良心
あの日から3ヶ月が過ぎて、徹は次第に落ち着きを取り戻していった。
母親は毎日つきっきりで自分の世話をしてくれる。
7年ぶりに会いにきた父親は、それから週末ごとに何かを買って来ては顔を見せるようになった。
目の前が突然クリアーになったように、徹は両親の愛を確認した。
毎夜、徹は夢を見た。
少女の身体に包丁を突き立てる夢。
あまりのリアルな感触に飛び起き、そして夢じゃなかったことを思い出す瞬間。
隣の簡易ベッドで眠る母親を起こさないようにそっとベッドを抜け出し、窓際に立つ。
その顔はあまりにも大人びて見えた。
俺は………この手で坪井まどかを刺した。………この手で殺した。
突き立てた時の感触と、飛び散った血の色と、抱きしめた動かない身体。
………すべてを覚えている。
自分のしたことを考えるたびに恐ろしくなる。
手が震えて止まらなくなる。
………どうして坪井を殺さなくちゃいけなかったんだ?
理由だけがどうしてもわからないのが、悔しかった。
殺したという事実も、刺したという感触も自分ではよくわかっているのに。
でも、確かにあの瞬間、殺してやる、と思った。それは覚えてる。でもなぜ殺してやると思ったのかが分からない。
あの時、あの瞬間に確かに存在した殺意。
時間だけが過ぎ、罪に問われることなく今を迎え、幸いだったとは思わない。
………どうして罰してもらえなかったのだろう。
精神障害なんてコトバで、どうして俺の犯した罪が免れてしまうのかわからなかった。
徹は怖かった。
無意識に抱いた殺意で一人の人間が死んでいるのに、それを誰も罰してくれない。
もう二度とあんなことはしないと、自分自身も信じることが出来ないのに。
更正? それにどんな意味がある?
治療? それにどんな意味がある?
法が、俺の罪を見逃しても、俺の中で殺人を犯したことは一生消えないのに。
誰からも罰せられなければ、誰からも許してもらうことが出来ない。
このまま一生を生きていかなければならないのか?
償いたい。………許されたい。
徹は自分自身に、今の自分に出来ることを問いただし続けた。
「ねえ、母さん。俺の裁判ってもう終わったの?」
事件の後、そのことについて徹が口にしたのはこれが初めてだった。
朝子はびっくりして手に持っていたコップを落とした。
「徹は何も気にしなくていいのよ」
「………そういうわけにはいかないよ」
朝子は息子を抱きしめた。
「俺………人を殺したんだよ。怖くないの?」
「そんなことあるわけないでしょ。もう………もう………終わったことなのよ。徹は何も気にしなくていいのよ」
母親が泣き始めたので、徹はそれ以上何も言えなくなってしまった。
それから徹はあんまり話をしなくなった。
一日中、窓からの景色を眺めたり、有刺鉄線に囲まれた病院の敷地内を散歩したりしてすごした。
そして、無口ではあったが、日ごとに穏やかな表情をするようになった。




