に同行しておらず、ずっと江喜国にいるはず。それが何故、ここにいるのだろうか。
「どうした?」
怒った直後と言うこともあり、江宰は半ば疲れはてていた。だが、すぐに疲れていることなど忘れてしまった。この家臣が告げた、衝撃の事実によって。
「眞の大軍が、我が国との国境にて、大規模な軍事調練を行っております! その数、十万!」
「なに!?」
十万と言えば、眞の総勢の五分の一にあたる。そんな大軍が国境にいたとあれば、最悪の事態も考えられる。
「急ぎ国許へお戻りを!」
「分かった! 皆の衆、悪いが某はこれにて!」
「江宰殿!」
影奏達の言葉など、最早届くことはなかった。江宰は荷物をまとめ、早々に帝都を後にした。残された影奏達も、これ以上留まるのは無意味と判断し、荷物をまとめ始めた。
出立の前に、影奏は暁権に挨拶にやってきた。一応、最低限の礼儀はわきまえる、それが影奏である。
「紫音殿、よろしいか?」
……
返事はない。だが、確かに暁権は室内にいるはずだ。それでも出てこないと言うことは、そう言うことなのであろう。
「紫音殿、我らはこれにて失礼つかまつる。 突然のことで申し訳ないが、どうかご容赦願いたい。」
……
やはり返事はない。すると影奏は、玲祈から預かった書状を懐から取り出し、扉の隙間にそれを差し込んだ。
「では、これにて。」
こうして影奏達は、帝都を後にした。だが、影奏はただ帰ったわけではない。同行した部下を、帝都に数人残した。眞の内情を探るための一手である。
「誰かいるか。」
「これに。」
影奏は、一角獣の扱いに長けた部下を呼び出した。
「一足先に雄黄に戻り、姫様に伝えてもらいたいことがある。」
「何でしょう?」
この時の影奏の表情は、何故か穏やかだった。それが何故かは分からない。ただその目には、確かな闘志が宿っている。
「戦になる。 兵糧の支度をしておいていただきたい、と。」




