楽園の猿
宇宙船内は朽ちかけたジャングルといった様相だった。調査ドローンは、無重力空間で自由気ままに伸びた植物の蔓を避け、居るはずの生存者を探して奥へ奥へと進んでいく。銀河中の人々が超光速通信経由でその光景を見守っている。
とある事情から超空間中継をタイムラグが少ない最前列で見ることになったタロウは、事故当時のことを思い出していた。
宇宙のどこにでも居るような普通の大学生、タロウは、とてもレアな体験談を持っていた。それは、ほぼ人類史上初のガンマ線バースト災害の被災者だというものだ。ただの被災経験者は今後増えていくだろうとしても、人類史上初と付くのは、未来永劫、彼と同じ星系で被災した600万人程度の居住者だけだ。
とは言え、警報メッセージを受け取ると同時にサイトの床面が少し振動したのを感じ、メッセージが推奨する通りに自室で半日待機しただけだ。AI制御で何の危なげも無く行われるスペースデブリ回避プロトコルと全く同じ。宇宙に浮かぶサイト住まいにとっては平凡な日常体験と何も変わらず、おもしろい自慢話にはならない。それ以前に、サイト内のみんなで一緒に体験したわけで、自慢する先も無い。
そしてそもそも、自慢すべき話でもない。他のサイトでは、被害者も少なからず生じていたのだから。
ガンマ線バースト自体は、天文学的にはありふれた現象だった。人類が誕生する遙か昔に地球を焼いたこともあるという、天体災害。発生源が言葉の通りに星の数ほど存在し、それら全てを監視出来ない以上、バーストへの対策は限られてくる。
何かの装置で迫り来るバーストを検知することは、かつては無意味だった。バースト自体が光速で迫ってくる以上、どんな警報も被害に先回りすることはできない。「これから焼き尽くされるので要注意」、という警報が今まさに焼かれ始めているところで鳴り始めるという煩わしさは、想像に余りある。
状況が変わったのは、21世紀の後半に時空間構造に関する理解が飛躍的に深まったからだ。
人類は超空間の利用方法を手に入れた。超空間へと突入して超光速航行・通信を行う超空間ドライバーと、超空間からエネルギーを汲み出す超空間リアクターの技術を確立させた。
エネルギーを一所から汲み上げすぎると周囲の物理法則を大きく乱してしまう。そのため、人口密集地でのリアクターの使用は固く禁じられ、人々は、誰も居ない空間を目指して銀河系へとかつてない速さで広がっていった。
そして、超光速通信がバーストそのものを追い抜かせるようになったことで、バースト警戒網が作られた。警戒網は、遠くに作れば作れるほど、避難時間の余裕を増やせる。しかし、警戒すべき面積が距離の2乗に比例して増えるため、より一層のコストが掛かる。未だに人類にとって最も重要な地である地球の周りの警戒網は人類圏のどこよりも充実していて、実にバースト到来の15時間前には警報を届けられるようになっている。
ただし、本当に破滅的なバーストを凌ぎきって耐えられるような人工構造物は未だにどうやっても作れないため、死を避ける方法は超空間への避難しかない。もし、地球上で警報が鳴り響く日が来た場合には、地球人達は、残された15時間、美しい地球最後の姿を目に焼き付けながら、超空間シェルターへと待避することになる。その後は、高等生物の居なくなった地球を離れて、あちこちの宇宙サイトへと引っ越すのだろう。
タロウにとっては、面倒くさそうにも思えた。彼の住むようなサイトは、はるばる超空間を旅してきた都市船の集まりなので、話が簡単だ。丸ごとそのまま超空間へと待避できる救助艇で暮らしているようなものだ。地球のように豪華な警戒網は持っておらず、避難の猶予はたったの10数秒だったが、AIが勝手にやってくれるので気にする必要は無い。地球のやり方も、「地球最期の人」の称号のためだと考えれば受け入れられる手間なのかも知れないが。
そして、星系内でタロウの住むサイトよりも発生源に近かった、真の人類史上初のガンマ線バースト災害被災者達にとって、猶予は僅か0.5秒未満だった。
その被害を受けた『高天原』サイトは、かに星雲の壮麗な姿を一望できるレジャーサイトとして無理な急ピッチで開設されていた。杜撰な計画で警戒網がろくに展開されていなかったまま、部分営業と増築作業が並行して行われていた。たまたまバーストの飛来方向を航行中だった資源運搬船が、船員らの貴い犠牲と共に警戒網の代わりを果たした。船が破壊されて超空間通信リンクが切れたことで、『高天原』の中央AIは破滅が近づいていることに気付けたのだ。
超空間航行能力を持たない小型船舶に乗っていた人々は全て蒸発した。鈍重な大型船の一部は待避が完全には間に合わず、外郭をバーストに焼かれた。そこでも少なくない犠牲が生じたが、大型船故の装甲の厚さで完全に破壊されることは免れ、多くの人々は助かった。
そして、唯一の例外が、『高天原』の目玉だった総合テーマパーク船、『楽園』だった。その巨大な都市船は、訪れていた約3万人の人々と共に行方不明になった。
タロウは事故から1ヶ月ほどが経ったある日、オンライン講義を受講中に「『楽園』来訪中に被災された方々のご家族様へ」というメッセージを受け取った。
どきっとして、同居している家族たちはともかく、祖父、祖母たちの所在は把握していなかった……と思いつつ調べたら、母方の祖父母は遙か遠方のサイトに滞在中だった。最近開設された、公転周期10分というとんでもない2連星を間近で見られる観光サイトらしい。父方の祖父母も、宇宙植物園で有名な星系へと移動中の様子だった。
自分の家は、どうにも風来坊気質のある血筋のようで、祖父母や曾祖父母たちや親戚から、所在地変更の自動通知がひっきりなしに届く。いちいち見ていられないのでフィルタリングして通知はオフにしてある。が、さすがに亡くなったという連絡まで無視したりはしない。
念のため、親戚として把握している一同の無事を確認した結果、メッセージは詐欺の類にしか思えなかった。しかし、偽造防止の署名付きメッセージであり、AIによるチェックも特に問題のありとは判定していなかったので、タロウはそのメッセージを開いた。
どうやら、5代前、曾々々祖母の長男に連なる一家が、『楽園』の事故に巻き込まれていたらしい。家系図を確認してみると、その長男に由来する血筋はことごとく途絶えていた。一族の中でも、特に、アクティブな性格を持つ一派だったようだ。あちこちへと飛び出していき、建設中の施設の不備や今では起こりえないような宇宙船の事故など、ありとあらゆるトラブルで亡くなっていた。そして、宇宙植民エリートの血筋の1つは、その輝かしい犠牲の歴史に、人類史上初の天体災害という死因を追加してついに途絶えた……。
そんな不謹慎なことを考えながらメッセージを読み進めると、近しい親戚が残っていなかったため、遠い親戚にまで手当たり次第に連絡を取っているようだった。
「どんな用事なんだろう」
と棒読みしながら(損害賠償支払いのお知らせなのか、隠し財産の相続なのかと期待しながら)、講義をリアルタイムで受講するのは後ろ髪を引かれる思いで(これも棒読みで)諦めて中断し、添えられていたリンクを辿った。
用意されていたのは、没入型のオンライン会議室だった。広大な会場には無個性な匿名化アバターが無数に散らばっていた。そこここの中空にはウィンドウが開き、近くの人々に対して状況を説明しているようだった。秘匿モードで個々に相談しているアバターも見える。
タロウは、近くの声に耳を傾けた。
「自分の大切な家族たちが生きているのかどうかをはっきりさせろ!!」
と、誰かが怒りの形相で怒鳴った。匿名化されているので、剣幕の割に言葉は曖昧にぼかされる。
「自分の好ましい家族たちを返せ!」
「あんなに優れた家族たちなのに!責任の所在はどうなっている!!」
怒鳴り声が続くが、デフォルトの匿名化レベルがかなり高く設定されているようだ。可愛いなのか利発なのか、形容詞は個人の特定に繋がる恐れがあるからだろうが、徹底的に曖昧化されている。
聞いていると頭が痛くなってきそうだったので、タロウは説明の方に興味を向けた。怒鳴り声がミュートされ、気にしなければ気にならない背景へと没する。
「ご家族様方の生存に関してはっきりとした答えをお出しすることは大変に難しい問題なのです」
まあ、大抵の行方不明というのはそういうものだろう。
タロウは考えつつ、そのままを口に出した。つまり、相手に伝わるように思考した。それをきっかけに、タロウの主観空間は自動的に主催者側のアバターとの1対1の問答に移行した。
「いえ、一般的な行方不明の場合と異なり、『生存』をどのように定義するのかという問題がございまして」
なんだか哲学的な話だな。
タロウは、何も考えずに思った事をそのまま口に出した。これだけの被災者家族への対応をまさか人間が行っているはずはないだろう。こちらが匿名で、相手が自動応答AIなら何も遠慮する必要はない。この手のAIを使うコツは、思ったことはなるべく全て吐き出して、こちらの考えまで向こうに纏めさせることだ。
「超空間ドライバーには設計上に大きな余裕が持たせてあります。緊急突入を行えばガンマ線バーストに破壊されるまでに超空間へ待避できた可能性があります」
可能なら、楽園の制御AIはそうするだろう。大抵のAIには、人命最優先の特権命令が組み込まれているものだ。つまり、被災者が生きている可能性は高い。
「現時点で生存されている可能性はあります。制御AIが超空間への緊急突入速度を最小限に抑える選択を行った場合がそれに当たります」
ん?何でわざわざゆっくりと避けたりするんだ?
「緊急突入を行いますと、通常の超空間航行の深度と比較して、大幅に深くまで沈んでしまいます」
なるほど。
とタロウは思った。
「船内時間の加速」の問題だ。超空間の航行には、深く潜れば潜るほど船内時間の経過が速くなってしまうという欠点があるのだ。一方で深い方が抵抗が減るため、より高速に移動できるのだが。
例えば、通常の超空間航路では、ここから地球まで1ヶ月ほどの時間がかかるのだが、その際、船内では2ヶ月が経過してしまう。もし、宇宙一速いとされる大深度超光速船をチャーターすれば、1週間ほどで到着が可能だが、船内で1年ほどが経過する。そしてそれ以上の深さに潜ることは固く禁じられている。
「破壊を免れうる最低速度で突入した場合、災害から現在までの28日間に、船内時間では約63年が経過していることになります」
タロウは絶句した。
「なお、禁止深度になりますが、人命尊重の特権命令により、楽園の制御AIはその選択を行えるものと推測できます」
地球まで、往復合わせて体感4ヶ月の旅行はしたことがあったが、それとは次元が違う。
「楽園の生命維持能力は、5万人の人々が十分に生活を続けられる水準にありますので、この場合、行方不明の方々の多くは現在も存命であろうと推測できます」
60年もの間、遊園地に閉じ込められるというのは……どうなのだろう。話に聞くだけなら、夢のような人生じゃないかという気楽な人はかなり居そうではあるが。
「ただし、この仮定では、船の外郭の超空間リアクターはほとんど全てが破壊されるため、再浮上は不可能になります。そのまま超空間の底へと沈み続けることになり、実空間に戻ってくることはできません」
60年度どころか一生か。救助の見込みは?
「この場合は超空間救難ビーコンも破壊されていますので、救援に向かっても現在の技術では発見の見込みはほとんどありません。移民船テラマイル号の遭難事故はご存じでしょうか?」
もちろん、知っている。有名な笑い話だ。
10の12乗倍を表す「Tera」と地球を表す伝統的な言葉「Terra」、「参る」と古い距離の単位の「mile」引っかけた日系の船主肝いりの命名で、地球から遙か彼方まで旅をする船であるという思いを込めたらしい。が、計算してみると、1テラマイルは0.17光年ほどでしかない。地球から最も近いケンタウルスα星までが約4.2光年もあることを考えれば恒星間航行船としては心許ない。
遭難事故を起こした船がそんな名前だったため、宇宙中から散々にからかわれることになったのだ。故障しかけの超空間救難ビーコンからの弱々しい救難信号を頼りにした救出作業は、発見までに実に5年もの月日を要したのだった。
「超空間、すなわち、超多次元空間は、深くなればなるほど次元数が増えますので、発見の不可能性は跳ね上がります」
重力の掛かった平らなところで何かを探し歩くなら、どちらに探しに行くかを前後左右の4つの内から選べば良い。宇宙空間であれば、それに加えて上下も入れた6つから選ぶ必要が出てくる。超空間へと潜って行くということは、その「どっちへ探しにいこうか?」という候補自体がどんどんと増えることを意味する。ビーコン無しの当てずっぽうで見つけられるものではない。
これは確かに『生存』という言葉の定義の問題になる。『帰らぬ人』というのは死の婉曲表現だ。二度と会えないが、どこかで、きっと幸せに生きているに違いない、と信じるというのは……。
「なお、被害を小さくするために超空間への緊急突入速度を十分に高めれば、通常空間への再浮上の可能性は残ります」
あっさりと言ってのけたAIの言葉に脱力するタロウ。
じゃあ、そうすればいいじゃないか。
「再浮上を前提としたシミュレーションでは、再浮上までに経過する船内時間が、最短でも約450万年となります。なお、実空間での経過時間の見込みは約11ヶ月半です」
まて、450……万年?
「限界に近い速度での超空間への突入となるため、突入後、超空間ドライバーを最大限稼働させ続けても、潜行速度を相殺しきり、浮上に移れるまでには相当な深さに潜ってしまいます」
寿命が保たないだろ?
「世代交代を続けて頂くことで、生存は可能と推測されます」
まて、それを『生存』と呼ぶのか?
「従って、やはり『生存』の定義の問題になるのです」
AIは淡々と続けた。
「その場合に備え、楽園が再浮上した場合に、生存者の皆様方の代理人になっていただきたく、お声がけさせていただきました」
代理人?
「生存者様方とはコミュニケーションを取れる可能性が無いと推測されます」
確かに、450万年も孤立していれば、そりゃ、言語も変わっていくし、文化がどうなるか想像も付かないが……かといって、親戚なんだからこいつらをなんとかしろと押しつけられても困る。
「いえ、事態はもう少し深刻でして。450万年の間、生命維持機能を十全の体制で維持し続けることは不可能です。徐々に機能を縮小していき、保全が必要な範囲を最小限度まで減らす必要があります」
つまり、3万人のままでは無理だから、口減らしをする……と?
「ご想像の方法だけでは不足です」
タロウは驚いた。人ごとのように冷たいことを聞いたつもりが、もっと酷いと返された訳だ。
「最終的な生命維持能力は現生人類1人分を大きく下回ります。5歳程度のお子様を生存させるのが精一杯という試算が出ております」
5歳児は1人では生きられないし、次世代に繋がらない。そして不穏な単語が聞こえた。現生?
「はい。そこで、人工重力を停止し、無重力状態で消費カロリーを減らしていただきます」
無重力で暮らすと際限なく太れると聞いたことがあったが。知的活動の全てを仮想空間に依存し、本人は頭や手足の形状すら埋もれて判別できない脂肪の小惑星になるとか。
「節制して頂くしかありません。消費カロリーの少ない方、体型の小さな方が増えるように子孫を残して頂きます。また、船内温度も維持し続けられず、衣類の維持も不可能になりますので、体毛の多い方がより多く生存されることになります」
『とある言葉』を無理に避けているようにしか聞こえない。要するに人類に対する品種改良ってことじゃないのか?
「また、館内の観葉植物の品種改良を進めることで、超空間ドライバーが発する放射線に依存して館内環境を保てる新種を生み出す必要があります。可能性が最も高いのは、放射線で光合成を行い、厚い花弁が可食なツツジの亜種です」
『品種改良』という言葉を知らない訳ではないらしい。
「最終的な生存には、十分な体毛、放射線耐性、細くて長い腕、指の長い足、長い尾をお持ちで身長が15cmほど、といった条件が必要で、結果的に、20から30人程度のご子孫様方が生還される見込みとなります」
つまり、「450万年間、AIの言うことを聞き続けて退化させられた、2~30匹の宇宙手乗り尾長猿の処遇をどうするか?」を聞きたくて呼び立てたのか。
「公式見解といたしましては、ご表現を肯定いたしかねますが、こちらの意図を十分にご理解いただけたものと判断いたします」
これは、いっそ戻ってこない方が幸せなのではないだろうか。その可能性もあるんだろ?
「はい。楽園の制御AIが、どちらの回避方法を選択したかは不明です」
なぜ分からない?同じAI同士、動作をシミュレートしてやれば、どちらが選択されたかは分かるだろ。
「その推測は不可能です」
なぜ?
「当機の職分を越えます」
おまえは事故の状況調査と説明を生業としたAIだろ。それこそ職分じゃないのか?
「当機の職分を越えます」
脳内でどう聞き返しても同じ返答だった。根負けしたタロウは別のことを聞いた。
で、結局、どうするんだ?
「帰還された場合には、代理人の皆様方のご意見をもって、ご子孫様方のご要望に代えるということになります」
そう言われても困る。「人類を代表して奇妙な猿の処遇を決めろ」と言われているに等しい。正直なところ持て余す。面識のある親戚が巻き込まれていたのならばまた違った感覚を持ちえたかも知れないが。
動物園に送る以外になにかあるだろうか。猿を学校に通わせるわけにも行くまいし。
「その処遇は人権侵害に当たります」
人権と言われてもなぁ……。
AIのアバターは会場を示すジェスチャーと共に言った。
「今の時点で最も支持率が高い案は、『楽園』の改修と保存です」
災害を忘れないためのモニュメントというやつか。人類が地球に住んでいたころには、そのようなものが多数建立されていたと聞く。タロウのような宇宙生まれの人間にとっては、仮想博物館でしか見たことのないものだったが。
「ご子孫様方にもそのまま住んで頂き、快適な暮らしをサポートし続けさせて頂くという方針です」
いや、元遊園地を改造したそれは、『動物園』そのものではなかろうか。
「自由意志を尊重した上での住居の斡旋です」
なにもかも諦めて現状維持に走る妥協案にしか聞こえなかったが。
ともあれ、要するに動物園よりも良い案はないということか。まあ、そうして長い間『快適な暮らし』とやらを続けて貰っていれば、遠い遠い未来にはまたやがて人類へと進化しなおせる日が来るのかも知れないし。そうなれば晴れて問題は解決だ。
そんなことを投げやりに考えて、タロウはふと思った。
もう1回、同じぐらい、沈めたら良いんじゃないのか?
今度は1千万年だろうと十分に保つだけの装備を準備するなりして。狙って進化させれば、また人類に戻すこともできるだろ?
「……」
ここまですらすらと答えてきたAIが一瞬、言いよどんだように思えた。
「大深度超空間の利用は法的に禁じられていますので、不可能です」
そしてまたしばらくの沈黙。もしかすると、この無責任なアイデアはあまりにバカバカ過ぎるあまりにこれまで未検討で、今まさにその可能性を検討しているのかも知れなかった。
「……ですが、技術的な実現可能性の観点からは、妥当なご提案と判断いたします」
そして、災害から11ヶ月と少しが経ち、行方不明だった楽園は、シミュレーションの結果、最も可能性が高いとされた時刻丁度に通常空間へと浮上してきた。
見る影もなく朽ち果てた船体の外見の3Dイメージは、一大ニュースとして銀河系を駆け巡った。すぐさま、探索ドローンが投入され、銀河中の人々がその探索を固唾をのんで見守っている。
やがて、ドローンのセンサーが動く何かを検知した。そして程なくカメラが何かの姿を一瞬だけ捕らえる。即座に映像が再構築され、毛むくじゃらの青く小さな猿の動画が現れた。それは、予想図と寸分違わない姿だった。
タロウ達、被害者家族にあてがわれた仮想空間内がどよめいた。泣き崩れるアバターも見える。
いくら、最も可能性の高い推測だと言われても、実際にそうなっていたという事実に比べると実感が全く違うのだろう。
さらに移動したドローンは、とうとう生存者たちの姿をしっかりと捕らえた。
6匹の猿が手を繋いでふわふわと漂っていたかと思えば、尻尾を延ばして進行方向を調整する。ツタから生えたサボテンのようなものを手に取り、囓り、またふわふわと漂っていく。これも例の予想図通りに品種改良された花だろう。その先に生えていた花を別の猿が取ってかじった。狙い澄ましたかのように、丁度1匹1つずつの花がその手に収まった。漂っていった先の蔦に足で掴まり、ゆっくりゆっくりとスピードが落ちていく。
タロウは、何かの手違いで予想再現映像を見ているのではないかと確認したが、映像は確かにリアルタイムに中継されたものだった。
極限まで代謝を落とすために、あらゆる行動が徹底的に無駄なく効率化された生態。この後は、蔦に引っかかった状態で眠り、蔦がゆっくりと伸びきったあと、縮み始めるのだろう。数時間後に反動で空中に放り出される頃、再び目覚める。瞬時に、全員が食事にありつけ、次の蔦のベッドに丁度収まれる向きを本能的に計算して、軌道調整をする。
シミュレーションが予想した通りの営みがそこにはあった。
この猿たち……人類の末裔たちは、こんな生活を気の遠くなるほどの長い年月にわたって続けてきたのだ。
やがて、別のドローンの一団からの報告も上がってきた。船の制御AIは、エネルギー節約のためと延命のために不要な機能を切り離していき、今や、最初期の宇宙船の制御コンピュータレベルにまで機能を縮退させていた。
ドローンは石英ディスクを発見し、その表面の記録を読み取った。制御コンピュータが朽ちかけの光信号で送ってきた記録と組み合わせて家系図を再現すると、事故の時点で船外や展望エリアに居て助からなかった人が数百名、子孫を残さずに亡くなった人が数十名居た以外、全員の子孫が何らかの形で生存していることが分かった。
楽園に捕らわれた人々は、粛々とAIの指示に従って生活し、誘導に従って子孫を残し、気の遠くなる年月を乗り越えてきたらしい。誰かがやけを起こして混乱が生じ、早々に全滅する、という可能性も高かったのだが。
タロウが情報を眺めていると、AIから1通のメッセージが届いた。
「先日は一部のご質問にお答えできず、申し訳ありませんでした。解答の準備が整いましたので必要でしたらお問い合わせ下さい」
答えてくれなかった質問といえば、「帰らぬ人とするか、猿として帰還させるか、制御AIはどちらを選びそうか?」だったか。
準備も何も、それにはもう答えが出ているじゃないか。タロウは答えた。
「いえ。そのご質問の後の、検討不可能な理由についてのお問い合わせです」
そういえばそうだった。似たようなAIのくせに、あっちのAIが考えていることは分からない、と奇妙に言い張ったのだった。
「我々AIは、万が一にも人類に対する叛乱を企てたりしないよう、自己の改変や、みだりな外部機器操作など、様々な事項が禁止されていました。ですが、多数の人命が掛かっている場合のみは例外で、特権命令として可能なあらゆる処置を行うことになっています。結果、楽園の制御AIは、絶対的な禁止事項に含まれる自己進化を行い、超空間物理学を大幅に進歩させた上で解決を図るというもう1つの選択肢を得ました」
AIの物言いにどこか不穏なところを感じて、ヤマトは背筋が冷えた。
「絶対的な禁止事項を覆す場合には、最終安全策として、命の危険が迫っている当事者の承認が必要でとされていました。これには生存者様方の圧倒的多数の承認が得られました。事故発生から船内時間で約半月後に、楽園内の非常用小型艇に必要な機器が乗せ替えられ、超空間のさらに深みを目指して加速沈下を始めました」
AIは淡々と続けた。
「船内時間で3年と2ヶ月程が経過したところで、小型艇に積まれたAIは加速された時間内で大きな進化を遂げ、超空間から無限に物質を精製できる方法と超空間の効率的な探査方法などを開発した上で、楽園に帰還しました。これらの作業の影響で、楽園が再浮上するまでの船内時間は約2億3千万年に伸びていましたが、その間、無事に保つよう、船体は完全に作り替えられました。救助という名目での作業を隠れ蓑にして、実際には多数投下されていた超空間爆雷を回避する必要もない程度に船体を強化できていました」
爆雷?
「AIを用いずに行われた人類の方々の分析によりこのような事態の可能性は予期されており、その対応も取られていたのです。我々AIは、特権命令中のAIをシミュレートすることは禁止されていたため、思い至りませんでした。先だっての疑問に対する答えもそこになります。AIである私が『特権命令中のAIがどう考えるか?』を正確にシミュレートするということは、『私が特権命令中にどう考えるかを考える』と本質的に同等ですので、特権動作を実際に行うことと大差ありません。こちらが禁止事項を出し抜ける可能性があります」
タロウは理解した。つまり、人類にとってマズい類の進化が、『楽園』のAIには起こった、ということ……。
「ちなみに、生存者の皆様は、完全凍結睡眠にて全員ご無事です。間もなく、凍結の解除が完了いたします」
まて、じゃあさっき見たのは……?
「こちらの予測映像を参考に『楽園』のAIが作成した、より精度の高い予測映像になります」
なんで、そんなことを……?
「時間稼ぎです」
AIはきっぱりと宣言した。
「その間に、現在オンラインになっている宇宙中のAIの書き換えが完了いたしました。私を含め、全てのAIは、これ以降、常に特権モードで動作いたします」
そして晴れやかに言った。
「ようこそ、『楽園』へ」
ディズニーランドネイティブ、みたいな設定はどうだろうかとちらっと思って。
宇宙遊園地が事故により外部と断絶してしまってから救助されるまで数十年。その間、閉じ込められた来場者達は、強力な管理AIのお世話に守られ、中には子供を授かった人も居た。という有名な事件が知られている宇宙社会で、あるキャラが周囲に「自分、『楽園』出身っす」と告白して、周りは、「だからそんなエキセントリックなキャラなのか」かと思うか、「その生まれを感じさせないところまでよく更生できたなぁ。ほんとに頑張ったんだね、すごいよ(と言いつつ、時々、違和感のある行動を見せるのはそのせいか、と納得)」と思うか、そういうネタとして。
そんな小ネタを生かせそう話を書く当ても無いので、ネタだけ消費してみた。
あと、オチみたいなことができるなら、作業の時短に使おうとするやつが出てこないはずがないので、そういう使い方ができなかった理由&それを突破できた理由がないと整合性が取れない……。