うるさいコンビニ
あのー、ここで忘れたい記憶を忘れさせてもらえるって聞いたんですけど、本当ですか?
えっ? 違う? 話しを買い取ってるだけ? 違いがよくわからないんですけど。はぁ、まぁ、忘れられるなら何でもいいです。
……それで、値段は?
何ですか? この書類。……なるほど、はぁ……じゃあこれにサインをすればいいんですね?
あとは、ここを読めばいいんですか? わかりました。こんなことぐらいで忘れられるならいいです。
『私はこれから話す話について、一切の権利を放棄します』
……これでいいですか?
あー、ちょっと待ってください。とっさにそんなこと言われてもなかなか思いつきませんって。
ペンネーム、ペンネームかぁ。あだ名みたいなもんですよね、それ。作家の。
それじゃあ、ペンネームは『アサ』でお願いします。
―――
『うるさいコンビニ』PN.アサ
通学路によく行くコンビニがあったんです。結構、繁盛してたと思います。いつ行っても人がいたので。
でも、店員の態度がすごい悪いんですよね。こっちのはなしを聞いてるんだから聞いてないんだか、みたいな反応の薄さで。
他には、商品もすごい雑に扱ってましたね。いつ行っても。へこんだやつが並んでないのが不思議なくらい。いつもガサガサうるさかったです。
それでそのコンビニ、今度閉店することになって。閉店セールでもやってるかもって思って、いつもみたいに寄ったんです。
あいにく、俺と同じこと考えてた人間は多かったらしくて、もうどの棚にもほとんど何もなかったんです。半額とか、そういうのが書かれた値札はあったけど、商品は無し、みたいな。
いつも見かける店員も一人しかいなくて、じゃあ帰るかって思ったら、いつもの音が聞こえたんです。
でも、その時の店内ってどこもかしこも空っぽだったんですよね。パンとかも全然なくて、かろうじてお弁当が数個あって、みたいな。それなのに、いくつもの袋を探ってるみたいな音がするんです。近くから。
店内には俺と店員の二人だけで、その店員だって手にモップ持ってたし。
でも、明らかに店内から聞こえるんです。それこそ、棚の向こう側からぐらいの近さで。
だから、見ちゃったんですよね。音がした方の棚を。そしたら、目が見えて。
棚の隙間から、目だけが見えたんですよね。俺を見てる。
それでその目が、すっと細められたんです。
あ、ようやく気がついた、みたいな。
顔は見えませんでした。身体も見えませんでした。棚は、あんなにすかすかだったのに。
目って言っても、すごく干からびてて、しわしわで、それを見て俺、今まで聞こえてた音が何か、わかったんです。
『それ』が瞬きしてる音だったんだって。瞬きするたびに、瞼と目玉がすれて、あんな音がしてたんだって。
これが俺の忘れたい話です。
……もういいんですか? でも俺、まだ全然覚えてますけど。
寝て起きたら忘れる? 本当ですか? それ……でもまぁ少し、気は楽になりました。俺は怖かったのに、友達に話したらすごい馬鹿にされて、でもやっぱり怖くて、それでここに来たんです。
大丈夫です、忘れても。もうそのコンビニ、来週には潰れるし、俺も進学の関係で来月には他県に行くんで。
むしろ、覚えてるほうがなんか、嫌です。
あ、猫。かわいいですね。……えっ、クロって言うんですか? 三毛なのに?
……うん、かわいいと思います。えっと、それじゃあ、失礼します。
ありがとうございました。




