保護したおじさんの中から美少女宇宙人が出てきた 2話
――植物系異星人、ウーリャ・ニュルットを見つけた者は警察までご一報を。
報道番組では、専門家監修のもと描かれたウーリャの想像図が紹介されていた。
全身をツル草で覆われた緑色の化け物。ギラリと光る赤目に、人を喰らいそうな鋭い牙。頭部からは食虫植物のようなものまで生えている。手足も八本くらい生えているけど……誰だこれ。
「クトゥルフ神話かな」
「失礼しちゃうよね。アルラネ星人と地球人はそんなに見た目の違いは大きくないんだよ。起源が同じで、アヌンナキ系の有機人類ってカテゴリーなんだ。あ、私は遺伝子調整したから、春樹の子どもだって産めるからね」
「爆弾発言を次から次へと叩きつけてくるのはやめてもらえないかなぁ」
そういえば、おじさん型の環境適応スーツで遺伝子調整をしてたと言っていたが、それのことか。ひとまず、気になる部分は後で掘り下げて聞くとして。
報道番組によると、日本以外の国でも同様にウーリャの捜索が行われ、懸賞金を掛けている地域もあるらしい。
SNSを覗けばみんなざわついている。何かの陰謀ではないか、世界的なドッキリじゃないか、どこかの国の生物兵器か、ついに人類の終末が来たのか……とにかく、みんな大混乱の様子だ。まぁ、異星人の存在なんてすぐには信じられないのが普通だろう。
ウーリャは膝の上に白猫のムジカを乗せる。
「ムジカ。私の記憶だと、地球は保護指定惑星に分類されてるから、こんな大規模な干渉は許されていないと思うんだけど」
『その通りだ。本件は未開惑星保護法に著しく違反している……それにこのやり口。おそらく』
「分かってる。アイツの仕業だね」
そしてウーリャは、僕に頭を下げ、絞り出すように告げた。
「ごめんね、春樹。一緒に暮らしてほしいって私からお願いしたんだけど……さすがにこれは無理だ。地球人みんなの命を、私個人の自由と天秤にかけることはできないよ」
「ウーリャ。一体何を」
「私を探しているヤツは、たぶん私が環境適応スーツを脱ぐタイミングを見計らっていたんだと思う。あのスーツは適正な着用期間が決まってるし、一度脱ぐとかなり長いインターバルが必要になるんだよね……そこを狙われたみたい」
一体何の話なのか、僕の理解は追いついていないが。
「アイツがここまで執拗に追いかけてくるとは思わなかったんだよ……迷惑をかけて、本当にごめん。手遅れになる前に、私はこの家を出ていくね」
⚝ ⚝ ⚝
私はアルラネ星の出身らしいんだけど、実を言うと母星の記憶はないんだ。
物心つく頃にはもう大型宇宙船の中で生活していて、成長したら船長の妻の一人になることが決定していた。そしてここには、同じ境遇の女の子たちがたくさん暮らしていたんだよ。
「ウーリャの髪は器用だね。色々できていいなぁ」
「私はベルゥの羽の方が羨ましいよ」
一番仲良しだったベルゥは、昆虫系の人類。羽を擦り合わせて、すごく綺麗な音色を奏でるんだ。それに歌も上手くて、自分で曲まで作っちゃうんだよ。
私たちはいつも一緒にいた。唯一無二の親友で、大切な家族だったんだ。
一方で、船長のヴラードル・マルス・メルカトールという男は、冷酷で残忍だった。
妖精系の耳の長い人類なんだけど、噂によると若い頃に不老処置を受けたらしくて、ずっと見た目が変化していない。対外的には商人を名乗りながら、宙賊行為で荒稼ぎをしている男だった。
「ウーリャ・ニュルット。拿捕した小型艦の修理をしておけ。次のジュンカ星系で売る」
ヴラードルは一匹狼で、配下はみんな機械だった。私たちは、仕事に直接関係のない雑用なんかをさせられていたんだよ。
襲撃方法はある程度パターン化されていた。ターゲットとなる中型の商船に、出港前に虫型機械を侵入させおいて、航行中に人質を取って船員を脅すんだ。同時に外部との通信を遮断して、護衛の小型戦闘艦を殲滅する。男は皆殺しで、気に入った女や将来有望そうな赤子は囲い、そうでない女は売る。
「官憲が決定的な証拠を押さえるか、俺が巧みに逃げおおせるか――これはそういうゲームだ」
アイツは捕らえた女の生体データを宙空に浮かべながら、いつもニヤニヤと醜く笑っていた。
「それじゃあ、ベルゥ。仕事してくるね」
「頑張って、ウーリャ。あたしは新曲を考えとく」
「わー、楽しみ!」
髪を器用に動かせる私の仕事は、小型艦の修理が主だった。つまりね、拿捕した複数の宇宙船から、まだ使える部品を継ぎ接ぎして、最低限売り飛ばせるレベルの中古船を仕立て上げるんだよ。
もちろん、いくら頑張ったところで給料なんかもらえないけど。でも、私にはそれなりに見返りもあった。
「この部品はもらっちゃおう。おっと、メモリチップが手つかずじゃん。お宝あるかなぁ」
宇宙船のメモリチップには、搭乗者の暇つぶしのために様々な星の娯楽作品なんかが記録してある。そういうのをサルベージして楽しむのが、私たちの密かな楽しみだったんだよね。
それに、使える部品を少しずつ持ち帰って、身の回りのちょっとした便利グッズを作るのも楽しかった。ヴラードルには絶対内緒だったけど。
「これは、音楽の再生装置――ムジカ、か。なかなか性能の良さそうな人工頭脳を積んでるね」
ムジカの人工頭脳を入手したのも、そんな中でのことだった。
元々は音楽再生用で、使用者の気分に合わせてメモリの中から最適な音源を探し出すのを仕事にしてたんだけど。正直、目的のわりに無駄に性能が高くてね。最終的にはその人工頭脳部分だけを流用して、私とベルゥの生活のサポートなんかをしてもらうようになったんだよ。あぁ、当時はただの球体で、白猫の身体を手に入れたのは地球に来てからなんだけど。
そんな風に過ごしていた私が、地球に逃げてきたのは……親友のベルゥが殺されたからなんだ。
⚝ ⚝ ⚝
「殺された?」
「ベルゥは発育が良かったから、私よりも先にヴラードルの寝室に連れて行かれることになって……その晩に、羽を千切り取られて殺されたんだよ。そして、私に宛てたメッセージをムジカに託した」
過去を打ち明けるウーリャの声は、酷く震えていた。
恐怖というよりも、悔しさや怒り。そういった感情が伝わってくる。ベルゥという子は、ウーリャにとって本当に掛け替えのない家族だったんだろう。
「ベルゥが最期に何かしたのか、アイツの作り上げた監視網があの時は機能してなくてね。だから私はムジカを抱えて、売却予定だった小型艦に乗り込んだんだよ。現地人に擬態できる環境適応スーツだったり、アルミニウムなんかの金属資材、小型の核融合炉、レアな部品なんかを積めるだけ積んで……と言っても、大したものは載せられなかったけど。そうして、ヴラードルの船からどうにか脱出した」
「それで地球へ?」
「うん。地球は保護指定惑星といって、まだ星間文明に触れられるほどの技術レベルに達していない星だから、大々的に干渉しちゃいけない決まりになっている。私を探すために労力をかけるくらいなら、アイツは諦めると思って……それで地球を選んだんだ」
それが蓋を開ければ、ヴラードルはウーリャのことをまったく諦めていなかった。それどころか、彼女が環境適応スーツを脱ぐだろうタイミングで追い込みをかけてくる念の入れようだったと。なるほど。
「ヴラードルの目的は」
「たぶん、私を殺すこと……だと思うんだけど、今はよく分からない。正直、未開惑星保護法を堂々と破る方がリスクが高いと思うし」
確かに、そこは引っかかる点だな。
話を聞く限り、ウーリャが小型艦で持ち出したのはそう大したモノでもないだろう。女一人に執着するような性格とも思えない。可能性は色々とあるが、何にせよ今は想像の域を出ないか。
「地球に来て。私は生まれて初めて恋をしたの」
「……ウーリャ」
「私は、大好きな春樹と一緒に暮らしたかった……それだけなんだよ。だけど、状況は変わった」
そうしてウーリャは、すっと立ち上がる。
「地球のみんなに迷惑はかけられないよ。何より、春樹がアイツに殺されるなんて事態には、絶対にしたくない。私は大人しく出ていくことにする。だから……さよなら、だね」
強がってはいるが、ウーリャの身体は小さく震えていた。事情を考えれば無理もない。僕は立ち上がると、彼女にゆっくりと歩み寄った。
「ヴラードルは地球を滅ぼせるんだな?」
「うん。地球の技術力じゃ太刀打ちできない」
「それなら……過去の行動から考えてみてほしいんだが。冷酷で残忍なヴラードルが、ウーリャを取り戻した後で、見せしめや口封じのために地球を滅ぼす可能性はどれくらいあると思う」
僕がそう問いかければ、ウーリャはビクッと肩を跳ねさせて、僕の目を見返してくる。
「確かに……黙って地球を見過ごすとは思えない」
「そうだろう。今のままだと、いずれにせよ地球は滅ぼされる。それなら、ウーリャが今このタイミングで無策で出ていっても、地球人の寿命を縮めるだけだ。焦る気持ちは分かるけど、もう少し冷静に行動しないと」
「う……春樹の言う通りだ。私が軽率だった」
甘い対応を期待できる相手ではないだろう。まぁ、そもそも僕には、ウーリャを行かせるつもりなんて欠片もなかったわけだが。
――彼女の震える手を、そっと握る。
「僕はウーリャを手放さない。絶対に」
「春樹……」
「猶予は一ヶ月ある。何か作戦を考えよう」
そうして彼女を椅子に座らせると、僕はお茶を淹れ直してくる。
たしか、まだ薄皮まんじゅうが残っていたはずだ。ウーリャは和菓子が好きだから、お茶と一緒に持っていってあげるのが良いかな。こういう時は、きっと心にも栄養が必要だろうから。
「ひとまず、今ウーリャが所持している資材や装置を確認するところからかな。そういえば、ウーリャが逃げる時に乗っていた小型の宇宙船は?」
「あ、この家の地下に格納庫があってね」
「……いつの間に作ったんだ」
とにかくこんな風にして、僕たちは作戦を考え始めた。期限は一ヶ月だけど、ヴラードルがそれまで大人しく待っているとも思えない。長期的にも短期的にも、色々と手を打つ必要があるだろう。
⚝ ⚝ ⚝
各国政府が声明を発表して三日。
テレビはどのチャンネルに合わせてもウーリャの特番ばかりが放送されている。「植物系異星人」の想像図は日増しに凶悪になり、もはやホラー作品のクリーチャーのようだ。危機感を煽る意図があるんだろうが、そのうち東京タワーでも破壊しそうだな。
政府や報道機関は、既にヴラードルに脅され言いなりになっているのだろう。発信される情報を受けて、SNSもずいぶん混沌としてきた。
「……大喜利大会かな」
「なんか迷走してるよね。ほとんどの人は、何を信じれば良いのか分からなくなってるみたい。政府の陰謀説を主張する声が大きいし、異星人実在説を語るのはちょっと胡散臭いアカウントばっかり」
「まぁ、そうなるのも分かるが」
ある意味で当然だが、みんなそれほど真剣に事態を捉えてはいないようだ。
「ウーリャのイラストも、SNSにたくさん上がり始めたな。日本の絵描きの反応が早い」
「そうそう、これ見てよ。私にそっくり!」
「あぁ、擬人化しましたってやつだな。政府発表よりも趣味のイラストの方が現実に近いっていうのは、どうなんだろうとは思うが」
ハッシュタグでも「#ウーリャたんチャレンジ」なんてものがトレンドに上がり、恐ろしい化け物から可愛らしい擬人化まで、多種多様なウーリャが描かれていた。その大きさも、手乗りサイズから怪獣サイズまでずいぶんと幅広い。
「ふふふ、私ってばすっかり有名人だね!」
「ウーリャが納得してるならいいが」
「納得どころか大満足だよ。めっちゃ楽しい」
ウーリャはソファに寝っ転がって煎餅をポリポリと齧りながら、呑気にスマホを眺めている。まぁ、この状況で気を緩めていられるのは良いことか。
ちなみに彼女の着ていた環境適応スーツは、今はムジカが乗り込んで操作できるよう改造され、リビングの床下に収納してある。僕としては、瓜谷さんの姿でイケメンボイスを出されると違和感しかないんだが。
「僕らにとっては、今の状況が続いてくれた方がありがたいが……さすがに無理か」
「ヴラードルがこのまま放っておくとは思えないね。どんな手を打ってくるのか……いくつか想定はしてるけど、それによって対応も変わるし」
そうして話をしている時だった。
白猫のムジカが、ピンと尻尾を立てる。
『主。奴が動いた』
「何があったの? ムジカ」
『ここから北西にあるロシア連邦という国の首都、モスクワが消し飛んだようだ。まだどの国も情報を掴んでいないようだが、あの辺りにあるネットワーク機器が一斉にアクセス不能になった』
なるほど。それはかなりの大惨事だ。
ウーリャは姿勢を正し、神妙な顔をする。
「ロシア……たしか、気温の低い国だったよね」
『植物系人類の生存にはあまり適さない自然環境だったため、滞在候補地から外した地域だ』
「なるほど。つまりヴラードルも、私があの国にいないと予想できたはず。広範囲を消し飛ばしたのは、私を殺すためではなくて、地球人に対する警告と見るのが妥当かな」
ウーリャはソファから勢いよく立ち上がる。
「春樹。例の作戦をさっそく始めよう」
「あぁ。今の状況なら、想定した立ち回りで問題ないはずだ」
そうして、僕らは家の地下へと向かう。
この一年、僕の知らないうちに月城家の地下は宇宙船の格納庫に改造されていた。しかも、単なる宇宙船の置き場所というだけではない。大抵の攻撃に耐えられるシェルターのような場所になっていて、内部は学校の体育館くらいまで空間が拡張されている。
地下の隅には核融合炉というエネルギー生産設備が配置されているから、設備を維持するだけなら五千年程度は問題ないらしい。
「とんでもない技術力だな。地球人からすると、まるで魔法だ」
「ふふん。エネルギーシールドで防衛もバッチリ。食料生産も空調も問題ないし、このまま引きこもって死ぬまでイチャイチャ生活を送ることも出来るよ」
そんな話をしながら、僕らは地下の一画にある「ARルーム」へとやってきていた。ここは背景や周囲の物を空間に投影することができる設備だ。宇宙船内にはよくあるものらしい。
「それじゃあ、春樹。行ってくるね」
部屋の扉が閉まる。そして、僕がモニターの前に座ると、制御装置の上でムジカが丸まってネットワークへの接続を開始した。
しばらくして、軽快な音楽と共に、画面の中のウーリャが喋りだした。
『――はじめまして、ウーリャちゃんねるへようこそ! 地球人の皆様も、地球にこっそり暮らしている異星人の皆様も、ぜひぜひゆっくり楽しんでいってくださいね』
これから始まるのは、ウーリャ本人による生配信。ムジカのおかげで通信も秘匿できているから、あとは伸び伸びとやるだけだ。
敵からただ逃げるのではない。僕らは戦って、未来を勝ち取る。これはそんな、反撃の一手だ。