表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/3

入学式の日のこと

第1章 入学式の日のこと


入学式の朝、目が覚めた瞬間、息が浅いことに気づいた。

心臓の音ははっきり聞こえるのに、胸に空気が入ってこない。


夢を見ていた気がする。

でも、どんな夢だったのかは思い出せなかった。


シーツが背中に張りついている。

汗をかいていた。


深く吸おうとして、やめる。

そのままでも、体は動いた。


私は三上 華はな。

今日から、この学校に通うことになる。


「……やば」


時計を見る。

伊藤 美咲みさきと待ち合わせた時間まで、あまり余裕がない。


理由は分からないけれど、胸の奥がざわざわして落ち着かなかった。

ただの緊張だ、と自分に言い聞かせて支度を済ませる。


玄関を出たところで、スマホが震えた。


まだ?

遅刻するよー


美咲からだった。



校門の前で待っていた美咲は、私の顔を見るなり笑った。


「遅い。華、絶対また何か忘れたでしょ」


「違うよ。今日はちゃんと――」


言いかけて、言葉を切る。

何かを忘れている気がした。でも、何だったのか思い出せない。


「ほら、またそういう顔」


美咲はからかうように言って、私の腕を引いた。


「この学校、ほんとボロいよね。改装しまくってるらしいけどさ」


校舎は古く、ところどころ新しい壁や床が継ぎ足されたようになっている。

廊下の先が、どこにつながっているのか分かりにくかった。


「迷ったらどうすんの?」


「案内見ればいいじゃん」


美咲は軽く言う。

その軽さに、少しだけ安心した。



式が終わり、教室に向かう途中だった。


ハンカチがないことに気づいたのは、そのときだ。

制服のポケットを探しても、カバンを見ても見当たらない。


立ち止まっていると、声をかけられた。


「どうしたの?」


振り向くと、女の先生が立っていた。

年齢は分からない。落ち着いた雰囲気で、距離は近すぎず、遠すぎず。


「ハンカチ、忘れた?」


どうして分かったのか、一瞬考えた。

でも、制服を見れば分かることだと思い直す。


「これ、使って」


差し出されたのは、きれいに畳まれたハンカチだった。


「あと、教室はそっちよ」


先生はそう言って、指で方向を示す。

確かに、案内板はその先にあった。


「ありがとうございます……山本先生」


名札を見て、そう呼ぶと、先生は少しだけ頷いた。


そのとき、美咲が戻ってきた。


「なにしてんの?」


事情を話すと、美咲はすぐに笑った。


「この子、三上華って言うんですけど、忘れっぽいんですよ。

 メモ取るのが癖で」


「そうなの?」


山本ゆり先生は、少し考えるような間を置いてから言った。


「私もよ。忘れないようにするの、悪くないわ」


そう言って、胸ポケットから小さな紙を取り出した。


「せっかくだし、交換しない? 一言ずつ」


美咲が面白がって言う。


「自己紹介代わりにさ」


深く考えず、私はメモを書いた。

三上華、と名前だけ。


先生のメモには、こう書かれていた。


山本 ゆり

困ったら、声をかけて


「じゃあ、そのまま進んで」


山本先生はそう言って、私たちを見送った。


背中越しに聞いた声は、静かで、落ち着いていた。



教室に入ると、さっきのことはすぐに日常に紛れた。

席に座り、周りの話し声を聞いているうちに、胸のざわつきも薄れていく。


「変な先生だった?」


美咲が聞いてくる。


「普通だよ」


そう答えると、美咲は興味を失ったように頷いた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ