疫病
『コレラ』である。
今日の世に伝わる近藤勇を局長とした新選組が出来たきっかけは、『コレラ』が江戸を中心に爆発的に広まったからである。
「ーーー参ったな、歳」
自身の経営する道場の稽古場の床に座り、面対する土方歳三を前に、近藤勇は嘆きの言葉を呟いた。
「嘆いたってどうもしようもあるまい。それに苦しいのは家の道場だけじゃあるまいよ」
そう言って歳三は、面前へと置いていた茶飲み茶碗の縁を指でキュッとなぞった。
「(沖田)総司が言うには、人が集まる場所は全滅らしい。往来に人は無く、床屋、風呂屋はもちろん、男の聖地である遊郭にも人の影はないそうだ」
”小石川は地獄”
彼らの住まう地はコレラ患者であふれていた。
ことの発端は文久2年。(1862年)
正月の長崎に異国船が入港し、異国の船員は日本の地へと上陸した。
『陸へと降りたの生物は人間だけ。』
その場にいた全員がそう思ったことだろう。しかし違う。
目に見えて自分の意志で動いているモノだけが生物ではない。
ともに降りた生物は大勢いた。その数は無数。とても数え切れる数ではない。
しかし、世を混乱に陥れた生物の名はすぐに世に広まった。
それが『コレラ』である。
異国より持ち込まれたコレラという病原体は人から人へと呪いのように憑りつき、長崎より遠い江戸の地まで届いた。
そして不幸にも、そのコレラが最も大流行しているのが、近藤達が住まう小石川柳町であった。
時は文久2年の七月。
近藤勇らが新選組を結成するにはもう少し時を置かねばならない。