表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

短編まとめ

丘の向こうに

作者: 猫面人

「ねぇ?あの丘の向こうには何があるの?」

 町外れにある我が家の裏手。立ち入り禁止の注意書きがある小高い丘。その丘の向こうが、小さい頃なんだか無性に気になった。よく大人に聞いていた。あの丘の向こうの話。けど誰も教えてはくれなかった。

「決して触れてはならぬ領域ぞ」

ただ1人、そう答えてくれた祖母も五年前に死んだ。

 

 ガンガンガン…


 最近、このあたりにも工場が増えた。何を造っているのかはわからないが、腹の底に響くような鈍い音が、季節に関係なくいつも聞こえていた。

 その頃私は16歳。丘への想いを抑え暮らしていた。というのも、まわりの大人達が丘の事を聞くとすごく怖い顔をして、「決して触れてはならぬ領域ぞ」と口を揃えて言うようになったからだ。

 

 ガンガンガン…


 今日もまた、工場の音で目を覚ます。午前5時。まだ外はぼんやりと暗い。うっすらと白みがかった闇が、窓から見下ろしている。

「うるさいなぁ」

なんて言っても虚しいだけだ。分かっている。工場が無ければ増えすぎた人類の半分が飢え死にする。分かっているのだ。

 もう一度寝ようにも、目がすっかり覚めてしまった。仕方がないので散歩に出掛ける。

 外は思ったより寒かった。振り返って丘を見上げる。うっすらと光を浴びて、なんだか大きな怪物みたい。

 歩いていると少年に出会った。少年と言っても私と同じくらい。作業服を着ているから、きっと工場で働いているのだろう。

「おはよう」

私は挨拶をして通り過ぎようとしたが

「ちょっと待てよ」

と呼び止められた。

「なんですか?」

「なんですか?じゃねぇ。もう仕事の時間だぞ。なにボケッとしてやがる。呑気にパジャマでお散歩か。良いご身分だな。寝ぼけてんのか?」

ああ、この人は勘違いをしているのか。

「私労働者じゃないんで。学校に行っています。これは本当に散歩ですよ。寝ぼけてなんかいません」

少年はキョトンとした顔をする。

「なんで学校行ってるようなエリートがこんな朝早くに出歩いてるんだ?」

「工場の音がうるさくて眠れなかったんですよ」

「ああ、そうかい。そりゃ、すまねえな。エリート様よぉ」

少年は一転、敵意を剥き出しにする。

「なにかひどいことを言ったのなら謝る。すまない。工場の大切さは知ってるつもりだ」

「ふざけんな!工場が無けりゃ俺たちゃ死んじまうんだ。それをうるさいだのなんだの言って潰してきたのはいつもお前らエリートだ。俺は前働いていた工場を潰された。そんでこんな田舎まで働きに出なきゃいけねぇ。家族みんな置いてな。お前らエリートに俺たちの気持ちがわかるかよ」

少年はそれだけ言うと走り去った。私もそのまま家に帰った。

 人口が増えすぎ、人で溢れかえったこの世界で、食料確保の為の工場が幾つも建てられた。クローン技術の発展で、機械によって肉や野菜を短時間で作れるようになったのだ。それを作る工場はそのまま働き口になる。だからたくさん必要なのだ。

 だから、仕方がない事だとは分かっている。私は学校に通える。幼い頃から働かなくてはならない者もたくさんいる中で、私はエリートとも言える程の地位にいる。私の家は裕福だからだ。

 それから2カ月が過ぎ、小さい頃よく遊んだ森が、工場建設の為に無くなった。出来上がった工場はとても大きく、見上げることしかできなかった。

 日曜日。ガンガンと工場の大きな音が聞こえていた。空気も白く濁っている。祖母のアルバムの外で撮った写真には美しい緑がいつも覗いていた。それを思い出し、世の中は変わったんだなぁと大人のフリをする。

 そんなとき、父が部屋のドアをノックした。

「入るぞ」

答を待たずに入ってきた。昔からこの人のそんな所が苦手だった。

 父は私の前に胡座をかいて言った。

「お前、丘の向こうのこと、ずっと気にしてたろ?そろそろ良い頃だろう。ついて来い。俺達の一族の話を聞かせてやる。」

そう言った父の目は真剣で、とてもイヤだとは言えなかった。もちろん、丘の向こうは気になってはいたのだが。

 父の後ろをついて歩いた。父は立ち入り禁止の注意書きを通り過ぎ、真っ直ぐ丘のてっぺんへと向かった。

「ここが俺達が代々守ってきた土地だ」

 そこには広大な自然があった。豊かな緑が眩しいくらいだった。見渡す限り森。小鳥が囀り動物達が駆け回っている。その森の中心には湖があった。キラキラと太陽の光を反射している。動物達もそこに集まったいた。

「どうだ。キレイだろう」

私は頷いた。

「そうだろう。だからな、この土地だけは何があっても守り抜かにゃならん。代々そうしてきたように、何があってもだ。ここは決して触れてはならぬ領域ぞ」

昔から聞いていたその言葉の意味をようやく理解した。

「分かったよ」

ここだけは守らなくては。いくら人が増えて、工場が増えて、仕方のない事なのだとしても、失ってはならぬ自然がここにある。

 ここはなんだか空気も美味しい。私は胸が一杯になるまで息を吸い込んだ。

このまま人口が増えに増えたらどうなるのだろう?そう思って書いた話。設定はアフリカとかの発展途上国の現状を参考にした。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ