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うらみあい 2話

[深澤(ふかざわ)昌也(まさや):1]



 妻の不倫が原因で離婚して、子どもがいなかったのをいいことに実家に戻った。

 都会に出ていった一人息子がまさかの出戻りである。初めのうちはご近所さんからやいやい言われたものだが、しばらくするとそれも落ち着いた。

 ことあるごとに見合いの相手を見繕(みつくろ)おうとするおばちゃんも、何度か強めに拒否すればとりあえずは諦めてくれたようだった。

 慣れ親しんだ実家で両親と三人、まぁまぁ平和に暮らしている。


「配達行ってきます」

「おー、よろしくなー」


 ちょうど、実家のある地域の郵便局から人手が足りないという話が出ていたこともあり、仕事を辞めることなく異動できたのも大きかった。

 刺激の少ない田舎の郵便局で、のんびり働く人生も悪くはないと思っていた。


「こんな住所あったっけな……阿賀甲(あがこう)織戸(おりべ)村?」


 次に向かう場所を確認しておこうと郵便物の住所を見て、俺は首を(かし)げた。追跡番号付きで出された郵便物に書かれている住所は、記憶にないものだった。

 仕事用のスマホを取り出して地図に入力してみれば、その住所が示す家は確かに配達範囲内にあった。幼い頃、探検と称してそれなりに足を伸ばしたものだが、知らない場所というのはまだまだあるのだなと思った。


 スマホのナビに従ってバイクを走らせると、木々の生い茂る森の中へとどんどん入って行く。舗装(ほそう)されていない道を行くのは慣れたものだが、それにしても森の中すぎる。

 どれほどの人数が住んでいるのかは知らないが、せめてもう少しくらいは道を整える気持ちを持ってほしかった。


 とはいえ配達しないわけにもいかない。バイクでは入っていけなくなったため、そこからは郵便物を持って歩くことにした。

 草木が踏み倒されて出来たような道を歩きながら、運動不足を痛感する。まだ山に入って少ししか歩いていないというのに、息が上がっていた。

 水を持ってくればよかったと後悔しながら歩みを進める。一本道ではあるものの、スマホの地図アプリは開いたまま歩いた。こんなところで道に迷いたくはない。


 十分ほど歩いて、古びた家屋(かおく)がいくつか見えてくる。

 こんなところに集落があったとは思わなかった。ここに住んでいる人たちは買い物には行かないのだろうか?

 それなりに大きな畑が見え、基本的に自給自足の生活を送っているのだろうなと納得する。

 住所はこの集落全体を示しているようだったので、俺は表札を確認していくことにした。


「えーと……深山(みやま)さん深山さん……」


 玄関先に表札を出している家が多く、いちいち聞いて回らなくていいのは助かった。けれど、人が見当たらないのはどういうことだろう。通ってきた道とは別の道があるんだろうか。


 高い位置にある太陽に焼かれながら、深山家を探す。もし在宅だったら、コップ一杯の水でもくれないかな、などと思いながら歩いていると、家の裏から人が出てきた。

 三十代半ばくらいの線の細い女性だった。俺と目が合うと驚いたように立ち尽くし、こちらを凝視(ぎょうし)している。


「あの、すみません。深山さんのお宅をご存知ですか? 郵便配達に伺いたくて……」

「えっと……私が、深山です。家、そこなので、よろしければお水でもいかがですか」

「本当は良くないんですけど、いただいてもいいですか。思ったより山道がキツくて……ははは」


 深山さんの後に続いて、少し奥まったところにある小さな平家まで歩く。ガラガラと玄関を開けて中に入った深山さんは、水の入ったコップを持って戻ってきた。


「こちらお届けの品です。受領印かサインをいただけますか?」

「サインで……お水、どうぞ」

「ありがとうございます。サイン、こちらにお願いします」


 コップと受け取り、荷物とボールペンを渡す。サラサラと丁寧(ていねい)な字でサインが書かれるのを見ながら、コップの水を一気に飲み干した。

 冷たい水が(のど)を通り、思わず「ぷはぁ」と息を漏らす。クスクスと声が聞こえ、見ると深山さんが口元を押さえて笑っていた。


「す、すみません。お恥ずかしいところをお見せしました」


 気恥ずかしくなってそう言うと、深山さんは首を振った。


「美味しそうに飲んでいただけて嬉しかったです。もう一杯飲まれますか?」

「いえ、もう大丈夫です。ありがとうございます」


 コップを返そうとした時、家の奥からガタガタと音が聞こえた。その後、(ふすま)が少し開く音がして、か細い声が聞こえてくる。


「お……ぁ……さ……」

「今お客様がいらしてるからダメよ! 少し待ってて!」


 大きな声を出したりしないタイプかと思っていたので、声を荒げる深山さんに、少し驚く。反射的に発してしまったのか、俺の方をハッと見て、困ったように笑った。


「すみません……。息子がいるんですが身体が弱くて」

「あぁ、長々とすみません。サイン確かにちょうだいしました。お水も本当にありがとうございました!」


 サインを回収し、コップを渡して足早に家を出る。振り返ると玄関先に立ってこちらを見ていたので、軽く会釈(えしゃく)をしてまた森の中へと入った。


 あとは何度も配達に行ったことのある慣れた住所を周るだけだった。

 サクサクと残りの配達をこなして郵便局に戻る。


 事務作業を終えて家に帰ると、母の作る煮物の香りが外まで(ただよ)っていた。結局母の味に安心してしまう俺を、元妻は気持ち悪がっていたっけ。

 母の味を強要したことはないし、比べてどうだとか言ったこともない。ただ、たまに送られてくる母からの煮物を食べて、美味いなと言っただけ。

 それさえも不倫の理由として持ち出された時には(あき)れてしまったが、彼女にとっては大事な理由だったのだろう。


「ただいま」


 もう離婚してから半年以上も経つというのに、ふとした瞬間に元嫁とのことが思い出される。いい加減全て忘れてしまいたいのだが、そう上手くはいかないようだった。


 夕食を食べていると、友人からメッセージが届いた。東京暮らしの長い男だったが、昨日からこっちに帰ってきているらしい。数日滞在する予定だから、どこかで会おうという誘いだった。


栄太(えいた)が帰ってきてるんだって、どっかで会うかも」

「あら、小学校の時の? ずいぶん久しぶりねぇ。大したものはないけど、うちに来ても大丈夫よ」

「聞いてみるわ」


 我が家への招待を送れば、すぐさま「今から行く」と返事が来た。母にそう告げると、小さく笑って追加のおつまみを作りにかかる。

 俺は父と一緒に納屋(なや)から追加の酒類を持ってきて、ささやかな宴会(えんかい)の準備を始めた。


「こんばんは~」


 少ししてやってきた栄太はしばらく会わないうちに立派なおじさんになっていた。

 そう告げると「お前もな」と即座に突っ込まれる。

 手土産、と差し出されたビニール袋には珍味(ちんみ)乾物(かんぶつ)がぎゅうぎゅうに詰まっていて、居間のテーブルの上に広げてそれぞれ好きな物を取った。

 両親はキッチン近くのダイニングテーブルで飲み、俺たちは居間の(たたみ)であぐらをかきながら飲み始める。

 小学生だった頃はテレビゲームに夢中になって、今くらいの時間には布団を並べて眠っていたというのに、時の流れというのは本当に早い。


「結婚式も出たのになぁ~、まさか離婚するとは思わなかったよ」

「俺もだよ」


 プシュ、と缶ビールを開けて乾杯する。景気良く喉を鳴らして一気に飲み干した。

 貝ヒモを()みながら、栄太が言葉を続ける。


「ま、俺は離婚する相手もいないんだけど」

「いない方が平和だぞ。それにしても何でこっち来たんだ? 盆でも正月でもないのに」

「いや、それがさぁ、取材なのよ」

「取材?」

「そうそう。最近ホラー流行ってるじゃん? 担当してる雑誌でもホラーコラムじゃないけど、ひとネタ入れたいって話になって。んでネタ探してたらさ、ちょっと待ってな……」


 ポケットから取り出したスマホを操作し、保存してあるらしい動画を再生した。


『こんばんわ! 霊場巡りユーチューバーの、(うら) 稀男(まれお)ですっ』


 俺たちと同年代くらいに見える男がリュックを背負い、フゥフゥと息を荒げながら山道を歩いていた。手に持ったカメラと、頭につけた顔のアップを映すカメラ、二種類を切り替えたり同時に映したりしながら、進んでいく。


 どうやら向かう先は(いわ)く付きの心霊スポットで、映っている男は全国の心霊スポットをたった一人で回るユーチューバーらしかった。中年のおっさんが一人で頑張る姿が割と人気なんだそうだ。

 何が面白いのか分からないが、新しく開けたチューハイを飲みつつ画面に目を落とす。


 男がザクザクと木の葉を踏みしめながら進んでいくと、村というのか集落というのか、いくつかの家と、一際目立つ大きな屋敷が見えてきた。


『わぁ……本当にありましたぁ……一番奥に見えているのが、P村の幽霊屋敷ってことなんですよね、たぶん……よし、行ってみます……。実はこの村の話は結構前からリスナーさんに聞いてたんですけど、そもそも住所を特定するのも一苦労で……それにお屋敷の持ち主の方……えっと、もうあそこには住んでらっしゃらなくて、近くの町に引っ越されたんですけど……ご高齢の大奥様が、立ち入りを禁じておられて、で、その大奥様、少し前に施設に(はい)られたんですよ。そうしたら息子さんが、そろそろあの屋敷も取り壊したいから、撮影してもいいですよって言ってくださったんです。危ない場所とかあったらむしろ教えてほしいですって。なので、今回お邪魔することになった訳です。フゥ、フゥ……慣れてきましたけど……歩きながら喋るとやっぱ……ハァ、しんど……』


 懐中電灯で辺りを照らしながら先に進んでいく男を見ながら、俺は気になったことを呟く。


「なぁ、これなんで家とか屋敷とか見えるんだ? カメラの性能がいいってことか?」

「いいところに気が付いたな。それが、この動画が()()である証拠だって言われてる。こいつが持ってる懐中電灯も特別なもんじゃないし、カメラにも暗視モードはあるけど、実際森の中じゃこんな映り方はしないらしい」

「へぇ〜」


 そういうものなのかと思い画面に目を戻すと、男は村に到着していた。家の中に灯りはないし、周辺にも街灯らしきものが()いているようには見えないのに、立ち並ぶ寂れた家々だけは薄ぼんやりとその様相(ようそう)が見える程度に映り込んでいる。


 中でも心霊スポットであるらしい幽霊屋敷は、存在をアピールしているかのように建っていた。敷地を取り囲む塀はところどころ崩れ、乗り越えられるところも多そうだった。

 木でできた大きく立派な正門も傾き、割れていて、敷地内には入りたい放題。

 男も壊れた正門を慎重に(また)いで中へと進んでいった。


『やっぱり雰囲気ありますね……でも、落書きとかはないです……前みたいに、ヤンキーの人たちと遭遇(そうぐう)して追い掛けられるみたいなことにはならずに済みそう……』


 塀も、屋敷の壁も、崩れたりはしているものの落書きの類は一切なかった。そういう意味で綺麗な廃墟(はいきょ)ではある。だからなんだと思ってしまうが、男にとっては生きた人間に遭遇する可能性が低くなって嬉しいらしい。

 まぁ、夜の廃墟でガラの悪い連中と鉢合わせしたくはないよな。


『ヒィエェェエ!!』


 男が大きな叫び声を上げた瞬間、ビックリして少し腰を浮かしてしまう。平気な顔をして見ている栄太に少し気恥ずかしくなり、誤魔化(ごまか)すようにチューハイをあおった。


『す、すみません、大きな声出しちゃって……。なんか、床下から声がしたんです……聞こえました? 撮れてたかな……』


 俺には男の悲鳴しか聞こえなかったが、栄太には聞こえたんだろうか。栄太の方を見るが、その目は動画を真っ直ぐに見つめていた。


『あ、見てください。扉の向こうに地下に降りる階段が……あぁ、分かってますよ何コメントされるか! 流石にもう学びました。はよおりろ、でしょ? 皆さん他人事(ひとごと)だと思ってぇ……本当に怖いんですよ……?!』


 そう言いながらも、男は扉を強引に開け、自分が通れるだけのスペースを確保して階段に足を掛けた。

 ギシギシと不安になる音を立てて、ゆっくりと地下に降りていく。


 ここまで来ると流石に暗さをフォローしきれないらしい。懐中電灯が世界を丸く切り取ったみたいな光景が映し出されるなか、見えてきたのは柵だった。

 近付いて灯りを動かしていくと、柵のように見えたそれは木製の牢屋(ろうや)だと分かる。


『何でしょう……これ、牢屋、ですよね……座敷牢……? うわぁ~、すごい、自分こういうの実際に見たの初めてです。鍵も使ってたやつかな……わっ、ボロボロすぎて壊れちゃいました……え、僕のせいじゃないですよね? 器物損壊罪(きぶつそんかいざい)とかになったりするのかな……後でご家族の方にご連絡しておこうと思います、すみません』


 随分(ずいぶん)と真面目な男だ。だが、逆にそういうところがあるからこそ人気があるのかもしれない。

 ぺこぺこと頭を下げながらも、せっかくだからと牢屋の入り口を開け、男が中に入っていく。

 二畳ほどしかない空間に、小太りのおっさんが一人。彼が立つとその狭さがよく分かるようだった。


「こっからだぜ」

「え?」


 栄太がニンマリと笑い、画面を指さす。人差し指の先、座敷牢の隅に女が一人立っていた。

 女はボロボロの白い着物? 襦袢(じゅばん)? のようなものを身に付けていて、長い黒髪に隠された顔はよく見えない。()(ほそ)った身体で真っ直ぐに立っていた女は、牢屋の中に入ってきた男に気付くと大きく口を歪めて笑った。

 そして、カクカクとした動きで男の背中にしがみついたのだ。


「うわっ」


 顔をアップで映している映像に、女の腕がにゅっと映り込んだ。

 男には何も見えていないようで、牢の中を興味深げに見回し続けている。


『流石に牢の中には何も残っていないみたいですね……さて、残りの部屋も見て回らないと時間が足りなく……え? あれ?』


 いつの間にか、座敷牢の入り口が閉まっていた。先ほど壊したはずの南京錠も、何故かしっかり掛かっている。


『うそ、ちょっと待って、え? なに? ドッキリ? もしかして僕、ドッキリ仕掛けられてまぶべっ』


 突然、男の首が弾けた。いや、弾けたように見えただけで実際は勢いよく潰されたと言うのが正しいのか。とにかく男の顔はプレスしたみたいに圧縮され、身体がドサリと地面に倒れる。

 カメラの映像に大量のノイズが走り、動画はそこで終了した。

 ホラー映画ならいいのだが、これが本当に起こったことなのだとしたら笑えない。


「これライブだったんだよ。アーカイブが残る設定になってたから、消される前に誰かが保存したやつが今ネットの海に放流されてるってわけ。それを俺も偶然見てさ、んで気付いちゃったのよ。詳細な住所は非公開ってなってんだけど、P村ってさァ、梶元(かじもと)先生の家の裏山越えた先にあった村じゃね?」

「栄太くん」


 いつの間にか俺の背後に立っていた父が、聞いたことのないような低い声で栄太の名を呼んだ。そして、俺と母が止めるのも聞かず、栄太を家から追い出してしまったのだった。


「どうしたんだよ、いきなり」

「彼とはもう会うな」

「はぁ?!」


 父はそれきり口を閉ざしてしまい、そして栄太は、その日から行方不明になった。

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