母親
病院のロビーで母親は人を待っていた。
下世話なことに病院の中で徹はつい1ヶ月前に起きた女子中学生殺害事件の犯人少年Aだと知れ渡っていた。
足早に自動ドアを抜けてくる40代の男性の姿を目に止めて母親は駆け寄った。
「………すみません」
「朝子。………いいんだ。行こうか、徹のところに」
徹の父親・高崎は母親・朝子の肩を抱いて歩き出した。
病室に入ると、徹は無邪気な笑顔で迎えた。
「お父さん!………もう全然お見舞いに来てくれないんだもん、僕寂しかったよう」
8歳の時のように、ぷうとホッペを膨らませて徹は可愛く拗ねた。
高崎は一瞬戸惑ったものの、すぐに笑顔を作り、大きな手で久しぶりに見る息子の頭をなでた。
「すまなかったな、仕事が忙しくてな」
「徹、お父さんにあんまり無茶を言っちゃ駄目よ」
「いいんだよ、母さん。徹、長い間来なかったおわびに何でも好きなもの買ってやるぞ、何がいい?」
「えーっとね、本をいっぱい買ってきて? ずーっと病院にいて退屈なんだもん」
「よーし、じゃあ、今度来る時たくさん買って来てやるからな」
徹はにこーっと無邪気な笑顔で答えた。
「本当にすみませんでした」
夕方、ロビーまで高崎を送りに来て朝子が言った。
「………できる限り来るよ。僕のたった一人の息子だから」
高崎の優しい言葉に、朝子は涙を流した。
朝子は徹が事件を起こしてから、化粧もせず泣いて暮らしていた。10は年取ったように見えた。付き合っていた恋人とも別れ、この心療内科のある病院に徹が移されてから、つきっきりで世話をやいていた。
疲れきってやつれた様は、徹の口走ったあばずれという言葉とは程遠かった。
外見もそうだったし、なによりも事実違っていたのだ。
高崎と朝子が別れたのは、高崎の方の不倫が原因だった。当時幼かった徹には理由を言うことも出来ず、それ以来いう機会をもてなかったことが何もかもを狂わせてしまったのだ。
後悔せずにいられなかった。
徹の罪は、………母親の私の罪。
ここへ入院して、時折正気に返る徹と今までにないほど話し合って、朝子はいろんなことを知った。
離婚の原因を誤解してたこともそのうちのひとつで、恋人からの経済的援助だと思っていた分は実は、一人身になった父親からの養育費が増額されたからだったとか、毎週金曜の夜に遅く帰った原因の半分は本当に残業だったからだとか。
一度目の再婚話が持ち上がったときの徹の態度を見て、それからは常に徹を第一に考えてきたつもりだったのに………。
両親の離婚という現実に父親を奪われ、仕事に恋人に母親を奪われ、寂しくすごした時間のどこかで徹は道を踏み誤ったのだ。
冷静に見つめれば気づいたはずの事実を全部見過ごして。
そしてそのことに誰も気づいてあげられず、こんなことに為るまで誰も知らずにいたのだ。
高崎も、朝子も。………誰よりも何よりも徹を愛していたのに。
病室に戻ると、徹はベットから出て、窓から父親を見送っていた。
「母さんが父さんを呼んでくれたんだ。………ありがとう」
「徹………」
朝子は近づいてそっと息子を抱きしめた。
いつの間にか自分の背を軽く追い抜いていた息子。
「やめてよ、かあさん。はずかしいよ」
「………何が恥ずかしいもんですか。あなたは………徹は母さんのたった一人の息子ですもの」
徹はうつむいて、細く痩せた母親の肩を抱きしめた。




