見解
「どうだ、様子は」
先輩の刑事に首を振って夏木は答えた。
後ろの小さな部屋の中で、一人の少年がひざを抱えぼんやり宙を見ていた。
「母親の方は連絡取れましたか?」
「いや、まだだ」
ふうっと、二人の間でため息のやり取りがされた。
夏木は小さな部屋で徹と二人きりでいた。
夏木は自分より一回りほど下の少年をなぜかかわいそうに思えてならなかった。
ここ近年犯罪の低年齢化はよく言われてるし、青少年による凶悪犯罪も増えて来ている。この目の前の少年もそのうちの一人には違いないが、今まで取り調べたほかの連中とは違うような気がしてならなかった。
端正な顔立ちで、粗暴なところも見られない。まじめそうだし………まじめだから故にこんな事件を起こしたのかもしれない。遊び半分で犯した犯罪とは違い、何か切羽詰って追い詰められるようにして手を染める犯罪。
夏木が手を伸ばすと、少年はおびえたようにその身体を縮めた。
それに苦笑しながらも、さらに手を伸ばして少年の頭をなでた。
「………つらそうだな」
夏木が漏らしたそのつぶやきに、徹が反応した。大きく目を見開いて、大粒の涙をぼろぼろとこぼしはじめる。
「………父さんが。………かあさんを頼むって、僕に言ったんだ」
「………それで?」
徹が警察に連行されて、はじめてまともにしゃべった言葉だった。
それまでは、ただただわめき泣き叫ぶばかりで聞き取ることもできなかった。夏木は手元のレコーダーのスイッチを入れた。
「………だから、僕は、かあさんを守ろうとしたんだ。変な男が、かあさんをおかしくするから。………だから僕、守ろうとして。」
「うん、聞いてるよ。もっと話してくれるかい?」
徹は素直にうなずいた。
夏木は徹の様子の変化に気づいていた。小学生のようにとても幼いしゃべり方。
混乱して精神的に年齢が退化することもあるという。下手に刺激しないように、合わせて優しく話しかけるように心がける。
「………でももう、遅かったんだ。かあさん、汚れちゃった。僕………。僕、お母さん殺しちゃったんだ。もうお母さんには会えない。………う、ううっ」
「君はお母さんを殺してなんかいないよ」
「ううん、殺したんだ。僕が、包丁で、殺したの。お母さん、泣いてた」
「………女の子のことは覚えてない?」
慎重に、切り出す。
徹は一度首をかしげたあとゆっくりと視線をさまよわせた。
「覚えてる。坪井………まどか………。クラスメートだった」
不意に抱いていたひざを離して、徹が天井を仰いだ。足を横柄に組み、指で髪を書き上げる。
夏木は少し身体を離して徹を眺めた。
「あいつ、化粧してた。俺、かあさんの代わりにあいつを守ってやろうとしたんだ。アイツ、あのまんまだったらきっと母さんみたいな女になっちまうから。そうならなくて済むように、って」
「それでどうしたんだ?」
徹はまた違った風に話し出していた。15歳の子供らしくない、大人びた話し方。その目つきは大人の男のように冷めていた。
「刺したんだ。………殺したよ」
夏木は背筋がぞっとした。
「何回刺したかなぁ、俺。………あいつら、汚いんだ。知ってるか? 女は男を誘うために生まれてきたんだよ。俺が綺麗にしてやるしか救う方法はないんだ。なぁ、街いる女を知ってるか? 俺がまだ15歳って言ったら、お金くれるんだぜ? SEX目当てで自分から誘い込んで」
「………」
夏木が言葉を失うと、徹は机に突っ伏して泣き出した。肩が揺れる。
「こわいよ。もうこんなとこやだ………、帰りたい。おかあさん、いつ迎えに来てくれるの? おとうさん、もう僕を捨てないでよ………?」
うわごとのようにおんなじことを何度も繰り返しながら、徹は眠った。
「多重人格?」
「………というか精神障害。責任能力は………無理じゃないでしょうか」
「誰を殺したかも分かってないようじゃな」
夏木は録音したデータを先輩と聴きながら言った。
「そうだ、母親と連絡がついてな、さっき来たよ。見た感じ………、この息子の言ってるのとはちょっと違うなぁ」
「え?」
「あばずれ、なんてのとはちーっと遠いと思うけど。品のいいワーキングマザーって感じ」
「………」
「まあ、十中八九精神分裂症とかで実刑にはならんだろうな。不安定性人格障害衝動型だ、典型的な。少年法のこともあるしな」
「精神病………ですか」
夏木は取調室を覗いて、時折うなされながら眠っている徹を見つめた。




