ブラッドショット・アイ
*ブラッドショット・アイ*
私が一番聞きたくなかった答え——ガリスト王国カシミル地区。この星に存在する二つの大国、「ガリスト王国」と「スラルカ連邦」は数十キロにも及ぶ山脈を国境線として隔てられてる。その山脈が一部途切れていて平野になっているのがカシミル地区。はるか昔から二つの国を行き来できる交易路として栄えてきたから、ここには大きな街「カシミル」が形成された。しかし”国境付近”というのが仇となって、この戦争では街が壊滅状態に陥ってしまった。敵の攻撃によって街から逃げ遅れた民間人の死者数だけでも50万人は超えたと言われている。だけど・・・
「こんな地獄に落ちてくるなんて運がないな。ショックか?」
当たり前だ。せっかく事故から生還できても、救助された場所が戦争地帯のど真ん中ならほとんど死んだようなものだ。
「当たり前でしょ!ていうかその『ブラッドショット・アイ』っていうのは何なの?」
「王女様ともあろう御方がこのスラングをご存じない?王室の教育もたかが知れるね~」
若干の笑みを浮かべながら、バカにした感じで返してくる。あーちょっとムカついてきた。
「うるさいっ!もったいぶらないで早く教えてよ」
「はいはい。じゃあ聞くけど・・・問題、【カシミル地区の地形的な特徴を25字以内で答えよ。】」
なんか始まった。学校の地理のテストで腐るほどやってきた問題に似てる。
「【山地に囲まれた平野で目のような形をしている。】」
「正解。・・・二問目、【≪充血した目≫の≪充血≫を英語に訳せ。】」
「【Bloodshot】。・・・そういうことね!」
「そういうこと。ここカシミル地方ではたくさんの血が流れたからな。これと目に似ているという地形的性質をかけて『ブラッドショット・アイ』。割と有名だと思ったんだけどな」
彼は不思議そうな顔をする。
「一度も教わったことがないわね」
「いや、教わるも何もネットを使ってたら普通すぐ出てくるだろ」
それなりにパソコンとか使っている方だとは思うんだけど・・・やっぱり漫画を見るのにしか使ってないからかな・・・
*Wound*
「ていうかこんな話は置いといて、怪我の方はどうなった?確か大腿部と頭に怪我をしていて、それを手当したんだが・・・」
そういいながら彼はベッドのそばにゆっくり近いてくる。・・・これはからかうチャンスになるのでは?
「あなたに太もも触られたってこと!?」
わざと顔を赤らめる。さっきこの男におちょくられた分をここでやり返してやる。
「まあな。だが治療のためだから我慢してくれ」
彼は相変わらずすました顔をしている。これくらいじゃ動揺しないか・・・それなら
「まさかだけど・・・治療中に私のパンツとか・・見てないよね・・・」
今日の私はミニスカート。見えていてもおかしくない。だけど治療をするには仕方がなかっただろうし、そのおかげで私は生きている。だから本当に感謝しているし、別に責めるつもりはないけど・・・
「エッ ベツニナニモミテナイケドナー」
・・・あっさり釣れた。100点満点のような動揺の仕方をする。あからさまに早口で目線逸らしてるし
「急に早口にならないで!あと、目線逸らすな」
「ハイ、スンマセン」
「正直に言って。・・・見たの?」
「・・・チョットミエマシタ」
彼の目をじっと見つめる。・・・さっきまでのすました顔もかっこいいけど、この気まずそうな顔もいい。
「あのー確かに見たんだけど・・・」
申し訳なさそうに弁明しようとする。そろそろからかうのはやめてあげよう。
「あはははは うそだよ、う・そ♪ 別に責めてないよ。あなたの治療のおかげで助かったんだから。・・・・・ありがとう」
本音を言えたからだろうか・・・自然に笑顔が出てしまった。
「・・・・・(やばい。この顔可愛すぎる)」
「なんで黙ってるの?・・・・もしかしてまだ何か隠しているの?」
「いや、笑ってる顔が可愛いなーって (こういう時こそ正直に)」
真顔で返された。さっきとのギャップがすごい。
「・・・あり・・がとう?」
急に不意打ちを食らったから返しが不自然になってしまった。・・・なんか照れくさい。でもちょっとうれしいかも。
「ゴホン。で、結局傷の具合はどうなんだ?」
気まずい空気を打破するように彼は咳払いをする。
「頭の方はまだクラクラする。足の方なんだけど、さっき動かしてみた時かなり痛かったの」
「なるほど。頭の方は貧血かもしれないな。大腿部の傷自体はもう塞がっているはずだから、後は腫れが引くのを待つだけだ。一応動きに障害がないか確認したいから・・・」
そう言いながら彼はベッドのそばにある机から何かを取ってくる。
「とりあえずこの鎮痛剤を飲んでくれ。痛みはこれで引くと思う。」
鎮痛剤と思われる錠剤と水の入ったコップを受け取る。
「・・・分かった」
錠剤の薬はどうにも苦手なんだよね。・・・・今回はなんとか一発で飲み込めた。
「効き目が出るまで10分はかかる。その後に確認するから、安静にしてろ」
「じゃあ、その間に飛行機で何が起こったか教えてくれないかしら?」
*決意*
「そんなことが・・・」
「ああ、執事の男に感謝するんだな。」
机のそばの椅子に座りながら、あの事故について語った。
「そうね・・・」
彼女は悲しそうな顔をする。しかし、なぜだろうか
「妙に落ち着いているな。もうちょっと悲しむものかと思ったんだが」
「私たちはもともとスタルカ連邦と停戦交渉をするために来たの。・・・4年間も戦争が続いてしまった。戦闘自体は収束したとはいえ、両国の怨恨はいまだ消えていないでしょ?だから交渉中に何かアクシデントが起こるかもしれないって覚悟はしていたの」
「・・・」
「でも交渉が始まる前からアクシデントが起きるなんてダメダメだよね」
こみ上げるものを抑えるような声で自虐的に語る。・・・・・こういう時なんて声をかければいいんだっけ?
「・・・俺たちブラッドショット・アイの住人は良くも悪くも人の死に慣れすぎてしまった。だから人の死を悲しむことに価値を見出せない。でも、だからこそ言える。『人の死を嘆く暇があるなら、そいつの無念を晴らすのに時間を使え』とな」
「それは・・・あなたの自説?」
「経験談によるもの、とだけ言っておこう。もちろん時間は自分の物だ。さっき言ったことに従うことが最善になるわけでもない。でも時間は有限だ。どうせ有限なら有意義に使いたいだろ?」
「それって励ましてくれてる?」
「そのつもりだったんだが・・・」
どうにも国語が苦手なんだ。
「あははっ 励ますの下手すぎ!こういう時はまず共感からだよ」
「・・・覚えておこう」
「でもありがとう」
笑顔が少し戻る。やっぱりこいつには笑っている顔が似合っている。つられて俺も少し微笑む。
「そうか」
自然と言葉が出てしまっただけで特に意味はない。ほんの数秒間——心地のいい沈黙が続いた後、俺はこいつの目を見つめながら聞く。
「じゃあお前が弔いだと思うことはなんだ?」
「私が弔いだと思うこと・・・それは停戦交渉を成功させること!」
「・・・その交渉は多くの人々が何年も望んでいる。絶対に成功させなければならない。そこで提案がある。」
「提案?」
「そうだ。中間目標を設定しないか?」
「・・・」
「ブラッドショット・アイからの脱走だ」
*リハビリテーション*
ブラッドショット・アイからの脱走。言い換えればブラッドショット・アイから逃げること。しかし彼がわざわざ「脱走」という言葉を使った理由が、それを難しくさせる。戦争が起きてから少し経った後両国はカシミル地方を取り囲むように巨大な壁を作った。その高さおよそ10m。しかも壁の付近には常に警備兵が駐屯していて、多数の地雷も埋め込まれている。
「お前も知っている通りブラッドショット・アイから逃げ出すのは簡単なことではない。しかし俺には伝手があるんだ」
彼はニヤリと笑う。
「まずはこれを見てくれ」
「これは・・・通信機?」
彼は机の上に通信機を置く。アニメや漫画で見たことがあるけど、生で見るのは初めてかも。
「ああ。それも秘密作戦用の特注品だ。これがあれば、俺のガリスト王国にいる伝手と連絡が取れる」
「じゃあ私の無事も伝えられるってこと!?」
「・・・」
「え、そういうことじゃないの?」
「いや、その通りだ。お前が無事かどうかが分かるだけでも、国の連中は対処しやすくなるからな。だけどお前がそこまで頭が回るとは思わなかった」
真顔で言われた。多分これ本当にそう思っているパターンだ。
「失礼ね。こう見えても私、結構頭いいのよ?」
「ふーんそいつは悪かった。 まあお前の安否以外にも、地雷原の避け方とか警備隊への根回しとか相手国や自国の世論への情報統制とか、何もかも任せられて信頼できる伝手だ」
そんな伝手を持っているこの男も大概だけど・・・
「・・・その人何者なの?」
「さあな。俺も分からん」
彼も困ったような顔をする。本当に信頼してもいいのだろうか。まあ私は当てがいないから、どのみち信頼するしかないんだけど。
「まずは脱出への第一歩として、体を動かしてみろ。そろそろ鎮痛剤が効いてくる頃だ。俺は通信機の準備をしておく。」
彼は机で何か作業を始めた。試しに足を動かしてみよう。
「ほんとだ!全然痛くない」
すぐに立ち上がってみる。一瞬ふらついたが大丈夫・・・
「よし、じゃあゆっくり立ち上がってみろ。あ、そうだ、頭の方はまだ治ってないから、急に動くとめまいが・・・」
「へ?」
「お前・・・」
「そういうことはもっと早く言ってよ!」
一瞬頭がフラッとなる。
「おい、大声・・す・余・・に・・・・」
やばい。視覚も・・・聴覚もぼ・・やけ・・て・・・
「・・い、おーい 大丈夫か?しっかりしろー」
呆れた声が聞こえてくる。
「・・・う・・ん」
目の前が暗い。でも落ち着くいい匂いがする。もっと嗅ぎたいかも。それに・・・
「なんか硬い感触が頭に・・・」
「上を向けば分かると思うぞ」
「えっ?」
恐る恐る顔を上げてみる。彼が私を上から覗き込んでいる。いや違う、私が彼を見上げているんだ!つまり私が倒れこんでいたのは・・・
「俺の胸元ってわけ」
「っ・・・人の心を先読みするな!!」
「そんな大声出すとまた倒れるぞ」
「うっ・・・確かに」
一瞬危なかった。
「まあ完全に意識を失っていなかっただけまだ良かったな。もし失神してたら・・・・」
「・・・してたら?」
「その赤い顔がもっと赤くなってたぞ」
「うるさいっ」
なるべく声を抑えて叫ぶ。
「えーいいだろ。恥ずかしがってる顔も可愛いし」
「絶対ウソ。面白がってるだけでしょ」
「なんでよ。嘘じゃないって」
小さく笑いながら返してくる。
「だって・・・真顔じゃないもん」
「いや判断基準そこかよ・・・合ってるけど」
「合ってるんかい」
「本当はもっとお前の黒歴史を広げて、その頬を林檎みたいに赤くしてみたかったけど、10秒くらいで意識を取り戻しちゃったからなー」
相変わらずこの男は笑いながら話す。これだけでもう十分黒歴史なのに、これ以上広がったら恥ずかしすぎて死ねる。
「安心しろ。別に誰にも言わないから、『ガリスト王国の王女が、初対面の男子の胸元に急に頭を押し付けた』なんて」
「悪意しかない切り取りをするな!」
まったくこの男は・・・
「さてと、そろそろ切り替えるか。俺はまた準備をする。この部屋の中だけで体を動かしてみろ。無理はするなよ」
「うん」
彼は机の方を向いて作業を再開する。 試しに歩いてみたり、体を曲げたりしてみる。・・・特に異常はなさそうだ。あの怪我を放っておいたら後遺症とかもあり得ただろうし、そもそも生きてもないだろう。特に理由はないが彼の方を向く。
・・・・・髪は黒くて、すこし無造作にも思えるが、全体としてきれいに整えられてある。ここに理容室はないはずだし、髪は自分で切っているのかな・・・
そしてなにより惹かれるのは彼の瞳孔。冷たい灰色に淡い青色がにじんだような、言葉に表せない色をしている。まるで理性と感情が静かにぶつかり合っているかのよう・・・
顔立ちは整っていて、鼻筋が通っている。全身からどこか大人びた印象を受けるが、あどけなさもかすかに残っている。私と同じくらい・・・いやもう少し上かもしれない。
そして今のカシミル地方を象徴するかのような漆黒に染まる軍服。冷酷な雰囲気を醸し出していて、恐ろしさすら感じられるけど、彼には不思議と似合っている。
・・・立ち上がったから気づけたが、彼は意外に身長が高い。どのくらいあるんだろう。
「一通り体は動かせたか?」
私が立ち止まっていることに気づいたのだろう。
「ええ。特に問題はなさそうよ」
「そいつは良かった」
「・・・急に変なこと聞くけど、一君って結構身長高いのね」
「ありがとう。だけどまずは自分がチビであることを疑った方がいいよ」
「チビじゃないもん」
「じゃあ何cmだよ」
「145cmくらい」
「チビじゃん」
「ね、年齢も重要でしょ!」
「じゃあ何歳だよ」
「13歳」
「というと中学二年生くらいか・・・まあ人によってはまだまだ伸びる時期だから、よく食べてよく寝れば伸びるかもしれないぞ。平均より下だからって気にすんな!」
「またバカにされたっ!じゃああなたは何歳で何cmなのよ」
「悪いが年齢は言えない。身長は170cmくらいだ」
「た、高い・・・ていうかなんで年齢は言えないのよ」
「秘密。もうちょっと仲良くなったら教えてやるよ」
そんなに隠すことなのかな・・・教えてくれたっていいのに。
「よし、準備完了」
通信機の準備が終わったようだ。
「早速通信をする。お前も同席してくれ」
*一筋の光*
「繋げるぞ」
「うん」
暗号文を送信する。これが適切であれば、通信が始まる。・・・繋がった。
「聞こえるか?リュウちゃん」
「ああ、問題はないよ・・・本当に久しぶりだね、イチ」
よくニュースで流れる加工された音声が聞こえてくる。
「わざわざボイスチェンジャーを使うなんて。偉くなったな」
「俺の正体が割れると困るからね。まあでも今日くらいは外してもいいか」
たちまち爽やか声に変化していく。以前とほとんど変わっていないな。
「一君、この人があなたの言う伝手?」
小声で聞いてくる。
「ああ、そうだ。」
「イチ、君がなんでこの秘匿回線にアクセスできたのかは分からない。だけど今、王国は大変な状況なんだ。悪いけど相手をする暇がないんだよ」
「もしかして王女様がいなくなったとか?」
「・・・正解だよ。スタルカ連邦へ停戦交渉に向かった際、突如として行方不明になった」
「結論から言うと、そいつは無事だ。今、俺が保護している」
「・・・本当か?」
「星宮、声を聞かせてやってくれ」
「えーっと、私が星宮 紫乃です」
「・・・まさか生きているとは・・・だいぶ仕事が楽になるよ。ありがとう、イチ。
改めまして自己紹介をするよ。俺は華村 隆之介 (はなむら りゅうのすけ)。よろしくね星宮さん。・・・それにしてもイチが保護するなんて」
「その話はまた今度でいいだろ。単刀直入に言うと情報が漏れる前に星宮を帰したい。スタルカ連邦からの干渉もそうだが、世論に感づかれると面倒だ。お前の力ならどこまで融通が効く?」
「スタルカ連邦はともかく、世論相手なら1ヵ月は完璧ごまかせる。ガリスト王国側の壁であれば、どこからでも脱出できるよう手配できるよ。でも直接軍隊を派遣することはできない。上の意向で傭兵も使えないだろうね」
「いや、1ヵ月の猶予と脱出経路の確保ができるのなら十分だ。あとはこちらの頑張り次第でどうにかなる。」
「そっか。俺はとりあえず王女の無事と応急策を上に伝えることにするよ」
「あ、あの」
「星宮さんだっけ、どうした?」
「私たちの飛行機が落ちた原因って何か分かりますか?」
「確かに、俺も気になるな」
「悪いんだけど俺たちも分からないんだよね。だけどイチが気にしてる理由ではないと思うよ」
「そうか。スタルカ連邦が絡んでいないならその方が楽だ」
すごい、これが阿吽の呼吸ってやつだ・・・
「今回の事故を偶然なものとして捉えるなら不可解な点が多すぎる。そもそも、なぜ飛行機が危険地帯であるカシミル地方上空を飛んだのか。これが一番の謎なんだよね。」
「故意なものとして捉えても無理があるのかしら?」
「だとしたら証拠がなさすぎるんだよ。墜落した場所が場所だし、捜査ができないんだ」
「やっぱり事故の捜査より星宮の移送を優先した方がいいな」
「そうだね」
「よし、話がまとまったところで俺は少しトイレに行ってくる。星宮、何か聞きたいことがあったらリュウちゃんに聞いてくれ」
「わかったわ」
*イチ*
「あの、何個か聞きたいことがあるんですけど・・・」
「うんうん、何でも聞きなー」
「あなたと一君ってどういう関係なのかしら?」
「俺とイチはね・・・ちょうど星宮さんとイチの関係に似ているかな」
「・・・もしかしてあなたも」
「勘がいいね。訳は言えないんだけど、俺も昔カシミル地方に迷い込んでね。その時に助けてくれたのがイチ。でも当時はまだ壁ができていなかったから、すぐに脱出できたんだ」
「そうだったんだ。あ、そういえばさっき『まさかイチが保護するなんて』とか言ってなかったけ?」
「あー。そういえば言ったね・・・」
歯切れの悪い答えが返ってくる。
「なにか事情があるの?」
「うーん。言っちゃっていいのか分からないけど・・・まあいっか。・・・簡単に言うと彼はガリスト王国の人間をとても嫌っている。それこそ戦争を始めたスタルカ連邦よりもね」
「カシミル地方はもともとガリスト王国の領土だし、スタルカ連邦の方が先に戦争を始めたから、カシミル地方の住人のほぼすべてはスタルカ連邦を憎んでいる。それなのに彼はガリスト王国の方を恨んでいるの?」
「そういうこと。俺も詳細な理由は分からない。だけど俺とイチが一緒にいた時、あいつの言動がそれを示していた。」
「言動?」
「そうだ。彼は特に大人を憎んでいてね、『責任は常に大人にある』っていつも言っていたよ。実際、戦争が始まった原因が大人達にあるのは間違いないしね」
「・・・そうだったんだ」
「君は大人じゃないけど、ガリスト王国の王女でしょ?彼に恨まれてもおかしくない。でも助けられた。それが意外だったってわけ」
その通りだろう。何らかの事情があってガリスト王国を恨んでたとして、王女である私を助けた理由が少し不可解だ。
「もう一つ聞きたいことがあって・・・一君に姉とか妹かいる?」
「・・・本人がなんか言ったのか?」
急にまじめな声になる。
「いや、確かベッドのそばに写真が・・・」
ない!?さっき元に戻しておいたはずなのに
「星宮さんがどういう経緯で知ったのかは分からないけど、多分その写真に写っていたのはイチの妹だ」
「・・・妹さんだったんだ」
確か顔が塗りつぶされていたような・・・よく思い出せない
「イチは妹についてほとんど教えてくれなかった。俺が唯一知ってるのは、彼の妹は戦争で亡くなった。それだけ」
「もしかしてそれが、一君のガリスト王国嫌いに繋がってるの?」
「そうかもね。気になるならダメ元だけど、本人に直接聞いてみるといいよ」
何かを感じ取ったかのようにさっきまでの爽やかな声に戻った。
「戻ったぞ。何話してたんだ?」
「イチが焦ると早口になって聞いてもないことをペラペラ話すようになるって話をしてたんだよ」
「お前らしょうもなさすぎる」
「そうそう。さっきも私の・・・」
「アーウルサイウルサイ」
ほらまた始まった。
「え?星宮さんその話もっと聞かせてよ」
隆之介君がすごいスピードで食いつく。
「リュウちゃん、悪いがこの後星宮とは作戦会議がある。だから一旦この通信を切るぞ」
「ちょっと待っ・・・」
彼が無理矢理通信を切る。
「マジで危なかった。あいつに知られたら一生擦られるからな」
「本当に仲がいいのね、あなたたち2人は」
「まあな。・・・・・本当にちょっとしか見えてなかったから!」
「いやもうわかったって!」
わ、わりと食らってるな~。でも本当に感謝してるし、そこまで気にしなくてもいいんだけど・・・やりすぎたかな・・・・・
*作戦会議*
「それじゃ作戦会議を始めよう」
「それは本当だったんだ」
てっきり出まかせだと思った。
「あ、でも腹減ったから飯を食いながらでもいいか?」
「うん、私もお腹が空いてるし。そういえばここに来てから一度も時間を見てなかったわ。」
「まだ17時を回ったばかりだ。そこに座ってくれ。」
彼はダイニングテーブルを指す。言われたとおりに席に着く。
「怪我の状態から察して21時くらいに目を覚ませば上出来だと思っていたが、予定より何時間も早くお前は起き上がった。見た目より頑丈なんだな」
そういいながら、彼はキッチンの吊戸棚から何か取り出す。その間に私はゆっくりと部屋全体を見渡す。
「ねえ、ここって戦争地帯なのよね・・・」
「ああ、そうだが?」
「その割にはこの家、電気が通っているし部屋も小奇麗なのね」
「それだけじゃないぞ。水道だって通ってるしガスも手に入る。そもそも隠れた場所にあるとは言っても、地上に家を構えているしな」
「一体なんで・・・」
「その理由も後から教えてやるよ。だからまずはこの二つのどっちかを選んでもらおう。」
彼は二つのプラスチック製の容器?のようなものを机の上に置いた。
「・・・これ何?」
「あーそういえばお前、インターネットすらも分からない世間知らずのお嬢様だったな」
「世間知らずで悪かったわね」
「まあこれを機に覚えとけ。これはカップラーメンというものだ。ラーメンぐらいは分かるだろ?」
「?」
「・・・とにかくとてもおいしいものだ。好きな味を選んでくれ」
一つが味噌味、もう一つが醤油味か・・・
「じゃあ・・・味噌味を頂けるかしら?」
「分かった。どうせだし自分で作ってみるか?」
「うん!」
「まずはやかんに水を入れる。あ、念のため水道水は使うな。飲んでも大丈夫なはずだが、まだお前の体に合わないかもしれない。」
彼は代わりにミネラルウォーターを用意する。こういうところの気遣いは私の執事並みだ。いろいろ落ち着いたら、いっそのこと雇おうかしら。
「よしっ、入れ終わったわ」
「じゃあお湯を沸かそう。沸いた後カップに入れて、三分経ったら完成だ。その間に少し作戦について話すことにしよう」
やかんをガスコンロにセットする。・・・本当にガスが出るんだ。
「それで・・・一体どんな作戦なの?」
「まず俺たちではどうにもならない問題、例えば隔離壁の通行、情報統制、他にも細かい調整などはリュウちゃんに全部丸投げする。」
「隆之介君、過労死しない?」
無線機から聞こえてきた声の感じから、私とそんなに年齢は変わらない気がしたんだけど・・・本当に何者なの?
「ははっ あいつなら何とかしてくれるさ。で、次が俺たちがやらなきゃいけないことだ。俺たちがいるのはカシミル地方の北部、どちらかというとスタルカ連邦の方に近いんだ。」
「ガリスト王国の国境まではどのくらいの距離があるの?」
「最短距離で考えても3kmはある。それに最適な道順を考えると、もっと長くなると思う。でもカシミル地方は東西に細長く、南北の距離は短い。これでも幸運な方だ。」
「そうね・・・だけどただ歩けばいいだけじゃないんでしょ?」
「勘がいいな。まさにその通りだ。」
彼はしばらく沈黙し、沸いたお湯をカップの中に注いでいく。
「道中にはいろんな危険が潜んでいる。後で詳しく説明するが、一番警戒する必要があるのは傭兵やスタルカ連邦の軍隊だ。情報統制が上手くできれば、軍隊が出てくることはない。だがなぜか今日、お前を拾う前に傭兵の集団に出くわした。どうせ金稼ぎが目的だろうが、警戒しておいた方がいいだろう。そこで、脱出劇を始める前に軽く訓練をやってもらう。」
「訓練?」
「そうだ。お前、体力に自信あるか?」
「ええ。いろんなスポーツをやってたし」
「カシミル地方から脱出するためには、体力の他にも戦闘訓練が必要になる」
「戦闘訓練・・・」
「そんなに重くとらえなくてもいい。戦闘訓練と言っても、ピストルの扱い方を教えるくらいだけど・・・まあお前からしたら、気分のいいものではないだろうな」
「うん・・・そうだね」
この紛争地帯から脱出する時に、戦闘が起きる可能性があることは簡単に想像できる。・・・もしかしたら脱出の時に私が人を・・・・・
「話は一旦ここまで。そろそろ3分だ。・・・重いことを考えるのはまだ後でいい」
私の心を読んだかのように、彼が口を開く。いつかしっかり考えないといけないが、今はこう言ってくれるだけでもうれしい。
「もう食べれるってこと?」
「ああ、フタを取ってみろ」
言われたとおりにフタを取ってみる。カップの中から白い湯気が立ち上った後、茶色に輝くスープに包まれた麺が見える。
「うわ~すごいおいしそう」
「そうだろ?食ってみろ」
「いただきまーす!」
彼から箸を受け取って、一口食べてみる。・・・めっちゃおいしい!うまく言い表せないけど、この濃い味が癖になる。なんで今までこの食べ物を知らなかったんだろう。すかさず二口目を口に運ぶ。やばい、おいしすぎて涙でそう・・・
「おいしいか?」
「・・・・うぅ・」
「え、お前・・泣いてんのか?」
「・・やっぱり・・・王室の食事作法はク〇だったんだ・・・」
「いや、どうした急に。あと王女がそんな汚い言葉使うなよ」
****
「そういうことだったのかよ。」
「そうよ。作法から食べるものまですべて決められるの。おかげでいつも食べ物の味を楽しめないわ」
星宮が愚痴を吐きながら麺を頬張る。高い身分だからこそ、食生活が制限されるのは容易に想像ができる。そこだけ切り取れば、戦地だから常に好きなものを食べれない俺と案外似ているのかもしれない。まあ深刻さが桁違いだけど・・・・・それにしても、本当においしそうに食べてくれる。ただのカップラーメンをこんな笑顔で食べる人を初めて見た。
「・・・人生幸せそうだな」
小声でつぶやいた後、俺も一口食べる。料理(と呼べるかも怪しいもの)一つでこんなに幸せになれるこの性格がうらやましい。
「え・・なんか言った?」
「いや、別に。ただ、料理作るのが好きそうだなーって思っただけだ」
「私、料理を作るのは得意な方よ?」
「意外だな。お前らみたいな身分の人間は、料理人とかに全部任せてると思ってた。」
「実際私の家族で私以外に料理が特別得意な人はいないわ。国民へのアピールでそういうのをやっていた人は何人かいるけど」
「唐突に嫌な現実挟まないでくれ」
「私の場合は使用人たちにこっそり材料を買わせて、私が好きな食べ物をこっそり作ってみんなで食べてるの。さっきも言った通り、私が好きなものが普段の食事に出ることなんてめったにないしね」
「料理が得意になった理由が特殊すぎる」
意外に大胆なことをする王女様だ。バレたら中々に面倒なことになりそうだけど。
「料理が得意なら、この冷蔵庫の中にある食材を自由に使っていいぞ」
「え、ほんと!?」
「ああ。俺も料理を作っていたんだが、最近サボってたせいで食材が余ってるんだ。このまま腐らせて捨てるのはもったいないから、ぜひ使ってくれ」
「やったー!早速、明日の朝ごはんから作っちゃうぞー」
テンションが上がった星宮を見つめる。・・・そういえば妹も料理を作るのが好きだったな。たまに味付けが終わってたけど。
「さてと、食べ終わったら教えてくれ。この後特別なところに連れて行ってやるよ」
「////私たち・・知り合ってから///まだそんなに立ってないのに//・・・その・・///急展開すぎるよ」
「・・・誰がお前のこと口説くって?」
この女がボケだすタイミングがいまいちよく分からない。王女ってもっとこう・・・お堅いイメージだったんだが・・・まあそういうものなのだろう。
「あははっ冗談だよ。つれないな~」
****
「それで?食べ終わったわけだけど・・・・どんな告白スポットに連れて行ってくれるのかしら?」
まだ言うのかよそれ。星宮のボケを無視して、俺は続ける。
「俺たちが今から行く場所は・・・『イリーガルワールド 』」