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失われた風景  作者: 恵奈
2/10

原因2






 あの夜、食事の後部屋に戻ろうとすると母親に止められた。話があるの、と。

 中学に進学し、夏休みに入ってすぐのころだった。


「何? 話って」


 思春期に入って、徹は極端に母親と話をしなくなっていた。

 今日も食事の間はほとんどテレビを見ているだけだった。


「あの………、会ってもらいたい人がいるんだけど」

「………」


 徹は母親の言葉を黙って聞いていた。

 徹の母親は若くして結婚出産離婚としたので、今まだ32歳だった。

 離婚せず専業主婦として家にずっと入っていたなら年相応に見えたかもしれないが、外で仕事をして服や化粧に気を使っているせいか、とても13歳の子供がいるような年齢に見えない。もともと整った顔立ちをしているので、バツイチ子持ちだとしても言い寄る男はいるのだろう。

 母親が会わせようとしているのは男だろう、そう徹は見当をつけた。

 うすうす徹も母親に恋人がいるらしいというのは気が付いていた。

 ここ半年、毎週決まった日に遅く帰ってくるようになったからだ。


「徹?」

「僕が会ってどうするの。僕には関係ない話でしょ」

「………母さん、プロポーズされたの。徹さえよければ………再婚してもいいかなと思って」

「………」


 徹はなんと言えばいいかわからなかった。

 再婚なんか別にしなくてもいいじゃないか。

 新しい父親、という存在に夢を見るには少し成長しすぎていた。

 新しいお父さんなんか必要ない。

 今までのように僕はただの子供じゃない、ようやく母さんを守れるだけの力もついてきたのに、何で他のヤツなんか。

 反対するに考え付いた言葉はどれも子供っぽく、ただのわがままなような気がして徹は黙りこんだ。


「一度だけでも………会ってくれない?」


 悲しそうに伏せ目がちに言う母親を見て、徹は母親の泣き顔を思い出した。

 離婚するといった夜、はじめて見たあの時の母親の泣き顔。


「………分かったよ。僕はいつでもいいよ」


 ふっと母親が笑ったのを見て徹は安心した。

 そうか、こう言えば良かったんだ………。

 自分の感情を無視して、母親の言葉に同調さえすれば………。




「どこ行くの、徹。もうすぐ山崎さん来るのに」

「ん、すぐ戻るよ」


 玄関でスニーカーを履き、あわただしく外へと出る。

 母親の恋人は山崎というらしい。

 いよいよその男がうちに来るという日、母親は朝からいつもはしないような念入りな掃除をし、よそいきの服を身に着けた。

 はしゃいで、いつもより高い声で徹に話しかけ、見たこともないような赤い口紅をつけていた。

 それを他人事のようにぼんやりと見ていた徹も、約束の時間が近づくにつれひどく落ち着かなくなり、気分転換に外をちょっと散歩することにした。

 15分ほど外をぶらぶらと散歩して、ようやく気分の落ち着いた徹は足早にマンションへと戻った。

 ドアを開けると、玄関に大きな大人の男物の靴きっちりと並んでるのが目に入った。

 ………もう来てるんだ。

 初めまして、と言えばいいのかな。

 無意識に湧く「新しい父親」というものへの期待。

 13歳という年齢は本人が思うほどには大人にはなりきれていない。

 出て行ったきり一度も会っていない本当の父親。

 今では思い出の中だけに存在し、誰よりも何よりもすばらしい父親だったと徹は感じていた。

 そのお父さんと同じ様な人だったらいいのに。

 リビングのほうで母親と聞きなれぬ男の声がする。


「………すぐに帰ってくるのに………」

「?」


 ぼそぼそとした話し声に、徹はそっとリビングを覗き見た。

「!」


 母親は徹の知らない男の腕の中に抱かれていた。

 見たこともないような顔で笑って、聞いたこともないような鼻にかかった声で何かをつぶやいて。

 二人は時間を惜しむように、激しく口付けをし、男の手がせわしなく母親の背中と布越しの肌の上をさまよっている。

 そうっと、徹はその場を離れ、二人に気づかれないように玄関から外に出ようと思った。

 だが、ぐらぐらと頭が揺れてうまく歩けない。先ほど見た光景が壊れたデータのように。見たこともないような表情の母親と、せわしなく動く男の手が。

 何度も何度も目の前に迫ってくる。

 徹は、込み上げてきた吐き気を押さえきれず、そのままトイレへと駆け込んだ。






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