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苦手な方はご注意ください。

凸配信!悪役令嬢ベルナ屋敷

作者: からん

一発ネタです。


録画のマークがつき、スマホで映像を確認すればすぐにコメントもついた。問題ないと判断したイアーは慣れた手つきで自撮りの状態にする。


「はい、ばんわ。今回は悪役令嬢屋敷として有名なベルナ屋敷への突撃配信だよ~」


:こん

:またか

:え、やばくない?そこブーゲン国の屋敷でしょ

;いや死人がでるホラースポット凸とか迷惑極まりないだろ

:不法侵入乙です、通報しますね!

:初見ども黙れ黙れ

:まーた自殺行為してるよコイツ


コメントが続々とついていく。この予告にない配信に態々反応するということは通知設定を入れている常連ぐらいだとは思うが、見る限り初見もいるようである。気にせずザクザクと生い茂った草むらを分け入り、屋敷の門へと近づいた。カメラを向けて薄暗い空模様と気味の悪いかつての貴族の屋敷を映す。コメントの流れは早くなる。同時視聴者数も増えていった。


「初見さんいるっぽいんで、いつもの立ち入り許可証みせときますねー」


:許可証っていうか宣誓書

:救助とかしないし死んでも自己責任でよろwwって書類やん

:本気で入るの?!

:ここってビリア市の有名な封鎖区域じゃん


門を前にすると明らかに空気が違うことが立っているだけでわかる。じっとりと雨が降るような予感が肌を撫でる。門には年代物の錆びた鎖がまかれているが、それだけだ。がたがたのレンガは十分に足場になる。高さもそれほどではない。


「屋敷に入るのに、門を乗り越えるのも簡単なんですが実はこっちの鉄柵が壊れてるって話なんですよね」


:うわ、まじだ・・・え?

:いやいや何?黒いんだけど

:獣道ってことじゃなくて?

:下調べばっちりかよ


「ここだけ泥炭地帯か?」


:普通に入っていきよる神経海底ケーブルかよ

:最初言ってた悪役令嬢屋敷って何?有名なの?


門の周辺を埋め尽くすのびのびとした雑草の中、柵の壊れた場所だけ黒々とした湿気た泥道のようになっていて、目立っていた。踏みつけた感触が妙に粘っこい。踏み固められた獣道ではない。明らかに雑草が生えていない道だった。


壊れて隙間の大きい柵をくぐると、空気が変わった。国が施している封印措置はきちんと作動しているとみていいだろう。


「そうだね、こっから屋敷まで結構距離ありそうだし説明するわ」


:国指定の封鎖区域のくせに情報あんま落ちてないもんな

:そもそも生きて出れた人間が少ないんだよ

;噂ばっかり広がって実態が見えないから凸配信一時増えたんだよね


「悪役令嬢ってのはシャリル・ベルナ、元々この屋敷に住んでいた公爵令嬢のことだよ。二百年は前のことだけど、このシャリル嬢が婚約者たるジョン王子と懇意にしていた男爵令嬢をひどく虐めていたという話があってね、それが原因でジョン王子に愛想をつかされたらしい。何故か当時は大スキャンダルになってシャリル嬢は幽閉ののち修道院送りとなっている」


:そのへん資料が少なくて詳細わからんのよね

:ジョン王子を悲劇の王子とする寓話いっぱいあるやん

:いや、最近の研究としてジョン王子が我儘で廃嫡されたって向きもある

:ホラースポット扱いはいつから?


「教科書的にはそれだけ。でも実際のところ幽閉された後シャリル嬢は修道院へ行くことなくこの屋敷で亡くなっているのではないかという話だ。というのも当時突然この屋敷で使用人を含め30人以上の人間の死体がここで発見されたんだ。その中には男爵令嬢とジョン王子、シャリル嬢のご両親の死体も発見されたんだよ」


:幽閉されてたの王城の塔じゃねぇの

:ジョン王子のその後ってそういえば資料ないね?

:その時期はジョン王子ではなくジャック王子が戴冠したはず


「そう、この屋敷の謎。シャリル嬢の死体の行方も、何故屋敷内の人間全てが死んだか。それらはわかっていない。シャリル嬢によって大量殺人がなされたという見解も多い。そしてこの屋敷は呪われてしまったのだと・・・俺が突撃するのはそれを知りたいから!わかったかね諸君」


気取った喋り方でカメラに向かって指をさせばコメントには調子に乗るなこの野郎なんていう罵倒がいくつか飛ぶ。慣れたものだ。いつもの常連たちだろう。


:歴史ミステリー解明なんだ?!

:ホラースポット解体ですよ

:こいつの凸配信で内情わかって封鎖解除に至ったのもあるからな

:浄化部隊が動いたりね。

:イアー自体は浄化魔法使えねぇのによくやるよ


「死体の詳細は伝えられてない。何故なら全て怪死として処理され、直後にこの屋敷全域と周辺3キロを全て封鎖した」


屋敷へ向かってゆっくり歩くイアーはカメラを構えたままだ。その映像に、いくつか人影が見えるとコメントは盛り上がっている。イアー自身の目視では何もみえない。


「封印の処置と判断は当時のブーゲン国神聖魔法部隊隊長によって行われ、結界は二百年保たれている。だがここ数年迷い込みが増えていて、俺のような凸配信者も来るようになった。ホラースポットとして有名になっちゃったのは、そんな屋敷に入ってしまった人間がほぼ全て戻ってこないから」


:一人も機関車おらんの?

:トーマスか?

:帰還者な、おるよ

:一人は発狂自殺、一人は呪いの解除ができずそのまま死んだ

:は?屋敷から離れても呪い解けないの?激やばじゃん

:さっきからやばいって言ってんじゃん

:言っとくけど悪役令嬢屋敷はA級封鎖区域やぞ


A級って何?なんて疑問と解説が飛び交うコメント欄を一瞥して、屋敷の扉を見上げる。二百年前の時点で既に結構な年代物だっただろう木製の扉だ。イアーは開かなければ蹴り破ろうかと思っていた。


「鍵は掛かっていないとは聞いていたけど・・・歓迎されてるのかな?」


:開いてるー!

:怖い怖い、風で開いたんだろ?そうだろ?


「チキンな視聴者様は気を付けてねぇ、如何にもな雰囲気だし」


:少しは躊躇しろ!既になんか声するじゃん!

:気づいてないのかくそ鈍感が!

:相変わらず本人気づいていないけど俺らがビビりまくる構図じゃん


「あらら、なんか映ってる?声?わからんなぁ」


:ポンコツ零感!

:音声抽出してノイズ消しました、共有します。URL

:ばっか!シェアするのはハッピーだけにして!

:風の音じゃなくて確実に呻き声・・・

:クリックするやつ愚かすぎるじゃん


盛り上がってるなぁ、と思いながらカメラをぐるりと天井から床まできっちり映す。妙な声が聞こえるとコメントでは賑わっているがイアーには少しの家鳴りぐらいしか耳に入っていない。目の前にすぐ階段と踊り場があり左右に階段は別れている。その階段を無視するならば奥に扉は二つほど、さてどう探索していこうかと考える。


「しっかし妙に床が泥だらけだな、行方不明者がかなり探索したか?」


:お前はやっぱりアホだ。泥の固まりなのに足跡になってねぇだろ

:俺の乱視ひどくなっちゃった、泥がブレて見える

:イアーくん手振れしてない?


「手振れ?このカメラそのへん高性能よ」


白い大理石に広がる荒れた泥、違和感はあるものの気にせず探索をする。先に二階へ行ってしまおうと階段を登り始めた。いくつもある窓は当然二百年以上前のデザインで、カメラを向けるとコメントで芸術方面での特定をしている人間があらわれる。中々面白い視聴者が揃っているなと思う。


「足場も悪くなさそうだし上から順番にいくわ」


:こんだけ完璧に窓が残っているのは素晴らしい

:封印処置してるとやっぱ窓とかも壊れないんだ?

:経年はしてると思うけど、形状の維持ぐらいは魔法かかってるかも

:窓割れないなら扉以外で脱出できないということでは

:は?こわ


そのコメントをみて、ふと振り返り入ってきた扉へカメラを向けた。開けっぱなしの扉はいつのまにか音もなく閉まっていて、思わず笑ってしまう。お化け屋敷なら大きな音で閉まるのにね、なんて言えばコメント欄で罵倒が躍る。


「はい、じゃぁ退路を絶たれたかもしれないので先進みまーす」


:おい、開いてるかもじゃん!ちょっと風で閉まったかもじゃん!

:開くかどうか一応確認しよ?!ねぇ!

:危機感どこに落としてきたんだ命知らず野郎め


窓から入る日の光は柔らかく、とてもホラースポットには思えない。廊下は毛足の長い絨毯が敷かれていて一歩歩く度に妙にぐしゅぐしゅ音がなり、水気を感じる。気持ち悪いな、と言いながら突き当たりの部屋から扉を開けて慎重に中へ入る。


「・・・埃が舞ってないな」


:倉庫?

:物置じゃん

:なんか武器になるもの探せ

:杖とか持ってないの?構えときなよ


「杖ねぇ、俺魔法使いじゃないのよー」


:魔法使えないのにホラースポットへ???愚かじゃん

:自殺志願者だと思うじゃん?何故か数々のホラースポットから生還してる

:杖構えなくてもせめて何か持っとけよ


ごそごそと書物っぽいものを取り出して中身を見てみたり、置物や奇妙なものがあればカメラを向けて映していく。めぼしいものは見つからない。本当にただの物置だ。


「使用人の日記とか見つからないかなぁ」


:ホラゲじゃねぇのよ

:二百年前の使用人まともに文字書けないやつばっかよ

:つーかその部屋は泥ないな


「本当だ。埃も泥もない。なんなら一番綺麗な部屋だったりして」


そんなことをいいながら物置部屋から出て、隣の部屋へ移る。そこは扉を開けた途端物置ではないことがわかった。二段ベッドが狭苦しく二つおかれていて、そのベッドには誰かが這いずったような跡が泥としてこびりついていた。土の山の部分が頭部か何かに見えた。


「・・・この泥、やっぱ人間では?」


:アイディアロール成功させんな

:見るだけで呪われそうな光景

:もしも人だとしたらそいつら使用人では

:うるさい生前を想像させるな殺すぞ

:骨抜きチキンが強い言葉使いだしたぞ


コメント欄が荒れてきていて、なんだか面白い。ベッドをひとつひとつ覗きこむが余計な荷物もなく、収穫はない。転がっている靴と着替えらしき畳まれたシャツは風化してボロボロだ。そこからいくつかの部屋を回ったが、似たような状態で、これらが使用人部屋だったと考えられる。同様に収穫はないので、さっと流し見をして次の部屋へ移っていく。


「あ、ここ執務系の部屋じゃね?」


:書斎じゃないのか?

:書斎にしては小さいだろ

:使用人部屋の続きで主人の部屋はねぇよ


今までの使用人の部屋より広くて豪華。だけれど質素で書類関連がある。家令か、それなりの執事の部屋だろうと辺りをつけた。書類があるということは情報があるということだ。ちらっと手に取り目を通していく。さすがに古くさい文字だが勘で読めそうだ。


両手を使用するためカメラを首に釣った。手袋をしたまま紙をペラペラめくっていると、紐で綴られた束は当時の財政状況や商人との契約書関係だとわかる。ズボラな人間だったのか、下書きや書き損じも挟んであったりした。


「・・・これ、養子縁組?」


:マリン・ベルナって誰?悪役令嬢?

:悪役令嬢はシャリルだろ

:サイン入ってないし、未完成の書類じゃないのそれ


「・・・マリンって、男爵令嬢じゃなかったか?」


:そうなの?ていうか知ってるん

:ってことは悪役令嬢がいじめてた被害者か

:え、なんで養子縁組になるの


「シャリルが幽閉されたの王国歴何年だっけ」


:王国歴89年

:婚約破棄が王国歴89年、幽閉は90年じゃなかったか

:封印処置されたのが王国歴90年冬だぞ


「この書類89年だ」


養子縁組の書類の他に婚約関連の書類もあった。


「公爵令嬢シャリルがジョン王子の手により婚約破棄され、その代わりのようにマリンは公爵令嬢として迎えられ、ジョン王子と婚約する流れだったってこと?」


:シャリル嵌められてるやん

:いやいやそれ公爵家にメリットないのでは

:茶番すぎる


「令嬢をそのまますげ替えるってできんの?」


:無理やろ

:ただの男爵家の娘を血縁もないのに養子縁組って貴族社会じゃ厳しい

:俺貴族名鑑とか色々持ってるしマリン、男爵家でちょっと調べてる

:貴族ゴシップや封鎖処置の怪談系の掲示板漁っといてやるよ


「他にもなんかねぇかなぁ」


机の抽斗を下から順々に開けていき、文房具や書類の束を出していく。金銭の類も残っていて、コメントでは歴史オタクが騒いでいる。サンプルとして持って帰ってこいなどと言っているが、基本的にイアーは持ち帰らないようにしている。うっかり呪われる可能性があるからだ。


「これ以上は無いかな、他何かあるとしたら書斎か」


:おい、何スルーしてんだよ

:え、また俺らにしか見えてないの

:イアーさん!イアーさん!机の染み!見えてますか!


「あらら、染み?ほんとだ。いやでも最初からあったくね?」


:ねぇよ馬鹿!

:出ましたわねイアーのおとぼけ節

:たったいまこぼれたみたいな鮮血でしょ!

:ふざけろインクだろ?!倒したんだろ?!血なの?!


「次の部屋は~あ、リビング?」


コメントが騒ぐように机に赤黒い染みが掌以上の大きさで存在した。それは時間とともに広がっているような錯覚を受ける。イアーも突然その染みが現れたように思ったが、最初からあったようにも思えて首を傾げた。間違い探しでアハ体験をするような心地で、正直びっくりとかではない。


とっとと次に行こう、と部屋を出ればその廊下の部屋はそこで終わっていた。突き当り右手側へ曲がれば、中央付近に広い談話室のようなところがあった。廊下は花瓶やチェストなどが荒らされたように倒れていたが、その部屋は割と綺麗なままだった。暖炉もソファもそのままで、泥臭さも少なかった。湿気たカーペットでもなく、なんならイアーは一旦ここで休憩しようかな、なんて軽口を叩けるレベルだった。


「あれ、これドレスじゃね。なんでこんなに?」


:服選んでたんじゃねぇの

:仕立屋が来てたとか?布のままのもある


「・・・サイズ的にこりゃ少女って感じだが」


:夫人にしちゃ露出の多いデザインだわ

:シャリル嬢の服処分してたとか

:考えたくないけどマリン用じゃね


「あ~やめやめ、次いこっか」


:待て!調度品を全て写せ!貴重な資料だ!

:シャリル嬢の怨念こもってそうな部屋

:マリン嬢に関して続報があるんじゃが・・・

:まじ?気になる


「あらら、男爵令嬢特定された?」


:まずシャリル・ベルナが婚約破棄された際のパーティが王家主催だったから招待客から割り出したぞ

:有能ニキだ

:そんなデータ遡れんの?!


イアーは有能な視聴者による情報提供を確認するために軽く休憩がてらソファに座った。近くの調度品をゆっくり映して有能ニキのコメントを待つ。


:男爵令嬢の名前はマリン・ウィカム、保護者はベンジャミン・ウィカム。問題はこの男爵は商人としての実績からもらった一代貴族らしい


「じゃぁマリンは庶民じゃねぇか」


一代貴族はその文字の通り、名誉を受けた本人だけのものであって代々貴族籍がもらえるものではない。子供はただの庶民なのである。それが何故ジョン王子と懇意に?と首を傾げれば、そこは有能ニキも気になったらしく、魔法学校について調べたらしい。


:魔法学校も当時は貴族と庶民とで別れていた。なのにマリンはジョン王子たちと同じ所に入学している

:二百年前なら貴族学校に庶民が通うなんて無理だろ

:きちんとした貴族の推薦が必要だったと思う

:おいその机のレリーフをもっと映せ

:マリンはもしかして凄い魔力だったとか?


有能ニキの書き込みが流れすぎないようにコメント量を調整してくれていたらしいが、一気に書き込みが増える。調度品マニアが一人うるさいがコイツは常連でいつもこうなので仕方がない。


:当時の魔法学校の金の流れとか調べたんだが、マリンの入学金とか工面したのはベルナ公爵らしい

:おや

:おいおい、公爵と男爵で繋がりがしっかりあったのか


「待って、マリン令嬢の保護者が男爵だったわけだけど関係って親子?」


:いや、祖父だ

:マリンは男爵の孫?!

:なおさら庶民やないか


ややこしくなってきたな、とイアーはそろそろ移動するか、と思い立ち上がった。


「表向きは男爵の孫として、でも実際養育してたのは公爵だったてことよな」


:そりゃつまり

:やだー!聞きたくない!

:まってわからん。どういうこと?

:公爵はマリン令嬢を認知してた


「マリンは公爵の愛人の子供である可能性がある、じゃない?」


その愛人が男爵の娘であればさらに納得がいく。成程、腹違いで血のつながりがあるなら養子縁組も可能かもしれない。もしかしたらシャリル令嬢がいじめていたのも、義理の妹で複雑な感情があったのかもしれない、なんて言えばコメントは議論が活発になる。もう目で追えないので無視して廊下を進んだ。


廊下はやはり泥と湿気と横倒しになった棚や椅子が転がって歩きにくい。


「さっきから廊下さぁ、倒れ方がなんていうか」


:言うな、見ないフリしてたから俺

:俺ゲームで倒す側やったことあるわ

:わかるわかる、完全に道塞いでる倒し方


「そうそう、チェイス跡って感じ」


ははは、なんて笑い声が響く。イアーは追いかけられる可能性あんのかな、と少しばかり呻いた。イアーは身軽さに自信はあるが持久走が苦手だ。


:怖いよ、何に追いかけられるの

:セーブポイントください頼むから

:さっきのリビングは荒れてなかったんだぜ、意味わかるか

:安全地帯

:手前で捕獲されてる

:なんでそんなこと言うの!!!


「おっと・・・」


:いやーー!!!土!ほぼ人型じゃん!

:はい泥人形確定です~

:土饅頭


次に入った部屋はもう入り口で人が倒れたような土くれの山があり、部屋の壁には人を殴って血が飛沫したかのような痕が残っていた。だが痕は血ではなくおそらくは泥。


「・・・鬼は泥人形?」


:ゾンビかも

:その土動き出したりしない?


泥が乾いて固まった汚い絨毯は歩くとじゃりじゃりと音をたてる。人の形に盛り土になっている部分はさすがに踏まぬようにして、部屋の中心までいけば、そこがずいぶん華やかな部屋だとわかる。カーテンや天蓋ベッドの広さ、装飾、絵画や散らばったアクセサリーなど、派手で金がかかっている。


:調度品をみるに若い女性の部屋だな

:調度品マニアさん!

:それは俺でもわかるぞ

:つまりシャリル嬢の部屋か


「う~ん、この荒れた本棚と机、既に家宅捜索してんな」


:誰だろうな、先人の凸配信者か神聖魔法部隊か

:ていうかそこ暗くない?

:外まだ明るいはずでは

:トイレいけなくなること言うな

:つペットボトル


アンティークな机の上には日記らしきものや本など開いたままで、一見して泥棒が入ったような状態だ。しかもあちこち泥まみれで、書物類も読めるものは少なそうだ。汚れるのやだなぁと思いつつもだからこそ手袋をしているんだろう、と自分を奮い立たせて一番上にある本を手に取った。ペラペラとめくってみるが宗教系の本らしい。


「これ、よくわかんないけど邪教批判の本か」


:民間信仰差別ですね

:二百年前ならあるある

:熱心な国教信徒ならあってもおかしくない


「ふぅん、こっちは日記か」


:泥まみれじゃん

:それ以前に字汚いな

:まって、それ本当にシャリル嬢の日記か?


「違うかも、日記っていうかどうみても字の練習帳だわ」


アルファベットを何回も書き、単語を何回も書いて練習しているのがわかる。途中で投げ出すようなペンの荒れたところもある。その拙さを見ると、公爵令嬢のものとは思えない。しかも日付からすればシャリル嬢の幼少期のものでないのは確かだ。


「ここ、名前を練習してる。マリンだ」


:その部屋マリン嬢の部屋?!?!

:なんで部屋あんだよ!?


何回もマリンと書かれたページを指させば、ぞっと背筋が冷えた。なんだ、と思えば持っていた単語の練習帳が泥に侵食されボロボロと土くれになっていく。慌てて手放して振り返れば、乾いていた土くれたちがじっとりと湿りはじめて見えた。泥になり、蠢く。


「予想外、何がきっかけだ?」


コメント欄は阿鼻叫喚だろう。すぐに逃げたいところだが扉の前を陣取っている土饅頭がどんどんと人の形になっていく。そして人型の土くれもまた、泥として捏ねられているように見えた。


「ははーん、この土二人分だったのか」


:なにドヤ顔してんの?!バカなの?!

:火つけろ!もしくは水!


素早さはないものの何が起こるかわからないため不用意に近づけない。だが泥人形はずるずるとイアーへ近づこうとする。触れられるのは良くないと本能的に悟り、手近にあった椅子で薙ぎ払う。所詮は土だ。上半身が吹っ飛び、壁には血痕のような飛沫痕が増えた。残された下半身はゆっくりと形が崩れていく。椅子で戦えるな、とわかればこっちのものだ、土饅頭から人型になる途中の鈍間な泥人形を椅子で殴打して崩した。


:シャベルだ!

:スコップあった!

:は?


「はい呼び方で喧嘩しない。これは円匙です、いいね?」


土饅頭の下にあったらしい大型の円匙。泥人形となって動いたせいで姿を覗かせたらしい。それを取り上げて、念入りに泥人形を突き刺し、掘り返して土を広げておいた。広げれば広げるほど鉄臭さが鼻をついた。どんどんと水分がなくなり再び乾いた土くれへと戻っていく。


その作業は終わったものの、円匙を手放す気にはなれず、武器が手に入ったなぁ、とイアーは持っていくことにした。コメント欄では泥人形が相手ならばバールに匹敵すると喜びの声があがる。泥人形がまた復活するかもしれないので部屋からは足早に離れた。


「あそこがマリン嬢の部屋ならもう少し調べたかったけどな」


:ていうかたぶん先人が戦った後だよね

;さっきの部屋の壺が気になる

:壁の汚れを見る限りスコップでなぎ倒したはずだよな?なのにそいつも土になってんの

:え、ということはイアーも泥人形に?


「う~ん、ぞくぞくしてきたね」


:へ、変態だー!

:くそマゾ野郎がよ

:命知らずくん頼むから公開自殺やめてね


というよりも荒らされた本などの汚れ具合から、先人はあの部屋にたどり着いた時点で泥人形と化していた、とみるのが正解な気がする。ならば自分は大丈夫だろう、とイアーはそれなりに余裕があった。


「詳しくないけどあの泥人形は呪いでいい?」


:ホラスポ凸配信者がなんで詳しくないねん

:土魔法由来でゴーレム系の可能性は全然ある

:魔法と呪いってなにが違うんや

:魔法陣とか術式みたいな工程が違ったような


「ここから脱出成功した人で呪い解けなくてそのまま死亡したってあったけどさ」


あれって土になっちゃったのかね、とイアーが言えばコメントは考察する人間と調査する人間とで慌ただしく流れていく。


:イアーの言う通りだと思う。調査報告書の病院記録に土が侵食する呪いって記載がある

:何かしらで感染する呪いか?

:屋敷の人間全員泥人形になってて感染するかもだから手早く封鎖したってことか


「ということは、こっから先さらに泥人形でてくるじゃん」


円匙手放せないなぁ、と肩に担いで移動をした。

次のドアは少し遠い、泥は少ない。他よりも豪華な扉へカメラを向けて、ゆっくりと押し開ける。クリアリングが大事だぞ!なんてコメントを気にしてではないが、円匙の柄をしっかり握って警戒をした。


「おっ今度こそ書斎でしょ」


:漁ろう

:泥がないね

:つまり当時人がいなかったんだな!


「うわ、黄ばんでるしボロボロ」


:窓の傍の書類は全滅だな

:当時まだ羊皮紙?

:いや、製紙技術はあったと思うけど


机上にある書類の束、判子、万年筆、散らばったそれらを軽く確認していたが、あまり興味がそそられるものはなかった。面白そうだったのは抽斗を開けてすぐにあった鍵がかかっているだろう豪華な白い箱、そして封蝋を割ったりペーパーナイフで既に開封されている手紙の類。関連する書類もセットにされているのだと思う。


「まずはこの開封済みのお手紙からかな」


便せん、書類に一枚ずつ目を通していく。その間無言になるがこんなことは慣れっこな視聴者は机の上の映像のままコメントで騒いでいる。暫くして、イアーは置きっぱなしにしていたカメラを手に手紙を映した。公爵家に行儀見習いとして男爵令嬢を送るという内容の手紙だ。


「みて、マリンは男爵令嬢の行儀見習いとしてこの家にかなり早い段階で引き取られてる」


:さっきの部屋は行儀見習いってこたぁないわ

:完全に娘扱いじゃん

:建前上行儀見習い、実質養子か

:おいおい奥さん許したんか?


「シャリル嬢もジョン王子もマリン嬢を義理の妹として接していた可能性が出てきたな」


:そうなるとジョン王子と懇意にして嫉妬ってなんやねんって感じ

:完全にジョン王子が姉から妹に乗り換えたクソ野郎になるんやが


「お、お?新聞あるやんけ」


:それ新聞なの?

:古いニュースペーパーだよ

:うっわ、邪教って書いてる


随分劣化していて字が潰れているが、見出しの大きな文字にはベルナ公爵令嬢の名前がある。軽く流し見すると、ジョン王子の婚約者たるシャリル令嬢が邪教徒であるという疑惑があり、婚約破棄に踏み切ったという内容だ。イアーは眉を跳ね上げて嫌な顔をした。


「スキャンダルになったのってそこなんだ?」


:よく考えたら普通はシャリルがマリン虐めてようが話題にもならんわな

:話題になるとしたら婚約破棄だろうが、ジョン王子が一方的にってなるとな

;邪教について何もわかっていないんだが

:僕も話についていけてません

:邪教かよ。裁判なし幽閉コースに納得したわ


「なんで後世に邪教の話残ってねぇんだ・・・まぁそのへん色々わからんので保留にして、本命こっちですわ」


机にうやうやしく置いたのは抽斗にあった色とりどりの宝石が輝く豪華な白い箱。引っ張り出したはいいが魔法で開かないようになっているようだった。こういうのは物理的な手段で無理に開けるのは期待できない。う~ん、とイアーは視聴者にどうしよう?と問いかけた。


「この箱絶対大事なものでしょ、何かあるじゃん」


:魔法の種類を特定したいな

:大理石製の箱、各種宝石の豪華さと真ん中の配置されたカメオのデザインから王家に関係するものだと思われる。現在ブーゲン国立博物館が所蔵している王太子の箱と呼ばれる王家が代々受け継いでいた箱とデザインが似ている。

:スコップで一度叩いてみるといい

:魔法が物理で壊れるわけねぇだろ

:ノンノン、叩いてみた際の拒絶反応光をみるのだよ

:有識者いっぱい

:癖のある有能ニキだな

:調度品マニア全力でスルーされとるやんけ


「拒絶反応光か、おっけぃ叩いてみよう」


アドバイスを受けてカメラを設置、躊躇なく箱へ円匙を振り下ろす。箱へ接触する直前でバチッと静電気のような音とともにはじかれる。それは予想通りのためイアーは慌てることもなくカメラを確認する。コメントは放たれた光の色について書いてくれていた。


:黄色

:ピンク

:紫

:宝石に準じた色合いだった気がするな。

:では魔法の触媒は箱の宝石だ。


「えーと、防御魔法と幻惑魔法と毒魔法がかかってるってことか」


箱の宝石が触媒ということで理解したが、防御魔法がかかっている以上その宝石を傷つけようとすれば拒絶されるだろう。コメントにはカメオに特定の魔力を注ぐと開くものだと思われるという結論になっていた。イアーは俺魔力ないんだけど!と言って頭を抱えた。もちろんこの場合当主の魔力が必要なのでイアーの魔力は関係ない。


:シグネットリングないか?

:封蝋のやつ?あんなもん当主の指にしかねぇだろ

:魔法かかったシグネットリングは魔力貯めるんだよ


「ははーん、なるほど。当主がどっかで泥人形になってるのを見つけるか、この部屋に予備があるかだな」


その書斎中を探し回ることにした。シグネットリング、もしくはそれに相当する魔力を貯めた物品があればと思っていたのだが成果なし。これは諦めるか、と白い箱は一旦背負っているリュックに納めて移動することにした。盗難防止の魔法は掛かってないため持ち出し自体はできることは確認している。


「さぁて、ベルナ公爵の泥人形を探すぞぉ~」


:最悪な探索だ

:おい、本当に書斎に隠し扉はなかったのか?!

:さんざん試したじゃねぇの、ないよ

:窓枠を映してくれ!

:絵画の裏にパスワードとかないのか


「はい無視無視~そろそろ日が暮れてきたからねぇ」


コメントを無視してさぁ次の部屋だ、と先ほどの慎重さを忘れてパッと開けた。言い訳をするならば、書斎内に泥はなく、壊した泥人形が復活して追いかけてくることもなく、結構な時間を過ごしていたからすっかり危機感を失っていた。


ぼた、と重たい泥の音がする。

ドアを開けたその部屋は窓の光が入らないほどに一面泥まみれで、もはや部屋ではない。よくて洞窟、流動する泥は何かの動物の体内のように思えた。ぼたぼた、と湿気た泥が乾くことなく今も蠢き、天井から零れ落ちて、床にたまっていく。一部は石筍のように盛り上がり、それは目の前で伸びていく。


生きているようだ、と思った。


「おわぁああああ!」


:きゃーーーーー!!!

:おぎゃあああああ!!!

:くぁwせdrftg


泥があふれてくるのに気づいて慌てて扉を閉めた。それでどうなるかはわからないが、イアーは冷や汗をそのままに一気に階段を駆け下りた。あの扉を超えて泥があふれてくるならばもう脱出は玄関しかない。その可能性を視野に階段の踊り場まで降りて一旦立ち止まる。じっと扉を見つめるが、泥があふれてくる様子はない。ほっと安堵のため息をついてコメントとカメラを確認する。走る際に結構振り回した。


「さっすがにビビった。何あれ、親玉?」


:泥人形の巣じゃん

:泥人形に取り込まれるところでしたわね

:画面酔いした


イアーは仕方ない、と一旦一階を探索することに切り替えた。二階はまだ部屋があるし、なんなら屋根裏や隠し部屋くらいあると思っているが、魔法が使えないイアーは無茶をしないことが一番だ。


「はい、ここは~一階のキッチン」


:流石中々の広さ

:ブーゲン国式だな

:恐怖の泥まみれやんけ・・・

:ノートぶらさがってる!

:仕事の最中に泥人形になりました感


「お、本当だ。読めるかな~」


棚に紐でぶら下がっているノートを見て、すぐに手に取る。全体的に白いキッチンの何箇所かで土饅頭ができあがっているのは避け、ノートをゆっくり見るのは入口まで戻って退路を確保してからだ。


ぺらぺらと斜め読みするが、どうやらシェフ二人による連絡帳といったものらしい。業務日誌というほどの堅苦しさはなく、連絡事項の共有レベルだ。時折レシピなどもかかれていて、見る人が見れば中々の資料だと思った。


「・・・シャリル様がお気に召したスープのレシピ?油じみとか日焼けでインクも飛んでるな」


:おい今飛ばしたページにマリンの名前あった!

:男爵訪問でコース料理出してるじゃん!

:83年は読める


「ん~と、ここの字、行儀見習であってる・・・」


:あってる。

:くどい言い回しだけど男爵令嬢マリンが行儀見習いに入ったって。

:当時のスラングだがはっきり公爵の愛人ってかいてあるぞ!

:そうなるとこれ愛人の子供だから仕事させなくてもいいってことか?

:これでマリンが十歳かそこらから公爵家にいたことがわかったな


新人のマリンとかいう女は使い物にならない、という愚痴っぽい連絡に対して、筆跡の違う文字が愛人の子供だからじゃがいもの皮むきなんてさせなくてもいいという走り書きがされていて、そんな連絡事項はそこから増えていく。マリンの食の好みや、我儘、シャリルへの同情さえ書いてある。


「マリンがシャリルの食べてるものを羨ましがるから一緒のもの提供しろって、おいおいマジかよ・・・建前どこいった」


:しっかり家族やんけ

:マリンの記述多すぎ。我儘放題かよ

:これ確実に身分差わかってないだろ


「・・・あ、こっから89年だ。シャリル様が婚約破棄されたのは邪教徒であるからというが、彼女は食事にトカゲも蜘蛛も求めなかったよな?って聞いてる。返信でマリンがまた嘘をついたのだろうって」


:よくそんな謎の単語読めるな

:イアーは古語が得意

:また邪教でてくんの・・・

:マリンが常習的な嘘つきであることが判明いたしましたな


「新聞でもそうだけど、邪教ってそんなに駄目だっけ」


:破門や破門

:当時の破門は人権なしの野たれ死によ

:国は違うが魔女裁判みたいなもん

:どのコミュニティにも入れてもらえないし何されても助けてもらえない


「へぇ~それって疑惑の時点で政治家的に詰みでは??」


:公爵家ってなると大スキャンダルだわ

:婚約破棄もやむなし

:ていうかそれが原因じゃん?裁判なしに幽閉

:もうシャリル嬢切り捨てだよな


「え~と纏めると、小さい頃から腹違いの妹が我儘放題でシャリル嬢の婚約者ジョン王子に邪教信徒だと嘘を吹きこんで婚約破棄に追い込み、シャリル嬢は親からも見捨てられ幽閉、代わりにマリンが正式に養子縁組して娘にってとこ?クソじゃん!」


:後世に悪役令嬢の汚名まで残されて・・・

:マリンがゴミ

:王家どういう対処したんだよって問いただしたいんだが

:あ

:あっっっっ

:後ろ!イアー!後ろ!

:逃げろ夜逃げおr11

:パニック映画やん


後ろ、という文字に振り返れば、キッチンの土饅頭がずるずると泥人形と化していき、イアーに迫るのが見え、何も考えず反射で頑張って持ってきた円匙を振りかぶった。力を入れすぎたのか、泥人形は真っ二つになり、大理石の床が嫌な音を立てるが、気にしてられない。見ればキッチンは三体もの泥人形が出来上がっていた。


「うわっまたか!泥人形復活!」


円匙さえあれば最強よ、と言いたいところだが何回でも復活するならばじり貧だ。このキッチンは吹き抜けになっていて閉める扉もない。何が起こるかもわからないので泥へは触れたくない。手前にいた一体だけ薙ぎ払ったものの、あと二体は奥にいた。広いところへ移動しようと来た道を戻ろうか、別の場所へ行こうかと迷う。


「やっばいな!こっちは、応接室?!泥だらけじゃん!!


:画面酔う酔う

:追ってきてるじゃん!!

:塩!塩ないの?!

:塩はキッチンでは

:本末転倒すぎるwww

:ゾンビスピードでよかったな

:まて、応接室の泥は人形となっていない。


ざり、と踏んだ泥。滑り込んだ豪華な部屋はソファかカウチか、並べられた家具に四つ、土が山になっていた。だが動いて人の形になったりしていない。ただの土饅頭の状態だ。イアーを追ってやってきた泥人形は何かを求めるようにイアーへ両手を伸ばす。もちろん触れられるつもりなどないので円匙で叩き落し、すぐに振りかぶって頭から真っ二つにした。


:泥人形が復活してしまう鍵が何か知りたいな

:イアーに魔力がないんだから他か!

:お前らなんでそんなに冷静なの?!

:イアー死ぬな!まだこの屋敷が気になる!!!

:常に動いていた泥というならばあの泥まみれな部屋だ

:あそこに泥人形はなかっただろ!巣だったけど!

:は?!?!最初のビビりチキンの皆どこいったの?!俺だけ?!

:コメントできる時点で余裕だろお前


「鈍間で助かった~」


流れのはやいコメントを少し戻って見直したりして、泥人形復活の鍵の考察をする。触りたくないと今も思っているが、泥を漁ってみるのもありかもしれない。マリンの部屋でもやったことであるし、復活が遅くなるかもしれない。イアーは恐る恐る円匙で土くれと化した泥人形をつついたり掘り返したりしてみた。


:そういや泥人形って邪教の呪術?

:邪教か?見立て呪術なんてどこにでもありそうだけどな

:土を漁るならその四人のほうがいいんじゃないか

:キッチンにいたってことは使用人だもんな

:うわ、泥から服とか出てきてるじゃん


「・・・元の人間が所持してたものが混ざってるっぽい?」


そこでイアーは閃いた、と言ってアドバイス通りに四つの土饅頭を崩した。応接室であるしこの四つのどれかが公爵だと判断したのだ。上から削るように薄く土を広げると、石ころのようなものをぼろぼろと床へ転がっていく。その中にきらりと鈍く輝いたシグネットリングがみつかり、コメントはお祭り状態となった。


「ラッキー!リングあったわ、ということでこれ公爵。隣が夫人だな」


:散らばってる石ころみたいな白いの、もしや骨

:歯と頚椎、のどぼとけかな

:シグネットリングちゃんと魔力残ってるかねぇ

:おげぇ・・・

:高そうなブローチ、夫人のでしょうな

:地味に髪の毛も混じってるし


「こっちはマリン嬢だな」


土を払えば派手な指輪がでてきて、シグネットリングではないものの魔力を貯蓄してそうだ。光に当てて眺めていると、その指輪は何かの引力によりイアーの手から逃れた。ぼちゃん、と音をたてて沈んでいき見えなくなった。乾いた土くれだったはずのイアーの足元はじっとりと水分が染み渡り、後ずさりをした時にはどろどろと蠕動する。


「あー・・・流石にわかった。復活の呪文はマリンだな」


同時に四体の復活、そして先ほど叩き潰した泥人形も再復活。ほぼ囲まれている状態、これは駄目だとイアーは一目散に逃げようとした。完全に復活する前に部屋を飛び出るも、靴やズボンに付着した泥が這い上がって来るのがわかって背筋が冷たくなる。気持ち悪くて靴と靴下を慌てて脱いで捨てた。逃げ場がわからず扉を開けた先は渡り廊下のようなところだった。


「庭・・・?外でれんのか」


:屋根があるからたぶん無理

:封鎖の対象で廊下の範囲から出れないと思う

:ていうか別館があるのね


光景だけみれば屋根と廊下だけ、吹き抜けになった部分から外へ出られるだろうが、封鎖結界の魔法では窓のような扱いらしく、そこから人間が抜けることはできない、つまり外だー!とこのまま逃げられない。


「靴下だけは予備もってきてたけど、靴どうしよっかなぁ」


渡り廊下に泥はない。イアーは安心して扉を閉めて座り込む。泥人形は扉を開く動作はできないようであるし、追ってはこないだろう。素足をウェットティッシュで拭い、新品の靴下をはく。全身に泥がついていないか確認してからようやく安堵のため息をついた。コメントをチェックすればお疲れ、という労いや煽るようなものが混ざる。


:段ボールとビニール袋とテープなんかで靴の代わりにしたらどうだ

:足の速い敵でなくてよかったな

:復活の呪文が判明したから、それを言わなければいいんだろ?

:楽勝じゃんね

:そろそろ帰還する?

:ていうか噂より危険じゃないじゃん、なんで帰還者少ないの

:スコップあるからやで・・・


「あ~どうなんだろ、経年劣化で呪いが弱まってるとかかな」


:それなんだが、ブーゲン国における邪教の土人形について調べた

:コメント開けろ

:単純に泥で人形をつくるんだが、その核として墓石や遺骸の欠片を使うらしい。この死者の念に指定はない。古ければ古いほど力が強いとか書いてるやつもあった。墓の盗掘が相次いでいた原因の一部はこの呪術関連らしい。仕上げは大量の生き血。

:問題はこの泥人形の効果はなんだって話だが、はっきりしてない。身代わりの呪術って書いてる書物もあるし、お願いを叶えてくれるおまじないと書いてあるものもある。


「ははぁん、つまり呪術的には最初に与えた生き血の力が切れかけている?」


:だから泥人形は一撃でやられるくらい弱ってるってこと?!

:一理ある

:もしくは今が昼だからとか

:悪役令嬢屋敷での行方不明者リストみたけど最新は5年前だよ

:もしも生き血を追加してたとしてもそれは5年前

:生き血の追加てwwwそんなんできるんかwww

:わからん、魔法じゃないしな

:生き血だぞ?結局原動力は魔力じゃないのか


「魔法と呪術の討論は別でやってくれ。とりあえずこの箱開くか試しまーす」


じゃじゃん、とリュックから取り出したのは書斎にあったが開けられなかった白い箱。そして先ほど泥人形の中から見つけたシグネットリング。果たしてこれで開くかどうかは賭けだ。開かなかったら残念って言ってもう帰ろう。そこそこ悪役令嬢屋敷の情報は手に入ったような気がする。


「で、これどうすんの?近づけたらいい?」


:指に嵌めないほうがいいよ、所有者以外だと死んだりするから

:貴族こわぁ~

:これだから魔法物品はさぁ!

:近づけるだけだと駄目だろ

:法則があると思う、紋章押すとか回すとか


「ちなみに法則間違ったら?」


:たぶんなんもない

:幻惑か毒の魔法出てくる可能性ある

:流石に日用品で一発アウトはないと思う

:箱を開ける系の王道だと宝石を一つずつ叩くとかじゃない


「・・・謎解きパートじゃん!どうしよう!とりあえず右から順番に」


反応はない。では左から、とコメントのアドバイスに従いいくつか試すもうまくいかない。イアーは箱を持ち上げ矯めつ眇めつ宝石を観察する。宝石に詳しい人間ではないものの、いくつか傷がついているのはわかる。日用品で頻繁に使っていたなら傷ぐらいつくだろうというカンニングだ。この石とこの石と、と傷がついている石を指し示せば頭のいいコメントがいくらか流れていく。


:さっぱりわからん!

:傷ついてる石が6個だから組み合わせが?にひゃく???

:ここはナーサリーですか??

:王家かベルナ家じゃねぇか

:メッセージジュエリーか

:宝石名わからん、どれがどれだよ


「あー、成程じゃぁベルナ、Bernal・・・」


:その水色はベゼリ石じゃない?

:ベゼリはBじゃなくてVですわよ

:ベリル、エメラルド、ルビー、海王石、アンバー、ラピスラズリ

:おお、それっぽい


「開いた!!!流石俺の視聴者有能だな!!」


ぱかっと開錠された箱に感動してカメラへ叫んだ。へへん、戦友ってやつよ、なんてコメントが流れるが、古参ならばそこそこイアーの凸配信には慣れっこなので割と否定できない。上等なベルベットも中身の手紙の束も風化しておらず、魔法の効果の強さがわかる。これだけは持ち帰って国に提出してもいいかもしれないと思った。


「はい御開帳~やっぱり公爵宛の王家からの手紙だ。読んでいくぞ」


:マリンの名前があっても読み上げるなよ

:これでとんでもない陰謀とか発覚したら現王家に迷惑かからん?

:ジョン王子の悪評はどのみち避けられん

:現王家はジョン王子の直系じゃないので神回避では


底にあるやつのほうが古いだろう、と下のほうから順番に目を通していく。イアーだけでは読めない文字などもあるためカメラにきちんと映るようにするが、流石上流貴族というか字は綺麗だ。綺麗だが、威厳のためか装飾文字が華美であり言い回しも面倒なので絶妙に読みにくい。


「んん?え~とジョン王子の勝手な行動すまーん、こちらに婚約破棄の意志はないけど、男爵令嬢が証拠として出した邪教の土人形はどう説明する気だ、邪教徒っていう疑惑は払拭してくれないと困る・・・そりゃ悪魔の証明にならんか?」


:それはそう

:どうやって火消しすんだよって話

:やっぱ泥人形マリンが作ったんだ!

:シャリルに泥の塗るために泥人形を?!

:【審議】


「ご丁寧に返事の下書きみたいなのあるぞ。シャリルが邪教に魅入られていたとは知らなかった、家は関係ない・・・男爵令嬢を正式に養子にするから婚約はそちらと引き続き?シャリルは不幸の種だった・・・何?」


:シャリルは幽閉のままでええんか?っていう王家の手紙にその返事??

:不幸の種って隠語?

;正確には不運の卵みたいな言い回し

:暗殺するって解釈でよかったと思う

:婚約者はマリンすげ替えでシャリルはケチついたから殺しちゃおって?!


「冤罪なのにね、うわ、この日付・・・」


:90年、封鎖の直前か?

:この塔の名前、シャリルが幽閉されてるとこだろ

:幽閉されている塔に盗賊が襲撃してシャリルの死体発見できていない

:なーんで金目のもんもない塔に盗賊がくるんですかねぇ

:シャリル逃げれたんだ?!


「でも屋敷でシャリルの死体は確認されてないよなぁ」


イアーは座り込んだまま、立派な手紙を雑に箱へ押し込んだ。不愉快なものだ。盗賊が襲撃してきたために行方不明であるが、同時に脱走者だから見つけたら報告せよという内容だった。


最早シャリルは悪役令嬢の欠片もない。ただの被害者だ。ややこしい感じになってきたなぁ、と頭の中を纏めていると、コメントに一つの推測が書き込まれた。


:土人形を用意したのはマリンだろう?

:あ、そうか。シャリルに疑惑をふっかけるんだからマリンが用意するのか

:生き血は?

:それだよ、最期の仕上げたる生き血は?

:動物の血で代用したんじゃね

:術者自身の血じゃないと駄目ならシャリルの血が必要か

:マリンみたいなのがそこまで完璧にするかよ

:土人形自体を用意したのはマリンで、完成させたのはシャリルの可能性はある

:は?5歳のぼくちゃんにわかるように言って

:くそえらそうな5さいだな


「マリンが人形を作り、生き血はシャリルの場合、呪いはどうなんの?」


:呪いの用途が身代わりだった場合、シャリルが最初の一体目になる可能性がある

:え

:おぉ・・・

:身代わりって普通傷ついたら人形が肩代わりじゃないの?!

:それじゃ成り代わりじゃん!

:シャリルの死体がない理由にはなるな


「・・・そーだった場合シャリルは自殺か?」


シャリルの血を使われたのだとすると、今度はマリンがシャリルを殺したのかシャリルが本当に邪教徒で自身の血を混ぜたのかがわからない。そもそもシャリルは盗賊に追われていたのでは、と疑問が纏まらない。コメント欄ではトンチキな推理が飛び交っている。


:マリンの部屋へもう一度行け。変な壺みたいなのがあっただろう。

:調度品マニア!今それどころじゃ

:うるさいぞ、行け。あれはあの部屋で異質だった。似つかわしくない土器みたいなものだ。アンティークなどではない。

:あれには古期の呪術語で「彼の冥福を祈りたまえ」とあった。つまり誰かの骨壺か墓石の可能性が高い。


(墓石、なーるほど。実家の香りがするわけだぜ)


イアーは仕方ない、と立ち上がった。邪教批判の本が他にもあるかもしれないし、おそらくそのあたりに呪いの作り方は書いてあるだろう、とカメラを向けた。もう一度マリンの部屋へ行こう。渡り廊下まできたのに別館見ないのか、というコメントもあったが、なんとなくイアーの勘では特に何もなさそうだなと思って無視をした。


そろっと応接室の前を通れば、まだ徘徊している泥人形を背後から円匙で殴りかかって崩す。ヒットアンドアウェイを繰り返して泥人形を全てただの土饅頭に戻すことに成功した。一息ついて泥を避けてもう一度二階へと向かった。大助かりの円匙を見つけたマリンの部屋だ。


「はい、到着。俺のビニール袋靴が既に泥まみれです・・・」


:絶対復活の呪文を唱えるなよ

:フリですか

:割りと真面目にやめろ


「で、壺ってこれか、欠けてるな」


コメントで変な壺があるということだったが、確かに棚にそれらしきものがあった。イアーが手に取れば、表面はともかく裏側はほぼ割れていて欠片などいくらでも取れそうだった。これが呪いの核になっている可能性があるらしい。


「・・・で?って感じなんだが」


:それはそう。材料がわかってもな・・・

:邪教批判の本に呪いの手順ちゃんとかいてあるんじゃないの

:やはり骨壺だな、形からして350年前ぐらいだな。中身はないのか

:泥人形について調べてたものだけど、もしかして骨壺の中身全部つかって人形つくったのかもって今思った


「え~と、ちょっとまって」


邪教批判の本を手にとると、開き癖のついたページが勝手に開く。そこには枠で囲われてコラムのようにレシピがかかれている。生き血を使うような野蛮な術式であるという主旨で確かに古い遺骸を核とする、灰を泥に混ぜるといった行程が記述されていた。


:なぁ、この手順あってるか?

:いくつか要らん行程があるな

:それはつまり“間違っている”でファイナルアンサー?

:間違ってるなら呪いが発動してるの不思議

:失敗して暴走ってのはあるんじゃないの

:魔法だと不発ぐらいしかないじゃん・・・


「この骨壺に入ってた灰が混ざった泥って、もしかしてシャリルの部屋・・・」


空っぽで割れている壺を逆さにすれば少しパラパラと割れた骨片が転がり落ちた。核が古ければ古いほど効力があるならば、この壺は十分強力だと言える。そしていくつか余計な工程が追加されているならば、暴発している可能性もまた十分・・・そんな考えが頭をよぎる。暫定シャリルの部屋たる泥まみれの空間、あそこにこの割れた壺の欠片があるのではないかという推測。


「・・・おっし、配信はここまでっしょ!」


:おいおいおい

:これからが見せ場だろ

:イアー死ぬの?

:イアー、お前の凸配信大好きだったぜ!

:核たる欠片を回収すればトゥルーエンドでしょ


「復活の呪文なしでも動いてる泥の部屋じゃん、入室した瞬間泥人形になってもおかしくない」


:ドブ漁りぐらいの可能性

:砂金とるみたいな

:駄目だった場合のリスクがでけぇ

:回避手段がほぼないじゃん


「ていうか壺もってあの部屋突入したら核がさらに大きくなって暴走せんか」


:ありうる

:ていうかあの泥はそれを求めてそう

:暴発したら封鎖とけそう

:テロやん、どう責任とんねんイアー

:イアーは泥になってしまいました


「勝手いいやがってよぉ・・・ってやっぱりか」


文句をいいつつイアーはシャリルの部屋へは近づきもせず階段を下りていった。だが扉は閉まったまま、押したり引いたりしても開きはしない。開かない可能性は考えていたが、いざ確定するとため息が漏れた。頭の中でとれる選択肢を数える。


:ドアが開かないので出れない~!当たり前体操~!

:ここでフラグ回収です

:脱出できた奴らなんだったの

:外で襲われた?

:泥人形を外に出さないための結界でしょ

:ドアを開けたままにする係のやつだったとか

:見張り役が一番に仲間見捨てて逃げた説


「そんな考察じゃなくて俺の脱出について考えてくれ~」


:便利な魔道具とか持ってないんか

:そうだぜホラスポ探索者だろ、持っててくれや

:魔道具って魔力ないと使えないものが多いんだよ諸君

:イアーは徹底的無魔力族!

:現実~~~~!


「さしつかえなければ言葉で傷つけるの控えていただける?」


八つ当たり気味に扉を一蹴りしてから大きくため息をつく。そのままゆっくりと再び階段を上った。すぐ目の前にあるのはマリンの部屋。手元にある壺を一瞥してからシャリルの部屋へ足を進めた。


「さて、どっちにしろこの部屋にはいるとカメラ壊れると思うわ」


:え、まじで配信止めるの?!

:防水防塵だろ?!大丈夫だろ?!

:泥画面の虚無配信でもいいって!気になって仕方ねぇよ!

:呪力と電波ってのは意外と相性がいい故の対策かな?杞憂な気もするがね

:こんな配信して今さらだろ、呪いが暴発しても電波感染はねぇよ

:あくまで泥が媒体だろうしな


「あらぁ肝が座ってるわね、リスナー」


:へへん、よせやい

:俺等は一蓮托生だろ!

:ここまできたら皿まで!

:いの一番に逃げ出しそうなやつ等がよう言いますわ


「お前ら・・・じゃ、配信終わりまーす。次回配信があることを祈っててね」


ぷちっと配信終了のボタンをクリックして電源も切る。コメントでは罵倒が流れていったが、知らないフリをする。手首がドリルな視聴者など相手にしていられないのである。


疲労と緊張からため息とも深呼吸ともとれる息を吐く。そしてすぐにスマホを再び構えた。配信のためではなく、報告用に録画モードにしてシャリルの部屋の前へ設置した。カメラの前へ立って壺を見せる。


「イアーです。配信した同日の映像記録です。シャリルの部屋前、これは呪いの核となっている壺の本体です。この壺の欠片がシャリルの部屋にあると思われるので探し出してこの泥人形の呪いを破綻させるつもりです。この壺を持ってはいれば欠片が引き寄せられると考えられますが、逆に欠片にこの壺が引き寄せられて核が完成されたものになった場合、呪いの規模が予測できません。対処のほどよろしくお願いいたします」


一礼をしてから録画を切って、知り合いへそのまま動画を送りつける。きっとお小言が返ってくるだろうが、失敗すれば聞かなくても済むし、成功すれば結果オーライだ。鼻歌ひとつでイアーは再び録画をオンにした。


シャリルの部屋の扉を躊躇なく開ける。相変わらず暗く、湿っぽく泥が覆っていた。土臭さと鉄臭さ、流れ出てきた泥が足元を覆っていく。それははっきりと意思を持つように腕の中の壺へと狙いを定めていた。重力へ逆らいイアーの足を伝っていく姿はアメーバや粘菌のようで、それに生理的嫌悪感を覚える人間は多いのではないだろうか。


「いけるか?いけそうだな、この部屋は墓だ。墓」


イアーは言い聞かせるようにして、一歩足を進めた。泥はそれをきっかけに彼を勢いよく飲み込んだ。設置されたカメラには、イアーが丸々飲み込まれ、部屋いっぱいに泥が溜まり、波打つ光景が映っていた。


冷たくて息苦しくて湿っぽくて真っ暗な土の中。

イアーは懐かしさとともに今にも手から抜けていきそうな壺をしっかりと確保したままにする。全身から痛いほどに伝わる憎悪は、シャリルのものかマリンのものかよくわからなかった。羨望と理不尽への怨嗟、パッと脳裏に四人が笑いあっている姿を窓越しから覗き見る光景が浮かび、シャリルが見た光景だろうかと思った。


ようやく辿り着いた我が家では、シャリルを案ずるものなどおらず、本来シャリルがいるべき場所でマリンが笑っている。悲憤に泣き、長年の積怨が爆発する。厭味ったらしくシャリルの机へ置かれていた泥人形へ、首を掻き切り、血を捧げた。皆不幸であれ。マリンになりたい。そんな呪いがイアーの中で渦巻く。ここは土の中。泥の人形の中。


(あぁ我が故郷よ)


泥の中であろうと、イアーは案外冷静であった。時間の感覚もない。

ゆっくりと目を開ければ、パラ、パラ、と天井から乾いた土埃が落ちてくるが、イアーは土砂の中に半身が埋まっているだけだ。窓の外は暗いが、星の美しさがよくわかる。


ごそ、と脚を動かせば泥も土も落ちてイアーの脚の型が綺麗にできる。急ごしらえの靴は役に立たないが、もういいだろう。ガラス片に気を付けながら裸足で帰ろう、とイアーは立ち上がった。腕の中には欠けのない壺が収まっている。中身を確認して、イアーは適当な布と紐で蓋をした。


「よし、俺の勝ち」


封鎖する対象を失った結界は、なんの抵抗もなくイアーを外へ出してくれた。



潮風が彼女の髪の毛を靡かせる姿はひどく絵になった。深く青い海はキラキラと水面に光を踊らせていて、眩しく美しい。これが休暇であれば、と古臭い船の上でため息をついた。


ようやく船が止まり、船員が係留作業をしている。飛び跳ねるのも慎重になるような桟橋へ足を付けたのは彼女一人だけであった。それもそうだろう。誰がこんな所へ来るのだか、と思うが最近は観光ツアーに組まれることもあるという。物好きなものだと彼女は思った。


島唯一の建物へ向かい、インターホンを押す。

年季の入ったザラザラとした音のあと、返答があった。


「はいはい、墓島の墓守、イアーです。国教信徒は右、異教徒の墓は左」


「案内はいらん、私だ」


あらら、と呑気な声とともにブツッと音声は切れた。すぐに扉が開き、眠そうな顔をした青年が顔を出した。頭からつま先までじっくりと観察をして、どこも問題ないのだと判断した。無事で何より、と言えばイアーは信用ないですね、と笑う。


「ラグは元気そうだね」


「世間話も不要だ、いつもの報告になる」


「うんうん、紅茶とコーヒーどっちがいい?それとも命の水をお求めかな」


挑発するようにウォッカの瓶を目の前で揺らされるが、手で払いのけて睥睨する。彼女、ラグにとってイアーは心底リズムが掴めぬ苦手な男だった。促されたソファに腰を下ろせば、湯気の立つカップを手渡される。結局紅茶となったようだ。


「結論から言うが、ベルナ屋敷の封鎖は今年中に解かれる」


「あ、そうなの。俺が普通に外に出れたから結界解けてるかと思ってた」


「そんな柔なわけなかろう。二重三重に張ってあった、お前が対象でなかっただけだ」


規格外め、と言いたげにラグはイアーを責めるように見たが、イアーはどこ吹く風だ。せっかく作ったしどうぞ、とイアーお手製らしいクッキーを二人の真ん中へ置いていく。ナッツ類がたっぷり入っているのが見て取れる大きいクッキーで、香ばしさがラグの元まで届いた。焼きたてなのだろう、とラグは慣れた様子で遠慮なく手に取る。


「まぁよかったね。これでようやくあの土地を活用できるじゃん」


「あぁ、お前の配信には助けられている。今回も素早く浄化部隊が突入できた」


感謝を伝えつつも、突飛な行動と事後報告みたいな動画は腹立たしいが、とラグは眉間に皺を寄せる。まるで堪えていないイアーとの温度差がわかりやすかった。


すぐさま対処できないために封鎖処置がされたホラースポットとは、各国としても悩みの種だった。土地の活用ができないだけでなく、定期的に人が招かれてしまったり、もしくはイアーのように動画を取りたいだの肝試しだの、好奇心に駆られた人間が犠牲者となったりする。それを解決できませんというのは面子に関わるが、悪戯に人員を投入しても死んでしまう上に不用意に藪をつつけば呪いの力が強くなることもある。


封鎖後月日が経ち、詳細がわからぬようになったアンノウンな危険な場所、そんなところへ配信という形で踏み込むことに何度も成功しているのがイアーだった。生還しているだけでなく、生中継でその場所の実態がわかり、対処方法を参考にすることができるのは非常に有用な映像となった。すぐに対処ができるわけでなくとも実態調査として十分な価値がある。そして、今回のように完全な浄化までこぎつけられれば、完璧であった。


「あそこの記憶を読み取った報告は必要か?」


「まぁ気になるね。サイコメトリーの新人が入ったのかな」


「残存魔力調査員に有能なのが一人。今度紹介しよう」


イアーの凸配信は、完全にイアーの趣味であるが、依頼を受けないこともない。その際は国の調査隊と動くこともある。ラグ以外にも顔見知りは各国にいた。だがこんな海の果ての島まで報告に来てくれるのはラグぐらいだ、と緩んだ頬をイアーはティーカップを傾けて誤魔化した。


「経緯は動画で言っていた流れであっていた。マリンは行儀見習いの建前で引き取られたが、実態は義理の妹として甘やかされていた。シャリルのものはなんでも欲しがった、というのがわかっている」


「所詮庶民でしかないが故に羨ましくてって感じかな」


「そういうことだ。魔法学校を卒業すればただの庶民として家を出されるのは目に見えているからな」


目の前に本物のお嬢様が貴族としての教育を受けているのは、さぞ輝いて見えたものだろう。だがマリンは真面目に行儀見習いに従事していれば十分に貴族としてどこかに嫁げただろうに、とイアーは思ったが、マリンからすれば余計なお世話だろう。


「まぁ、おそらくそういった短絡的な流れでシャリルの婚約者たるジョン王子を奪うことにしたらしい。最初はシャリルに虐められていると言いつけるぐらいだったようだが、あまり効果がなかったんだろうな」


「あぁ・・・それで邪教だって?」


心底呆れた顔をしてラグは頷いた。


「あの時代に宗教を持ち出すことがどれだけ影響が大きいか、分かってなかったんだろうな、泥人形を持ってシャリルを邪教徒だと言い出した。シャリルはマリンを呪おうとしている!と」


「公爵家自体にも疑惑が降りかかるやつだ・・・そりゃぁ揉めるな」


「だが周囲はマリンの思惑通りに動いたのだからマリンは中々やり手だぞ。公爵家自体を王家に切り捨てられる前にシャリルだけを切り捨てた。書類関係から人間関係の口止めなどあらゆる根回しをしてシャリルをマリンにする予定だったらしい。だがそれらを整える前にシャリルに呪われて屋敷は全滅だ」


ラグは鼻で笑って手元の書類をぺらぺらとめくった。


「そういやどうやってシャリルは屋敷に入ったの」


「あぁ、そういえばお前別館に行ってなかったな。あそこには貴族の緊急脱出通路が地下で繋がっているんだよ。幽閉されていた塔を特定できていないから、シャリルの足取りは曖昧だが、そこから屋敷に入ったのはわかっている」


イアーは興味があるのかないのか、ふぅんと言ってラグに続きを促した。その癖に自分の紅茶がなくなったと気づいたら追加を注ぎ、ラグにもいる?と聞いてくる。ペースを乱される感覚にラグは舌打ちをした。


「どちらにしろ、幽閉されている塔を襲撃されて脱出したはいいものの行く当てがなかったんだろう。お嬢様だしな。当てもなく彷徨うこともできず結局実家へ足を運んだところで、タイミング悪くというかなんというか」


「全てがマリンに味方しているのを知ってしまった」


「自ら首を掻き切って土人形を抱き込んで死んだらしい。記憶されている憎悪が中々で調査員は気絶したよ。」


「ははぁ、かくして呪いは成った」


イアーは妙な顔をして笑った。


「マリンが参考にしたらしい本だが、身代わりと願い事を叶える呪いの両方を混ぜたみたいな工程だったらしい」


「・・・天才じゃん、つまり両方ちゃんと叶ったんだ?」


「かなり変質しているがな。屋敷の人間全てへの殺意とともに、シャリルもまたマリンになりたいと願い・・・泥人形へ、泥人形は屋敷の人間に成り代わろうとした」


乾いた口を潤すのに紅茶を含み、一息つく。イアーから質問はなく、ラグは逆に質問をした。


「報告では呪いの核になっていた壺は欠けなく綺麗になったらしいが、何をした?」


「何もしていないさ、欠片が残りの本体を求めていただけだ」


「ではあの泥から生還したのは?」


「そりゃシャリルより俺のほうが強かった、それだけだ」


「本当によくわからん男だな・・・まぁいい、報告は以上だ」


ちらりと時計を見やればそろそろ船が出る時間だった。これを逃せば次は2時間先になる。長居してられない。ラグはとっと立ち上がり、簡単に礼を言った。イアーも慣れたもので、はいはいと笑って律儀にクッキーの残りを土産にくれた。扉を開けてくれたイアーの前を通る際に、言い忘れていたことを思い出す。


「封鎖の解除とともにシャリル嬢の名誉回復のためブーゲン国から発表があるだろう」


「そっか。墓とか?」


「そこまでは私の管轄でないさ」


イアーは微笑んでラグを見送った。定期便の船が汽笛を鳴らして離れていく。墓島にいる人間は再びイアー一人になった。あるのは墓ばかり。高いビル一つないため、日光が直であたる。眩しさに目を眇めて、再び玄関をくぐった。


「シャリル、あの本は元々君のものだった。そうだね?」


イアーは穏やかな調子でそういった。薄っすらとした女性は頷いているように見えた。激しい怨念も憎悪も何も感じられない。妖精のような女性だとイアーは思った。


棚に置かれた欠けのない古い壺を手に取ってイアーは笑う。持って帰ってきてしまったこの壺について、ラグから特に言及されなかったのはラッキーだった。


「この壺、君の骨壺になっちゃったな」


骨と灰が詰まった壺はこの国の埋葬方法と少々違うものの、この島は墓島。死者に優しい島と自負している。


「墓、この島でいいかい?」


墓島の墓がまた一基増えたことを知るのは、イアーだけである。



END


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― 新着の感想 ―
面白かったです……! 配信系小説初めて読んだ初心者ですが、緊迫感と気の抜け感が絶妙。イアーのどこまでできるのかわかんないとこがまた絶妙。伏線きっちり回収も大好きポイントです。 異世界でスマホ撮影、い…
沢山の人に読んで欲しい作品。 文章も話の構成も綺麗でキャラクターもしっかり確立しています。読んで後悔なし。イチオシです。
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