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ときめきの心拍数  作者: ミスタ〜forest
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前途多難な前奏曲 その一

 可能な限り、長く生きたい。

 恐らく、大抵の人はそう願っているだろう。

 だからこそ健康番組が不滅なのだろうし、医療技術も発達してきた。

 生を望むから死を畏れ、故に死後の世界を信じる様になった。

 生まれた理由も判らぬまま、理由も判らず生きて生かされ、理由も無く死んでいく。

 そんな無常の理由を知りたいからこそ、より長い生を望むのかも知れない。

 だから、もしも、

「アナタ……このままだと早死にするネ」

 下校中の高校生が、突然こんな事を宣告されれば、戸惑うのは必然だろう。



 音無直人おとなしなおとは、少なからず戸惑っていた。

 高校からの帰り道で、突然見知らぬ人に早死にを宣告されたのだから。

 しかも、その相手は、今の日本ではまず有り得ない格好をしているのだ。

 恐らく、自分と同じ、十七歳くらいの少女。

 身長は百六十に満たないくらいで、スタイルは……良く言えばスレンダーである。

 問題はここからで、服装は赤いチャイナ服。

 丈はそれ程長くないので、動き易そうだ。

 髪は団子にしており、見た目は殆ど中国人である。

 テレビや本では何度も見たが、正直、現実に日本で見られるのは、精々中華街くらいだろうと思っていた。

 そんな彼女に、

「アナタ……このままだと早死にするネ」

 などと言われれば、堪ったものではない。

 ――何なんだ、こいつ……?

 相手するのも馬鹿馬鹿しいので、直人は無視して去っていく。

「あ!? ま、待て下さいヨ〜!」

 途端、彼女は情け無い声を出し、直人を追う。

 付き合ってられないので、直人は少し速歩きになった。

 歩きながら、彼女に面識があるかを改めて考える。

 自分に早死にを宣告する様な中国人が、自分の知り合いに居ただろうか。

 答えは、数秒で出た。

 ――知らないよ、あんな奴……。

「せ、せめて話だけでも聞くネ! 他人の話に耳傾けないの、良くないアルヨ!」

 どうにか直人に追い付いた少女が、言い聞かせる様に言う。

 台詞だけならともかく、彼女に言われても説得力が無い。

 直人は更に歩を速め、少女を引き離した。

 少女も負けじと、更に早足になろうとするが……。

「きゃうッ!?」

 直人の後ろの方で、ベチッと鈍い音が聞こえた。

 悲鳴から、例の少女が転んだという事が想像出来る。

 直人は溜息を吐き、彼女の方を向く。

 そこには、つんのめって倒れている少女。

 多分、顔面も打ってしまっているだろう。

 流石に放っておけず、直人は彼女に歩み寄る。

「……大丈夫か?」

 手を差し出すと、彼女は顔を上げた。

 直人の推測は、目尻に浮かんでいる涙で立証される。

「い、痛いアル……」

 当然であろう感想を述べ、彼女は直人の手を取った。

 直人に引き上げられる様に立ち上がり、服を軽く叩く。

 見ると、膝に小さな擦り傷が出来ていた。

「わ、悪かったな……」

 特に何かした訳でもないのだが、直人は反射的に謝っていた。

 少女は、痛みを誤魔化す様に笑う。

「いや……私も悪かたネ。ちょと話が唐突過ぎたアルか?」

 そして、以外と気さくな表情と声で尋ねてきた。

 当然、最初の言葉の話をしているのだろう。

 確かに、余りにも突飛な話だし、ツッコミ所は多々在る。

 だが、自分に危害を加える程に、狡猾な少女ではなさそうだ。

 寧ろ、彼女こそ質の悪い業者に引っ掛かりそうな印象である。

 念の為、直人は軽く彼女を試してみる。

「あ、棒棒鶏が包子と一緒に中華鍋に乗って空飛んでる」

「ま、マジアルカ!? どの辺ネ!?」

 引っ掛かるどころか、搾り尽くされてしまいそうだ。

 これでは、人を騙そうなどという思考すら持ち合わせていないかも知れない。

 甘い判断かも知れないが、少なくとも悪気は無いのだろう。

 そう思った直人は、彼女の怪我が気になりだした。

 少しは自分にも責任が有るかも知れないし、怪我している女性を放っていくのも、男として心が痛む。

 それに、自分が短命だと言い張るのであれば、詳しい話も聞いてみたい。

 第一、ここで逃げても、また追われる事が無いとは言い切れない。

 ならば、取り敢えず相手が満足するまで話を聞き、適当に同意するなり論破するなりした方が良いだろう。

「……その怪我放っとくのも不味いし、家近いから、軽く手当でもしようか?」

 直人の思惑を知らない少女が、そんな提案に同意するのに、それ程時間は掛からなかった。



「申し遅れたネ。私、鈴鈴りんりん言うアル。よろしく頼むヨ」

「…………」

 家に向かう途中。

 鈴鈴と名乗る少女の自己紹介に、直人は言葉を失った。

 彼女の名前が、まるで中国人の様だったからだ。

「お前、いくら何でもそれは嘘だろ。精々『中華風』が良いところだ」

「……な、何で判たアルカ?」

 直人が疑いの言葉を掛けると、鈴鈴は簡単にそれを認めた。

 どうやら、見破られる事は無いと思っていたらしい。

 図星を衝かれると弱いと判断した直人は、

「さっきの話も嘘だろ?」

 ここで一気に論破を試みる。

「そ、そんな事無いネ! あれは本当アルヨ!」

 流石に、この程度では破られない様だ。

 直人の懐疑的な態度に、鈴鈴は少し怒気を孕ませた声で説明する。

「この地球で一番多くの人が使てる言語、実は中国語アル。

しかも、最近の中国の発展はスゴイネ。先進国に追い付く勢いヨ。

だから私、頑張て中国語覚えたアル。鈴鈴は中国での名前。本名は鈴木すずきネ」

「思いっきり日本人だな、名前……」

 だったら今は鈴木って名乗れよ、というツッコミを、直人は胸に仕舞った。

 それ以上に言わなければならない事に、気付いてしまったから。

 訊くのは躊躇われるが、これは彼女にとって大事な事だ。

「……お前、もしかして……今話してるの……?」

「…………? 中国語アルが、どうかしたカ?」

 事態は、最悪だ。

 まさか、語尾に『アル』や『ネ』と付ければ中国語になると思い込んでいる人が本当に居るとは。

 メディアの力の恐ろしさを、まざまざと見せつけられてしまった。

 ここで、二つの選択肢が、直人の脳内に浮かぶ。

 このまま黙って、彼女が中国で困るのを待つか、それとも……。

 答えは、案外簡単に決まった。

 知り合ってしまった以上、彼女の恥は自分の恥と同義だ。

 聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥。

 彼女の耳には痛いかも知れないが、これも自分なりの優しさ。

 彼女には、甘んじて受け入れて貰おう。

 大丈夫。彼女なら、まだやり直せる筈。

「難しい顔して……どしたネ?」

 怪訝な表情を浮かべる無垢な瞳に、直人は告げた。

「お前が今話しているのは……明らかに中国語じゃない」

 その一言の後に訪れる、当て所の無い静寂。

 一瞬さえも永久に思えてしまう程の沈黙。

 背中にのし掛かる重たい空気。

 直人が躊躇っていた理由の殆どは、この瞬間にあったと言える。

「……は……はは……何言てるアルカ。

私が漫画で見た中国人は、皆こんな風に話してたネ」

「だったらお前、何で日本人と会話が成立するのか言ってみろよ」

 予想通りの反論に、直人は止めの一言をぶつけた。

 二度目の静寂。

「……マジカ?」

「マジだ」

「…………」

 どうやら、彼女の脳内で、大規模なルネサンスが急ピッチで進められている様だ。

 今まで信じてきたものが間違いだったと気付いた時の衝撃は、如何程のものなのだろうか。

 鈴鈴は、暫く何かをブツブツと呟き、

「ええええええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!!!!!?」

 地平線の向こうまで届きそうな悲鳴を上げた。



 『音無』の表札が掛かった一軒家の前で、直人は立ち止まった。

「ここが俺の家だ。取り敢えず上がれよ」

「…………」

 直人が声を掛けて数秒の間。

 鈴鈴はハッと我に返り、愛想笑いを浮かべた。

「そ、そうアルカ。じゃあ失礼するアル」

 どうやら、脳内でルネサンスモラトリアムが実施されたらしい。

 およそ何事も無かったかの様に、鈴鈴は応えた。

 心の傷跡は、容易に垣間見えるが。

「ただいま」

 直人が玄関のドアを開けると、すぐ側のドアが開いた。

「あ、おかえり、にーちゃん」

はるか、救急箱の用意頼む」

 間延びした声で出迎えた遙に、直人は即座に指示する。

 事態が飲み込めず、遙は首を傾げた。

「別に良いけど、にーちゃん別に怪我なんて……!?」

 円らな瞳にある物が映り、遙はそのままの顔で固まる。

 その視線の先には、怖ず怖ずと音無宅に上がる鈴鈴。

「……お、お邪魔するネ」

 それを敵視と感じたのか、鈴鈴は気まずそうに頭を下げた。

 だが、それよりも勢い良く、そして深く、遙は頭を下げる。

 チョコレート色のセミロングが、頭にぶら下がっている様な状態になった。

 そんな遙に、鈴鈴はもちろん、直人も怪訝な表情を浮かべる。

 頭を下げたまま、遙は震える声で言った。

「あ、あの、この度はにーちゃんを貰って頂き、誠にありがとうございます!

高嶺の花に現を抜かしていたにーちゃんに何があったかは存じませんが、どうかご贔屓に!

にーちゃんは恐らくこういう経験が初めてだと思われるので、多少のデリカシーの無さは目を瞑って下さい!

あと……ぼ、ぼくは音無遙です! にーちゃんが不躾な事をしでかしたら、ぼくが責任を持って……」

 どうやら何か大きな勘違いをしているらしく、意味が良く解らない長話になる。

 百五十にも満たないであろう小さな身体は、緊張で強張っていた。

 話の最中にも関わらず、鈴鈴は直人に耳打ちする。

 遙は色々と一杯一杯の模様で、そんな事には一切気付かない。

「アナタ、ボク娘萌えカ?」

「違う」

「なら、義妹萌えアルネ?」

「違うって」

「だったら、ロリ」

「止め刺しても良いんだぞ鈴木」

初めての方は始めまして。

「暑さも寒さも彼岸まで」などを読んで下さっている方は毎度どうも。

この度、無謀にも新連載を行う事に相成りました。

かなり無計画な見切り発車なので何がどうなるかサッパリですが、見守っていただければ幸いです。


正直、中華を書きたかったんですよね。本当にそれだけ(ぁ

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