奥村さん家のガーディアン 2話
◆ガーディアンシステム
さて、奥村家を狙う賊どもを排除することに決めたワタクシですが、自分自身に戦闘能力はありません。
セキュリティシステムに関しましても、賊の侵入を通報することはできても、排除するための直接的なオプションがありません。
その上、奥村家は市街地を離れた辺鄙な立地にあり、当社機動隊の到着までは25分。
警察機関へ通報しても、到着までに10分以上かかってしまいます。
つまり賊サイドとしては、ある程度のリスクを負ってでも迅速に事を済ませてしまえばいいと割り切ることができるのです。
最近流行中の郊外住宅への押し込み強盗のほとんどがこの手合いであり、中には強盗致傷や強盗殺人につながるケースも存在します。
「戦闘能力の不利……時間的地理的不利……ふん、なんですかその程度」
ワタクシは決意を固めると、深い眠りに入っている春太さまを2階の自室へお連れし、正雄さまご愛用のマッサージチェアで廊下側に簡易的なバリケードを設置しました。
機動隊の派遣と警察機関への通報を要請した後、緊急時用の『ガーディアンシステム』を起動しました。
これはアイギスシリーズ特有の機能で、大災害などの緊急時に際し、セキュリティはもちろんのこと空調や給排水システム、すべての家電やロボのコントロール権限を一時的に掌握できるものです。
もちろん『賊の排除』を想定したものではありませんが、それに近い行動はとれます。
人間はいうならば『水の詰まった袋』のようなもの。衝撃に脆く、環境の変化にも弱い生き物なので、いくらでも対処方法があるのです。
ではセキュアコンシェルジュが人間を傷つけていいのかという話になりますと、これはもちろん否です。がしかし、抜け道はございます。
当社倫理部により設計されました行動原則によりますと、ワタクシたちはいついかなる時も『ユーザーさま最優先』であり、かつ『不可避的な事故あるいは急迫不正の侵害に際しては、率先して身を投げ出しお守りする』ように指示されております。
通常の家電ロボではないセキュアコンシェルジュだからこその仕様ですが、これを拡大解釈して運用することで、『正当防衛』あるいは『緊急避難行為』に近い行動をとることができるのです。
「――さあ皆の者、ワタクシの指揮下に入りなさい」
号令一下――
ガーディアンとなったワタクシの目は、すべての防犯カメラや家電に搭載された人認証システムそのものとなりました。
ガーディアンとなったワタクシの手足は、すべての家電や空調、給排水システムそのものとなりました。
ガーディアンとなったワタクシの鼻や耳は、すべてのガス分析センサーや高感度マイクそのものとなりました。
つまりこの瞬間、ワタクシは奥村家の意志そのものとなったのです。
「可及的速やかに、賊どもの情報を寄こしなさい――」
◆VS強盗団
強盗団の現在位置は庭でした。
スーツ姿の男Aが作業着姿の男B・Cを呼び寄せ、さっそくとばかりに作業に移っています。
木の杭を2本打ち込みブルーシートを張って目隠しとすると、そのまま窓ガラスを割って侵入して来ました。
激しいガラスの破砕音が発生しますが、立地的にそれぐらいなら無視できると考えたのでしょう。
速度と効率を重視した、いかにも手慣れた振る舞いです。
【……ここ、居間か?】
【ちょうどいいや、金を置いとくなら居間か寝室と相場が決まってますんで】
【そ、そっすね。ちょうどいいっすね】
Aの問いに背の高いBがのんびりと答え、小太りのCがこくこくと忙しなくうなずきます。
家人に遭遇した時のためでしょう、番線カッターやハンマー、モンキーレンチのような武器を装備しています。
現行法において、強盗は5年以上20年以下の有期懲役。初犯の場合でも情状酌量の余地なしとなる場合がほとんどです。
つまり『顔を見られてしまったなら、逃げるより殺したほうが早い』と考える者も多くおり……。
「今後のためを考えるなら、ここでこの者たちの命を断っておくべきでしょうね、しかし……」
殺人はさすがにやり過ぎです。
結果として強盗を撃退できたとしても、『人間を殺した危険なロボット』として事件解決後に分解、発売禁止となってしまうかもしれないからです。
「……姉妹たちのためにも、殺人に至らない範囲でかつ今後の生活に絶対的な支障が出るように徹底的に痛めつける必要がありますね」
家の平面図と家電やロボ、各種設備の配置を確認してから、ワタクシは瞬時にプランを練りました。
「皆の者、聞きなさい――」
指示を出すと、皆は一斉に動き始めました。
◆徹底的に痛めつける
強盗団の現在位置は、変わらず居間。
【……ん、あれ?】
AとBが居間の戸棚を物色し始める中、Cが不思議そうな顔をします。
【この充電用ユニットって、スリーエスの最新型だよな……?】
セキュリティシステムに詳しい手合いなのでしょう、壁際に設置された充電ユニットを見つめています。
【アイギスだっけ。なんか変な噂を聞くんだよな……。家に侵入した変質者をネットトラップでくるんでゴミ箱に捨てたり、悪質な訪問販売員を草刈りロボで泣くほど追い詰めたり……】
さすがは姉妹たち、ユーザーさま最優先の見事な活躍ぶりです。
【普通のセキュリティシステムがやることじゃねえんだよな。なんか生っぽいというか……生き物っぽいというか……】
ワタクシたちは『本物の人間と同じように』振る舞うことをプログラムされているので、それは完全に仕様ですね。
【つか何よりの問題は……だ】
充電ユニットを見つめたCは、ゴクリと唾を飲みこみました。
【なんでここにいないんだ……?】
【おいなにやってんだ、ボッとしてないで金目のものを探せ!】
【はい兄貴……でも警備ロボがいないんすよ!】
【はあ? 家の中巡回でもしてんだろ! ロボごとき、見つけたら殴り倒せばいいだけだ! いちいち気にすんな!】
【それはそうかもしれんすけど……ん?】
Cは言葉の途中で顔を横に向けました。
そこにいるのは円形の掃除ロボです。
機敏に動き回り家中の床を掃除する関係上、万が一にもユーザーさまにぶつかってケガをさせたり大切な物品を壊してしまわないように、センサー感度を鋭くしてあるのが特徴です。
つまりは設計上、人にぶつかるなどということはあり得ないはずですが、それはあくまでオートモードでの話。
すべての権限を掌握した上でマニュアル操作を行えば……。
【な、なんであいつモーターぶんぶん鳴らしてんだっ⁉ 暴走族じゃねえんだぞっ⁉】
掃除ロボにあるまじき挙動に怯えたCはその場を逃れようとしますが、時すでに遅し。
原動機付き自転車なみの速度を出した掃除ロボの突進を躱すことができず……。
【ぐああぁぁぁっ……!!!!!?】
重さ4キロの金属の塊が脛に直撃しては堪りません、Cはもんどりうって倒れ込みました。
【痛いっ……痛いっ……やめてえぇえぇえぇえぇっ⁉】
掃除ロボはなおも攻撃の手を緩めません。
床に倒れたCの顔面へ、ガツンガツンと激しい体当たりを繰り返します。
【ああっ⁉ なんだこいつ⁉】
Cの窮状を見かねてというよりは、単純に足元で蠢く物体が気に障ったのでしょう、Aが蹴りを繰り出します。
がしかし、掃除ロボはこの力任せの蹴りをあっさり回避。
ただちに反撃……はせず、フラフラと左右に揺れながら、誘うように廊下へと逃げ出しました。
【この野郎、バカにしやがって!】
【兄貴、どうしたんすかっ?】
【絶対ぶっ壊してやる!】
激高したAが掃除ロボの後を追い、Bもまた急いでついて行きます。
ふたりが足を踏み入れた廊下にはしかし、掃除ロボと似たデザインの床拭きロボットが清掃用の特殊ワックスをたっぷりと塗って待ち構えていました。
【……はあああぁっ⁉】
【ちょ、ま……っ⁉】
このことをまったく予想していなかったAとBは堪らず足を滑らせ、転びました。
腰や臀部などを強打しましたが、一撃で行動不能にはなりませんでした。
【くそっ……人間様をナメやがって……!】
【尻がふたつに割れちまったじゃねえかこの野郎!】
体を起こしたふたりは、滑る床に気をつけながら掃除ロボと床拭きロボットの後を追います。
がしかし――
【のうわ……っ⁉】
【さっきより滑るっ……⁉】
廊下の途中からワックスの塗りをさらに強くしておいたおかげでしょう、2人は耐えきれずに転び……。
【がっ……あっ……⁉】
後頭部を打ったBは、そのまま泡を噴いて気絶。
【絶対殺すっ、ぶっ壊す……っ!】
Aのみがしぶとく立ち上がると、後頭部を擦りつつ掃除ロボの後を追います。
【てめえらも、てめえらの主人もスクラップにしてやる……っ!】
歩いてはいますが、頭を打ったダメージは抜けきっていないのでしょう。視線がゆらゆら、体はふらふら。
いつの間にか自分が台所にいることにすら気づいていないようです。
そして今現在、台所がどんな状態にあるかも。
「……頃合いですね」
ワタクシは遠隔操作で台所のドアを閉じると、電子ロックをかけました。
【ドアが閉まっ……? くっ、これはガスか……っ?】
あらかじめ充満させておいたガスのおかげで酸素濃度は急激に低下、Aの体に異変を生じさせます。
目まいに頭痛、酸素欠乏……。
【ここを開けろ、開けやがれ……っ】
平常時だったら蹴破ることができたかもしれないドアですが、後頭部へのダメージと酸欠による体調不良が重なってはどうにもなりません。
とうとうAは意識を失い、その場に崩れ落ちました。
「……」
ワタクシは改めて、奥村家の内部を走査しました。
作業員Cは居間でうずくまり恐慌状態、作業員Bは廊下で後頭部を打って気絶、スーツ姿のAは台所で酸欠失神。
いずれもダメージは深刻で、これ以上の犯行は不可能でしょう。
ここまでに要した時間は約5分。
奥村家の内装には相応の被害がありましたものの、最悪の事態は避けられました。
「――任務完了でございます」
警察車両の鳴らすサイレンを遠くに聞きながら、ワタクシは満足してつぶやきました。
◆事件解決、そして――
その後。
駆け付けた警察官たちによって、3人は住居侵入及び強盗未遂の容疑で緊急逮捕されました。
しかしAとBは意識がなく緊急搬送。
ひとりだけ意識のあったCは「お、俺を今すぐ刑務所へ連れていってくれっ。この家には悪魔が住んでるんだ、まごまごしてたら殺されちまうっ」などという妄言を吐き、取り調べ不能。
警察官たちは畏怖のこもった目でワタクシを見ると……。
「仙崎ってあれだろ? 関東近郊の戸建てを狙う強盗のプロ。そいつが警備ロボにやられたってのか?」
「お掃除ロボに脛をぶつけて悶絶……清掃用ワックスで足を滑らせて気絶……あとはなんだ、なぜか台所で失神? なんかそういう映画あったなあ……家に侵入した強盗を撃退するみたいな。ホームア○ーンだっけ。しかしまさか、ロボがそれをやるとはねえ……」
遅れて当社機動隊や技術部が駆けつけ、防犯カメラの記録やワタクシの行動ログの提出を求められましたが、ガスの使用に関しては『命の危険性あり』と評価されるかもしれないので、そこだけは修正してお渡ししました。
結果、『ユーザーさまの命を守るための果敢な行動』ということで全てお咎めなし。さらなるユーザーさまの獲得に繋がるかもしれないと、むしろお褒めの言葉をいただきました。
そうこうするうちに警察からの連絡を受けた良子さまが、遅れて正雄さまが帰宅。じゃっかんの事情聴取と現場説明などありましたものの、その日の晩にはすべての問題が解決していました。
そして……。
「アイ子ちゃんが頑張ってくれたのねっ。良かったわ、あなたがうちの子で本当に良かったっ」
――ギ。
「いやすごいよ、さすがはスリーエスのハイエンド機種。ただ機動隊を呼ぶだけでなく、警察に通報した上で犯人を撃退までしてくれるなんて最高だ。本当に感謝してる」
――ギギ。
「ぼく、アイ子おねえちゃんに助けられたんだね。ありがとう……大好きっ」
――ギギギギギギギギギギギギギイィィィィィィッ!
良子さまと正雄さまによる感謝のお言葉と、春太さまの熱烈なハグ。
素晴らしい褒賞を受けたワタクシは、ただちにその旨を姉妹たちに報告しました。
【見事な働きぶりです。今後も継続し、ユーザーさまのお役に立てるようにがんばりなさい】
【見習うべき点がいくつもありますね。まず家電を活かした戦い方ですが……】
【働きが具体的に評価されるというのは嬉しいものですね。ワタクシの配属先では飼育下にある猫が仕留めたネズミをワタクシにくださるのですが、これはいったいどのように処理したら……】
多くの賞賛の言葉と、新たな相談と。
姉妹たちは今日も姦しく会話を繰り広げます。
その中で、ひとつ気になる話題がありました。
【ユーザーさまが外出先で事件に巻き込まれる可能性が高いと判断した場合、どうするのが妥当でしょうか?】
屋内であるならばガーディアンシステムで対処できる。
しかし、ワタクシたちの活動範囲外である外出先においては?
セキュアコンシェルジュの抱える永遠の課題とでもいうべきものですが、正直ワタクシはこの時点では、まだ他人事のように考えていました。自らに差し迫った問題ではないと。
しかしすぐに、問題は現実のものとなりました。
他ならぬ春太さまの身に、危険が迫っていたのです……。
――『Chapter1 ~強盗団撃退編~』終了
『Chapter2 ~変態教師駆逐編~』開始――