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ときめきの心拍数  作者: ミスタ〜forest
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前途多難な前奏曲 その二

「痛ッ! い、痛いアル! もっと優しくするネ!」

「我慢しろ、このくらい」

 音無宅のリビング。直人は、鈴鈴に傷口を洗わせ、消毒していた。

 消毒液を染み込ませた脱脂綿で傷口に触れる度に、鈴鈴はビクッと身体を震わせる。

 涙目になって訴える彼女に適当に応対しながら、直人は淡々と消毒を続けた。

「にーちゃん、女の子が痛いって言った時は、優しくしてあげないと。

独り善がりで乱雑にヤッてると、逃げられるよ?」

 そんな様子を見ていた遙が、半ばからかう様に言う。

「五月蠅い。ついさっきまで変な勘違いしてたくせに。

十四歳で色気付きやがって、このマセガキ」

「なっ……!にーちゃんが初めて女の子を持って帰って来たから、ちょっと期待しただけだよ!」

「そんな事考えるのがマセガキなんだって」

「にーちゃんだって、鳴っちを淫らな妄想で汚してるでしょ!?

「何でお前が、鳴子ちゃんにそんなあだ名付けて……」

 口喧嘩になった二人を、鈴鈴は交互に見付めていた。

 そして、彼女が達した結論は、

「仲が良い兄妹アルネ。見ていて微笑ましいヨ」

 二人の闘志を削ぐには充分だった。

 屈託の無い笑顔で、心底羨しそうに言われたので、言い返す気にもなれない。

 以降、直人が絆創膏を貼り終えるまで、静寂が部屋を満たす。

「ほら、終わったぞ」

 手当てが終わり、直人は大きく息を吐いた。

 ピンセットを救急箱に仕舞い、それを遙が押入れに仕舞いに行く。

 鈴鈴は膝を曲げ伸ばしし、調子を確かめた。

 どうやら、特に問題無いらしい。

「感謝するネ。見知らぬ人をわざわざ手当てする人、初めて見たヨ」

 素直に頭を下げる鈴鈴を、直人は意外そうな目で見ていた。

 あれ程失礼な事を言った少女を、今の彼女と同一視出来ないのだ。

 出会いがアレでなければ、普通の可愛らしい少女として接していたかも知れない。

 だが、それは叶わなかった。

 だから、

「お前は、一体何なんだ?」

 直人は鈴鈴に追及した。

 鈴鈴は、微笑みながら答える。

「さきたも言た通り、アナタこのままだと早死に。だから、私が助けてあげるネ」

「……どうやって?」

 直人が尋ねると、鈴鈴は軽い笑顔を見せて答えた。

「大丈夫。私がアナタの生活を監視するだけヨ。

生活を見直せば、アナタ、まだまだ長生き出来るネ」

 その言葉の後、少しだけ沈黙。

 そして、直人は鈴鈴の顔面を片手で掴んだ。

 グァシという効果音が似合う、アイアンクローの構えである。

「喋れなくなるか、警察に連れて行かれるか、どっちが良い?」

「ひゃ、ひゃめて下さいヨ〜!」

 半分冗談で、つまり半分は本気で迫る直人に、鈴鈴は半泣きの表情を浮かべた。

 顔を掴まれているので、鈴鈴は口が思う様に動かせない。

 その時、遙が押入れから戻ってきた。

「ちょっ、にーちゃん、何してるの!?」

 遙は鈴鈴と直人の間に割って入り、赫怒の表情を直人に向けた。

「女の子に乱暴しちゃダメでしょ!」

「いや、こいつがうちに居座るとか言い出すから」

「……え?」

 直人の返答に、遙はきょとんとなる。

 もう一度問い、直人が頷くのを確認すると、今度は鈴鈴の方を向いた。

「……本当?」

「本当ネ」

 鈴鈴の意志を確かめ、遙はその場で考え込む。

 流石に、今会ったばかりの人を泊めるのには抵抗がある様だ。

「え〜と……取り敢えず、理由くらいは聞かせてくれるよね?」

 遙の問いに、鈴鈴は言い難そうにする。

 そもそも、直人に『早死にする』と告げたのが全ての発端なのだ。

 言えなくて当然だろう、と直人は思う。

 だが、意外にも鈴鈴は口を開いた。

「理由は色々とあて、全ては言えないガ……。

私、今、住む家が無いアル。このままだと、今日は野宿になるアルヨ」

「また突飛も無い嘘を……」

「中国人、嘘吐かないヨ!」

 直人の疑いの目に、鈴鈴は激しく反発した。

 話の腰を折ったので、遙からも非難の眼差しを浴びる。

 中国人と言い張っている事自体が既に嘘なのだが、それは胸の内に仕舞う事にした。

「こんな可愛い娘が宿無し? どういう事か教えてくれないかな?」

「それは……その……」

 更に遙に問われ、鈴鈴は少し躊躇った後、やはり口を開く。

「実は私、幸せになれるという壺をこの前買たアル。

けど、幸せらしい幸せも無く、逆に壺代でお金が無くなてしまたネ。

そうでなくても、断り切れずに十一の新聞と契約してたから、当然ヨ。

その前にも、四川省旅行券が当たたと電話が来て、言われた場所に行たら、訳の解らない物買わされたネ。

街でお姉さんに声を掛けられて、アンケートに答えていたら、いつの間にか強面に囲まれていた事もあたヨ。

それで、家賃を払えなくて、とうとう家を追い出されたアル」

 家庭科の教科書ぐらいでしか読んだ事の無い体験談を話す鈴鈴に、直人は言葉も出ない。

 確かに、『悪い業者に引っ掛かりそう』とは思っていたが、これは想像以上だ。

 そんな彼女を形容するのに相応しい二文字の言葉が、直人の頭を過ぎる。

 口にするのは躊躇われるが、言わずにいられなかった。

 今言わなければ、これからも言う事が出来ないだろう。

「ちなみに、この中国語は、街で声を掛けられて買た教材で学んだネ」

「……お前、馬鹿だろ?」

 少しの葛藤の末、直人はそれを口にした。

 彼女にこそ、この称号は相応しいと思ったからだ。

「そ、そんな事無いネ! いくら何でも失礼アルヨ!」

「じゃあお前、『クーリングオフ』って知ってるか?」

 直人の問いに、鈴鈴はやはり黙ってしまった。

 恐らく無駄であろう熟考に、多くの時間を費やす。

 そして、それがやはり無駄であった事を、直人は次の一言で知ることになる。

「……私、横文字は苦手ヨ」

「訂正。真性の馬鹿だ」

 予想の斜め上を行く展開に、直人は心底溜息を吐いた。

 素直にも、流石に程がある。

 世間知らず、と言い直しても語弊は無いだろう。

 この世の中、他人を疑う事を少しは知らなければやっていけない。

 全て、彼女の自業自得なのだ。

 こんな奴の為に、気を揉んでやる必要も無い。

 そう言おうとして、直人が遙の方を向くと、

「……うるうる」

 自分で効果音を放ちながら、目を潤ませていた。

「……遙?」

「か、可愛そう……」

「はあ?」

 遙の口から出た一言に、直人は戸惑いを隠せない。

 今の話を聞いて、同情の念を抱くなんて。

 そんな彼の方に、遙は涙目を向ける。

「だって、今時珍しい天然だよ!? アホの子だよ!?

きっとあの娘の脳内は未だに、キスしたら妊娠するとか、赤ちゃんは好き合っている夫婦の所に運んでくるとか、

そんな感じの嬉し恥ずかしイノセントワールドが広がっているんだよ!」

「いや、いくら何でもそんな訳」

「え!? 違うアルか!?」

「あったよ……」

 どうやら、遙の『スイッチ』がオンになってしまった様だ。

 こうなると、もうまともな手段では止まらない。

「言えない! ぼくの口からは言えないよ!

安全日の計算を間違えたり、安物のゴムを使ったり、若さ故の勢いでヤったりした時に赤ちゃんが出来るなんて!」

「何でそんなネガティブな生産過程しか浮かばないんだよ……」

 幸い、鈴鈴には言葉の意味が解らなかった様である。

 直人のツッコミも無視して、遙は更に続ける。

「こんな無垢で天然で純粋で頭がユルい鈴ちゃんが、現代社会の荒波に揉まれて、セクハラ上司に胸を揉まれて、

人生の甘いも辛いも知り尽くして、夜の蝶として『シャチョさん、イイコ揃てるアルヨ〜』何て言いながら、

中年サラリーマンを金蔓にする様を想像出来る!?」

「そうだな。想像出来ないな。お前の脳内構造は」

 段々、直人のツッコミも投げ遣りになってきた。

 にも関わらず、遙はまだまだヒートアップしていく。

 二人の温度差を考えると、本当に同じ親から生まれたのかさえ怪しく思えてきた。

「とにかく! そんな訳で、鈴ちゃんはうちに住んで良いから。ぼくが保護するから」

「マジアルか!? 感謝の極みネ!」

 無理矢理意見を押し通そうとする遙に、鈴鈴は嬉々とした表情を浮かべた。

 『保護』という時点で既に人間に対する扱いではない事には、気付いていない様だ。

「お前本気か? こんなどこの馬の骨とも判らない奴を住まわせるなんて」

「パパとママが赴任先から帰ってくるまでは、ぼくに家主の権利が有るもん」

 半ば呆れながら尋ねる直人に、遙は当然の様に答えた。

 確かに、家事の大半は遙が担っている。相応の権利を持つのも妥当だ。

 しかし、それでもこの決定は横暴である。

「そういう問題じゃないだろ。住む場所が無いなら、もっと適した場所に行かせるべきだ」

「ヤダ。鈴ちゃんは天然のままで居て欲しいもん」

「そんな事言ってたら、これから何人をうちで面倒見る事になるんだよ?」

 『スイッチ』が入っている状態だけあって、遙は駄々っ子の様に意見を曲げようとはしない。

 でも、ここで折れてしまっては、遙の為にもならないだろう。

 そう思った直人は、あくまで毅然とした態度を取り続けた。

 すると、突然遙の目尻に涙が浮かぶ。

「にーちゃん……ぼくがこんなに頼んでるのに……どうして……」

「う……」

 頬に一筋を伝わせる遙に、流石に直人もたじろいだ。

 こういう場合、泣かせた方の分が悪くなるのがお約束。

 正面突破を諦めて、泣き落としで攻める魂胆なのだろう。

 感情の起伏を、ここまで自在に操るとは。

 演劇部の名前は伊達ではないという事か。

 だが、ここで従っては遙の思う壺。

 多少良心を痛めても、引き下がる訳にはいかない。

「泣いても駄目なものは駄目だ。ペットを飼うのとは訳が違うんだぞ」

 直人は、キッパリと言い放った。

 これでも食い下がるのなら、その都度はね除けるだけだ。

 しかし、意外にも、遙は次の手を仕掛けようとはしない。

 泣き落としまで使うのだから、まだまだ手段が有ると思っていたのだが。

 拍子抜けする直人に、遙は背を向けた。

「そう……だよね……ひっく。泣いて……うっく……許して貰える訳……っく。

ゴメンね鈴ちゃん……ぐす……ぼくはもう……ひっく……これ以上力には……っく」

 何度も嗚咽を漏らしながら、遙は申し訳無さそうに話す。

 最後の抵抗かも知れないので、直人は気を抜かなかった。

「そろそろ……うっく……夕食の準備が……ひっく。

すぐに済ませるから……っく……間食したら嫌だよ……ぐす……」

 そう述べると、遙はキッチンへ向かった。

 直人は安堵し、鈴鈴を連れて玄関へ向かう。

 予想外の事態も起きたが、結果的には自分に軍配が上がった。

 『早死にする』だの『生活を監視する』だの言う奴を、大人しく住ませる訳が無い。

 この結果は、必然である。



「本当に良いアルか? あの娘、まだ泣いてるヨ」

「良いから出て行け」

 鈴鈴の問いに、直人は突慳貪に返した。

 玄関に居るというのに、まだキッチンから遙の嗚咽が聞こえてくる。

 もしかして、本当に泣いているのだろうか。

 そんな思いすら浮かんでくる程である。

「うっく……ひく……ぐす……ひっく……っく……うっく……く……け……。

くけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけけ」

「!?」

 嗚咽から一転、不気味な嗤い聲が聞こえ、直人も鈴鈴も戦慄を覚える。

 憫笑とも冷笑とも嘲笑とも受け取れる声が響き、二人を無差別に襲った。

 恐怖の余り、鈴鈴はその場に崩れる。

 遙は、まだ諦めていなかったという事か。

 そう考えた時、直人の脳内に、ある光景が過ぎる。

 遙が作った夕食を、何をどうやって作ったのかも判らない夕食を、

間食せずに空かせた胃袋の求めるままに食らう自分の光景である。

 それと同時に、自然と口が動いていた。

「俺が悪かった! こいつ住まわせて良いから! 寧ろ住まわせてくれ!」

 直人の叫びから数秒後、リビングのドアが開き、

「本当!?」

 遙が無邪気な笑顔を覗かせる。

 完全に弄ばれた事を悟り、直人は草臥れた溜息を吐いた。

誘惑に負けて買いました、ポケモンダイヤ。

DS持ってないので、弟や妹のを(勝手に)借りてやってます。

主人公の名前は、『ダ・カーポ2』より『ななか』。

ライバルの名前は、その場の勢いで『かませいぬ』。

ハマり過ぎて、パソコンしている時もプレイしているのですが、二つ同時はやはり難しいですね。

DSのAボタンを押そうとして、パソコンのエンターを押してしまいましたよ。

……はい、以上のどこにツッコミを入れたかによって、貴方の深層心理が(判りません)


それはさておき、ときめきの第二弾です。

頭のユルいチャイナとか、演技派の腹黒とか、ひぐらしのパロとか、本当に好き勝手書いています。

遙のスイッチがオンになる辺りからは興に乗って、二日で書き上げてしまいましたね。

次辺りで、ようやく鈴鈴が直人に近付いた目的が明らかになる……かもです。

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