償い
ある日病室を訪れた夏木に、徹は頼み込んだ。
「墓参り?」
「坪井の墓に、手を合わせたいんだ。………無理かな」
夏木はじっと徹の表情を見た。もうあの事件の直後のときのような狂気はかけらも見えなかった。
その真剣な表情に、夏木は折れた。
「わかった。約束は出来ないけど、掛け合ってみるよ」
「お世話をかけます」
穏やかな表情の奥に何かがあるようで、ほんの少し夏木は不安を感じた。
数週間後、両親と刑事である夏木に付き添われて、徹は坪井の墓の前に立つ事が出来た。
あの日からもうすぐ1年がたとうとしている。
徹は何も言わず、ただ黙ってその前に座って手を合わせていた。その後ろに両親が立ち、同じように黙って手を合わせている。
夏木はその光景を見つめながら、この分なら徹が無事に立ち直ってくれるだろうと内心ほっとした。
刑事である夏木にとって、大事なのは刑罰を受けさせることではなくて、もう二度と罪を犯さないと本人が誓い、償おうとすることだと思っていた。
こうして、被害者に素直に謝罪する意思を明確に持つということはいい傾向には違いない。
何度か見舞ううちに、徹が本当は素直で優しい子だということに気づいた。
第3者という立場にいるもののうち、徹に立ち直ってもらいたいと一番思っているのは夏木に間違いなかった。
穏やかな日差しの午後。初夏の爽やかな風が心地よかった。
夏木は知らずに微笑んでいた気がする。
徹のこれから歩いていく人生が、すばらしいものになるよう祈って。
………人の気配。
はっとして夏木が振り向くと、坪井まどかの母親がそこに立っていた。
日々通っているのだろう、小さな花束を手にしてそこにいた。
目が、徹の後姿をじっと見つめる。
その思いつめた様子に、一瞬夏樹の対応が遅れた。
手にしてたバックの中から取り出されたナイフ。それを両手で握り締めて走りよってきた。
「なにを………!!」
夏木は寸でのところでその身体を押しとどめ、事態に気づいた父親は朝子と徹をかばうように立ちふさがった。
夏木は、突き出された腕を押さえ、手からナイフを叩き落した。
「なんてことをするんですか、そんなことをしても………」
夏木の怒鳴り声にまどかの母親は、泣き喚いた。
「離してっ!こうしなきゃ………こうでもしなきゃおさまらないのよ、かわいそうなのよっ。この………、娘を、まどかを返してーーーーーーーーーっ!」
その叫びに、朝子が泣きくずれた。高崎の身体を押しのけ、夏木に取り押さえながらも叫び続けるまどかの母親の前まで這いずって頭を地に擦り付けた。
「申し訳ありませんっ、徹を、許してください、何もかも私が悪いんです、お願いです、徹を許してくださいっ
何度も何度も。徹には罪はない、すべて私が悪い、と朝子が繰り返す。
高崎は黙って頭を深く下げた。
徹は、とても幸せな気持ちで皆を見ていた。
………俺はこんなにも両親に愛されている。
罪を犯したのは俺なのに、俺の代わりに謝ってくれる両親がいる。それはとても幸せなことだった。
徹は、坪井の母親がナイフを持っているのに気づいたとき、そのまま刺されてもいいと思った。
求めていた罰を、ようやく受けることが出来るのだ、と。
いつも誰かに罰して欲しいと強く願って、やまなかった。
そうでないなら、許されない、取り返しの付かないことをしてしまった事実を俺に償わせて欲しかった。
それでも、夏木がこの場にいてまどかの母親をとどめてくれたことに感謝した。
坪井の母親に、俺と同じ罪を犯させるわけにはいかないから………。
このごろ、坪井まどかのことをよく思い出した。
思えば小学校からずっと同じだった。
よく笑って、やさしい言葉遣いをする子だった。
一緒に委員をやったこともあったな。
どうして俺は………坪井を殺してしまったんだろう。
どっかで彼女だけは違うと思いたかったんだろうか。そうでないと思ってしまったから、それは殺意に代わったんだろうか。
痩せた坪井の母親。ふっくらとしていたころを思い出せば、その面影は娘であるまどかによく似ている。
まどかに………会いたい。
徹は、足元に飛んできたナイフを拾った。
幸せな気持ちで心を満たされ、不思議と躊躇も恐怖もなかった。
ナイフを刃を自分の首元に押し当てる。後は引くだけでいい。
夏木が気づいて叫び声をあげた。それに応えるように、ただ穏やかな笑みだけを浮かべた。
音もなく突き立てたナイフは深く徹の首に突き刺さり、すぐさま抜き取ったため大量の血が噴出した。
赤い景色。
まただ………。
意識が遠くなりかける中、徹は母親にしっかりと抱きしめられるのを感じた。
遠い昔の懐かしい感覚がよみがえってくる。
父親の大きな手が、血を止めようと傷口を押さえた。
呆然としている坪井の母親。
夏木が何かを言っている。母親も、父親も。
だけど何を言っているのかは聞き取れなかった。
ひゅーひゅーと息が漏れ、それでも徹は最後の力を振り絞って言った。
「ごめ ん。こんなふ うに、し か、もう、つぐ… なえ ない っ
かの じょに あやま りに… いき… …たっ………」
償えた喜びか。
徹の死に顔は、不思議と穏やかだった。
犯罪の低年齢化とか。
精神分裂症による責任能力がどうとか。
胸がつぶれそうなえぐい事件のニュースとか。
なんでそんなことをしたのか、何らかの原因があったりすること、とか。
犯罪に巻き込まれるときはきっと突然だよね、とか。
心のなかで渦巻く感情、漠然とした不安であったりとか。
今手の中にある幸せが、なくなる恐怖とか。
他人への憤りとか。
償いたいと思う気持ちとか。
想像したことないの??って思うことがあったり。
私の中にあったぐちゃぐちゃなものの中から
ちょっとづつ拾ってつなげたもの、のような気がします。




