ミステリの女王、妖精の正体をあばく
それは、とあるゴールデンウィーク明けの昼下がり。
双子の姉弟、神咲アリスと神咲クリスのふたりは、校庭を散歩していた。心地よい皐月の風に吹かれながら、クリスはふと、近場にあったツツジの花壇をゆびさす。白いツツジを背景にして、赤いツツジが不思議なマークを織りなす、美しい庭園だった。一見すると象形文字にみえるそれは、高天原学園の校章をあらわしている。
ひとつ難があるとすれば、例年よりも早く、ツツジがしぼみかけていることだろう。それに焦ったのか、眼鏡をかけた美術部の男子がひとり、せっせとキャンバスにむかっていた。筆と絵の具を丁寧に操って、ツツジの花を模写している。
「姉さんに、ひとつ推理してもらいたいことがあるんだ」
クリスは突然、そう言い放った。
アリスはくすりと笑って、弟に課題をたずねた。
「この花壇にはね、夜になると妖精があらわれるってうわさがある。校舎が閉じて、だれもいないはずの花壇に、ぼんやりと光が浮かび、ふらふらとあたりを彷徨うんだ。花から花へ、まるで蜜を吸っているようにね。高天原の校章が魔法陣に似ていて、異世界へのとびらになっているのかもしれない」
クリスは、最後の一文を、冗談めかしてつけくわえた。
「あら、初耳ね」
「先週から、ちらほらと目撃されているんだよ」
この花壇は、園芸部員たちが造園したもので、クリスも気に入っていた。彼の審美眼は本物だ。その証拠に、園芸部は昨年度、県から造園賞をもらったのだから。その審美眼を姉に向けたとき、彼の確信は、ますます深まるのだった。
「あのときは、園芸部の予算をあげるかわりに、ほかの文化部の予算を減らさないといけなかったから、たいへんだったわね」
アリスは、当時のことを思い出すように、そっと微笑んだ。
クリスもまた、うなずき返した。
「どんなに理詰めで説明しても、納得しない連中は納得しないものだよ」
「美にかかわるときは、特にそうね。ひどく主観的。だから、美術部や書道部は、だれも納得しなかった」
姉さんの判断は常に正しいと、クリスは答えた。
アリスは、肯定も否定もしないで、どちらかと言えばさみしげな表情を浮かべた。
「そうだといいのだけれど……わたしに推理してもらいたいことがあるんでしょ?」
クリスは、首をたてに振った。
「この花壇にあらわれる、妖精の正体を教えて欲しい」
アリスは、簡単なことだと言った。
「妖精はね、この花壇を荒らし回っているのよ」
「花壇を荒らし回ってる? ……そんな報告は、風紀委員会で受けたことがないな」
アリスは、白いツツジに歩み寄って、そのひとつを持ち上げた。
「ほら、例年よりも早く、ツツジがしぼみかけているわ」
「それは、気温の関係じゃないのかい?」
「いいえ、これは妖精のしわざなのよ」
クリスは、その華奢なあごに手をあてて、しばらく考えた。
そして、分からないと降参した。
「この校章が魔法陣になって、ほんとうに妖精を呼び出してしまったとか?」
「呼び出したのは、妖精じゃなくて、人間の憎悪」
アリスはそう言って、しおれたツツジを手放した。
「人間の憎悪なら、風紀取締まりの対象になる。答えを教えてくれないかな?」
アリスは、キャンバスに向かっている、眼鏡の少年に声をかけた。
「ずいぶんと、お上手ね。美術部?」
少年は、すこし気まずそうに、愛想笑いを浮かべた。
「神咲会長ほどじゃありませんよ」
「いいえ、それだけお上手なら、受粉のお手伝いも、簡単にできるでしょうに」
少年の顔がこわばった。眼鏡がほんの数ミリほど落ちた。
「……なんのことでしょうか?」
「夜中にこっそり忍び込んで、ツツジの人工授粉をしてるのは、あなたたちよね?」
少年は、助けを求めるように、クリスへと視線をむけた。
けれども、絶大な信頼を姉によせる彼は、味方ではない。死刑執行人だ。
判決文でも読み上げるように、アリスはさきを続けた。
「白い花粉と赤い花粉を受精させれば、来年は一面がピンクになる……園芸部の管理責任が問われるでしょうね。校章が見えなくなるのだもの。予算も減額されるわ」
そう言って笑ったアリスの顔に、少年は青ざめた。
「会長、ぼくたちは……」
アリスは視線だけで、少年をだまらせ、その肩に手をおいた。
五月だというのに、ひんやりとした感触が伝わった。
「そう、花壇の管理は、園芸部の責任……自分の身は、自分で守らなくちゃ」
アリスはそう言って、花壇のまえを去った。クリスもまた、きびすを返す。
彼女たちが天使なのか悪魔なのか、美術部の少年は、そんなことを考えていた。