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Sランク探索者のぜんぜんのんびりできないドラゴン牧場経営 2話

 ──大迷宮ネオユグドラシル、竜穴ルート。


 もはやリガ専用となって久しい、最深層まで直通の大穴を飛び降りる。どこまでも続くように思われる落下も慣れたもの。雲が見えてきたら魔法の風の傘を作り、ゆったりと着地する。

 今日の深層は峡谷らしい。いくつもの断崖の間を、身を削る風が吹いている。その風の中から僅かな羽ばたきを聞きとり、リガは(あいぼう)を構えた。


「GYAAAAN!」


 二対四翼、比較的細身の四肢。全身が濃淡のある暗褐色の鱗に覆われたマダラドラゴンは、風と地の二属性を操る厄介なドラゴンだ。竜種共通の金の瞳は侵入者(リガ)への殺意に燃えている。

 アタリだ。こいつの骨の髄からとる出汁はそれだけでパンがいくらでも食える。


 ドラゴンは(つぶて)まじり暴風を纏い、リガに向かって真っ直ぐに突っ込んでくる。開かれた(アギト)の奥に光が明滅した。喉の奥に剣先を合わせる。瞬間、わずかに逸れたブレスが耳元で轟と音を立てて通り過ぎていく。

 すっすっす。ドラゴンの呼吸に合わせて剣先をずらし、ブレスをいなしながらリガは足を前に進める。その速度を上げていく。


 首をうねらせ最大火力のブレス。リガはそれを前転して避ける。起き上がりざまに頭上を抜けていくドラゴンの尾を斬り落とす。飛び散った血が顔にかかる。耳をつんざく怒りの咆哮がリガを地面に押しつける。体勢を整えんとするドラゴンの羽ばたきは力強く、剣を地面に突き立てて風圧に抗い、じっと耐える。空中でバランスを崩したドラゴンは飛ぶのをやめ、地面を踏みしめた。


「GUAAAAAA!」


 ドラゴンとリガ、どちらからともなく走り出した。ドラゴンは羽ばたきの数だけ加速し、リガもまた魔法で人間を超越したスピードに至る。数瞬で彼我の距離はゼロになる。ドラゴンは爪を、リガは剣を。振りかぶった互いの獲物がそれぞれの速度を乗せて交差する。

 拮抗したそれを、リガは力任せに上へと跳ね上げ、剣を下ろしざまに迫っていたもう片方のドラゴンの腕を斬る。痛みのあまり仰け反り晒されたドラゴンの喉を下から斬りあげる。大量の血が噴き出す。


 ──浅い。


 ドラゴンは後退していた。重心を後ろにずらし、翼を広げ離脱しかけている。リガは大きく踏みこみ、渾身の力と極度の集中をもって上段から剣を振り下ろす。


 斬ッッッ!!!


 真っ二つになったドラゴンは、自分が斬られたことにも気づかずに羽ばたき、血を溢しながら半端な距離を退がって、地面に落ちゆく。

 完全に動かなくなったことを確認し、血脂を払って剣を鞘に収める。

 よし。

 二つの肉塊から血を抜き、肉塊自体には氷結魔法をかける。この処理の有無でものすごく味が変わるのだ。手は抜けない。


「ハッ! し、しまった! いつもの癖で倒しちまった! うおおおおお!! 俺のバカ!!!」


 竜穴ルートには様々なドラゴンが出現するが、最深層に同時期に複数のドラゴンが存在することはない。一度倒すと、およそ一ヶ月は他のドラゴンの姿を見ないのだ。

 また、深層はいやらしいことに、ドラゴンに合わせて環境が変わる。過去には、火山もあれば雪山もあったし、海中だったこともある。環境を変えたければドラゴンを倒すしかなく、どの環境になるかはドラゴンが復活するまでわからない。リガも慣れるまでは随分苦労させられたものだった。


 今回の探索ではドラゴンの暮らしを観察し、あわよくば叩きのめして飼い慣らすことが目的だった。テイマー協会の無配パンフによると、強いモンスターはそれで主認定することがあるらしい。

 次の環境が海中だと捕獲と飼育の難易度が上がる。あと墓場もハズレだ。腐れドラゴンは食えない。一週間腹を下した苦い思い出がある。

 峡谷はいろんな意味でも「アタリ」だった。しかし後悔してももう遅い。ドラゴンはすでに物言わぬ骸だ。


「ドラゴン! 頼む、復活してくれ! 神よ! いるなら今すぐドラゴンを蘇らせてくれ!」


 しーん。

 リガは地面に手をついて懇願した。祈ったこともない神に祈りさえした。

 それでも氷漬けにされたドラゴンはうんともすんとも言わない。リガがいつも通りにトドメを刺したので当然だ。

 それもこれもドラゴンがリガを見つけた途端に襲いかかってくるのがいけない。


「こうなったら巣穴を探そう。一ヶ月でドラゴンが復活するんだ、何かしらのカラクリがあるはず。Sランク探索者の底力、見せてやんよ」


 リガはドラゴンの肉を魔法鞄に回収し、最下層を歩きまわった。

 神経を研ぎ澄ませて気配を探る。歩く。探る。歩く。

 引っかかるのはドラゴン以外のモンスターばかり。


「ドラゴンの子供も卵もないってことある!?」


 ドラゴンの子供どころか巣の痕跡すらない。

 ドラゴンの肉の虜となり、仲間と別れてソロで探索技能を極めたリガであるからして、探し残しはありえない。見つけていない隠しエリアがあれば別だが、見つけられないものは諦めるしかない。

 出入り口である大穴の直下に戻り、リガは叫んだ。


「ドラゴン、どこだー!!!」


 どこだー! どこだーーー。だーーー……。

 返ってくるのはやまびこばかり。

 仕方がないので、次回に備えて拠点を作ることにする。迷宮内で牧場を営むにあたり、住居や畜舎のための資材は持ちこんでいる。

 水源の近くの平らな地面にモンスター避けの(まじな)いがかかった杭を地面に打ちつけていく。カーン、カーン、と槌が杭を叩く音が峡谷に響く。

 作業することしばし。


「おぬし、ここで何をしておる。まさか住むつもりではあるまいな」

「うおっ!?」


 突然の人の声──それも子供といって差し支えない高さ──に驚いて振り返ると、十歳ほどの少女が居た。じっとりとした目でリガを見ている。

 リガは即座に距離をとり、静かに槌を手放して代わりに剣を抜いた。

 大迷宮の最下層という危険な場所と、艶のあるぶどう色の髪を二つに括り、薄手のワンピースと柔らかそうな靴を身につけただけの少女。その組み合わせに、リガは激しい違和感を抱く。


「……嬢ちゃん、何者だ?」


 気配なんてなかったはずだ。

 否。視認した今でさえ気配がない。

 幻……にしては魔力の揺れがない。

 殺気もないが、警戒すべき。リガは少女に誰何(すいか)する。


「ふっ。わしか。聞いて驚け」

「迷子?」

「違うわ!!!」


 自分が一番驚く回答を言ったらクワッと顔を歪めて少女に否定された。

 解せぬ。


「わしの名はFel-β-d-7-NYMOSⅤ、この迷宮のダンジョンマスターじゃ! ダ ン ジョ ン マ ス タ ー !」

「ふぇるべー、ないも……? ダンジョンマスター?」


 驚くよりも先に戸惑った。名乗られた名前が耳慣れず聞き取れなかったのだ。

 なので意識は一音ごとに区切って伝えられたダンジョンマスターという単語に向かう。文字通り、迷宮の主だろう。

 迷宮には管理者がいる、という話は探索者たちの酒の席にたびたび上るが、その正体としてこんな年端もいかない少女を想像する人間はいまい。


「ふっ、疑うのも無理はない。わしはこの数百年間、おぬしらの前に姿を見せなんだからな。特別に証拠を見せてやろう」


 自称ダンジョンマスターの嬢ちゃんとリガの間に巨大な魔法陣が浮かびあがり、膨大な魔力が渦巻く。

 何かが、生まれる。


「いでよ、万の魂を喰らいし暴虐の青黒き竜王よ!!!」


 斬ッッッ!!!


 リガの剣が真横に一閃。

 産声すら許されず、首と胴を分たれたドラゴンが地面に倒れ伏す。


「あっ、ああああッッッ! 蒼冠竜16号おおおお!!!」

「うおおおおお!!! マスタードラゴンじゃねえか! また斬っちまった! 俺のバカ!!!」


 頭部の角が冠のように見えなくもないこのドラゴンはレアなのだ。

 そしてなにより死ぬほど美味い。煮ても焼いても美味いが、薄く削いで蒸して刻み野菜のソースをかけるとたまらない味がする。

 飼育したいドラゴンランキング第一位(リガ調べ)だったのに。もったいないことをした。

 しかしリガの目の前にはドラゴンを無限に喚べそうな少女がいる。リガは気を取り直し、力を失ったドラゴンに取り縋り慟哭(どうこく)する少女に声をかけた。


「嬢ちゃん、もう一匹頼む」

「……できぬ」

「は?」

「できぬ!!!」


 キッと潤んだ目で睨まれた。


「なんで?」

「おぬしのせいじゃ! 全部おぬしのせいじゃ! 竜の生成には莫大な魂魄が必要なんじゃ!! おぬしが月一ペースで倒しよるから!! 数千年コツコツ貯めた魂魄がもう空っぽなんじゃよ!!! うわああああん!!!」

「おいっ! 泣くなって! 肉食うか!?」


 泣いている子供ってどうやったら泣きやむんだ!?

 菓子!? 菓子を与えればいけるか!?

 リガは慌てて常備しているドラゴン肉のジャーキーを取り出した。別の迷宮産の胡椒を効かせたそれはエールとよく合う。スープに入れるとグレードが上がる優れもの。


「要らんわ!!! どうせわしの迷宮のドラゴン肉じゃろ!? わし、知ってるもん!!」


 ベシと手を叩かれるが、構わず口に突っ込んだ。


「マジで美味いから! 食ってみようぜ! な! ほら!!」

「もがっ」


 もぐもぐもぐ。

 小さな口をいっぱいにして咀嚼し(そしゃく)、嬢ちゃんはやがて神妙な顔で頷いた。


「美味いな……。もしかしてわし、天才?」

「そうだ! 嬢ちゃんは天才だ! そこで相談がある」

「なんじゃ? 気分がよいから聞いてやろう」

「人間でも育てられる食肉用ドラゴンをくれ」

「却下じゃ」

「なんっでだよ! 今のは間違いなく頷く流れだっただろ!」

「聞いてやったではないか。頷かなかっただけじゃ。なぜダンジョンマスターであるわしが、迷宮内で暴れ回り魂魄(エネルギー)を浪費しまくるにっくき貴様の願いを叶えてやらねばならぬ?」

「そこをなんとか」

「なるわけなかろう。常識でものを考えよ」


 はん、と鼻で笑われた。

 なんだこのクソ生意気なガキは。


「ほほほ。今日はなんと良き日か。おぬしの天下も今日この日この時までよ。ドラゴンの肉を不味くすればおぬしが来ぬとわかったのじゃからな! 他のモンスターの損耗も緩やかになる! これで迷宮の魂魄(エネルギー)枯渇問題は解決じゃ!!! 失った魂魄はまたコツコツ貯めればよい。ふふふ……数千年、また数千年……。

 創造主に禁止されておらねばこの手で直接下してくれようものを……! う、ぐす。宇宙一のダンジョンマスターと呼ばれたわしがたった十年で最低ランク……な、泣かないもん」


 ドラゴンの肉を不味くする、だと……!?


「その、なんかごめんな? でも美味かったから……。頼むからドラゴンを不味くするのはやめないか?」

「却下じゃ。美味いままではおぬしが際限なく来るじゃろ。復旧もままならん」

「そこをなんとか! 俺にできることだったら可能な限りこう、誠意は尽くす! そのエネルギーを稼ぐの、俺も協力するから!」


 リガは美味いドラゴン肉の奴隷なので素早く土下座した。


「ほう? ではここで死に晒せ」

「それはちょっと」

「では迷宮内で探索者狩りをしてくれるかの?」

「それもちょっと」

「我儘な奴め。次に竜種を作るとしても、コストをかけてでも不味くしてやるわ。ざまあみろじゃ」


 この嬢ちゃん、かわいい顔して同族殺しを求めやがる。

 いくら迷宮内に法が及ばないにせよ、いつか露見したら俺が吊し上げられる。悪魔か?

 だが、嬢ちゃんの欲しがるエネルギーのために迷宮内で人が大量に死ぬ必要があることはわかった。これは使えるぞ。


「なあ嬢ちゃん。逆に考えて欲しい。ドラゴンが不味くなったらこの迷宮がどうなるかを」

「おぬしが来なくなるな」

「俺だけじゃない。他の強い人間だって来なくなるぜ。俺がドラゴン肉美味いって布教してるから、今の若い連中は俺みたいに強くなってドラゴンを食うために腕を磨いてる。なのに、強くなっていざ最下層に来てみたらドラゴンが不味かった。がっかりな話だろ?」

「そうじゃな」


 リガ以外の探索者は別にドラゴンのためだけに潜っているわけではないが、方便というやつだ。


「そうすると強いやつは大迷宮都市から拠点を移す……、つまり、将来的に客が先細りするんだ。不味い飯屋は潰れるんだよ。それって嬢ちゃんにとってみればデメリットだろ。なんせ散々ここのエネルギーを食い散らかした俺が他で死ぬんだから、嬢ちゃんからしたら丸損だ」

「わしの迷宮を飯屋に例えられるのは屈辱じゃが、言わんとすることはわかる。確かに、モンスターの質を落として生き物がこず、閉鎖せざるをえなくなった迷宮も多くある。ぐぬぬ」


 悩んでいた嬢ちゃんだが、「でも別にドラゴンを倒せる人間、この数千年で五人もおらんかったしな……」と真実に気づいてしまった。

 仕方がない。リガも幼気な少女相手にこの手は使いたくなかったが。已むを得ないのだ。

 切り札を使うぜえええ!!!


「もしそっちがその気なら迷宮内のモンスターを根絶やしにして罠も全部破壊するぜ、俺は」


 ダンジョンマスターは直接リガを殺せないことを逆手に取った脅しである。


「やめよ!! 今全滅させられては修復すらできぬ! おぬしは破壊不可の壁も床も破壊するではないか! 新規生成するエネルギーも無くなってはエネルギーを蓄えることすらできなくなってこのダンジョンは査定を待たずして破産じゃあ!」


 嬢ちゃんが血相を変えてワッと叫ぶ。それにしては妙な単語が混じっている。


「査定? 破産?」

「毎月、規模に見合った一定以上の魂魄を回収できない迷宮は取り潰しなんじゃ。上納金のようなもんじゃな」

「なんつーか、迷宮の事情も世知辛いんだな」

「そうなんじゃ。同情するなら今ここで死に晒してくれ」

「だが断る」

「ヂィッ」


 子供がしちゃいけない舌打ちと表情だ。

 残念ながら、リガが暴れれば元も子もないのは変わらない。特大のため息を飲みくだし、嬢ちゃんがリガを見上げた。


「……よし、条件付きでドラゴンをくれてやる」

「お! やったぜ! 条件ってのはなんだ?」

「さっき言った通り、わしは今、おぬしのせいで迷宮取り潰しの危機に瀕している。おぬしのせいでな。迷宮が抱えているエネルギー総量を迷宮の大きさで割った数が1以上であれば継続、1未満であれば取り潰し。わかりやすかろ?」


 チクチク言葉が刺さるが、大事な話っぽいので真面目に耳を傾ける。


「そしてエネルギーは迷宮内で死んだ在来生物の魂魄値の残高と、内包するモンスターや罠の質と量を掛け合わせ魂魄値に換算したものを合算して計算する。今は1未満じゃ」

「やべえじゃん!」

「その通り。わしには今、強いモンスターを召喚するほどの魂魄値がない。故に、モンスターの質を上げるしかない。おぬしにはモンスター──ドラゴンを鍛えてもらう」


 迷宮が潰されれば困るのはリガも同じ。

 なにせ、ドラゴンが出現する迷宮は世界でここだけだし、牧場経営が可能なのも暫定迷宮の中だけだ。断る理由がない。


「よし、やったろうじゃねえか!」

「交渉成立じゃ。いでよ、素竜!」


 先ほどよりも小さい魔法陣が浮かび上がる。その数、五つ。

 現れたのは──


「卵じゃんッッッ」

「ええい、うるさい! 日々の保守管理を考えるとこれが限界なんじゃ! 育ててウハウハするんじゃ!」


 そんなこんなで、リガはドラゴンの卵を手に入れた。

 実地研修というやつか?


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